第六十話 近況報告
ぞろぞろと舞台袖の方に歩いて行くヘルシング一行。
劇場はいつの間にか観客が入り、熱気を帯びていた。
ゆかりはそんな劇場の雰囲気に飲まれつつあった。
「やっぱり緊張感ありますね」
出番を待つアイドル達の表情は真剣そのもの。
張りつめた空気が周囲を支配している。
「そうだな」と絆は頷く。
自分達にできるのは、彼女達を見守ることくらいである。
二人そろって場の空気に飲まれてしまっているが、そんなことはお構いなしに、ゆかりの鞄から点点が顔を出した。
「ふう、もう出てきても大丈夫かの?」
その声に、絆の鞄の中にいた式神も反応する。
小助は小さなぬいぐるみに化けていた。
「そうか。では、そうさせてもらおう」
「おい!お前ら、勝手に出てくるなよ!」
と絆は慌てるが、人外コンビは見つかったらまずいという自覚がないようだ。
「まあまあ有島君」とゆかりはなだめる。「会場の人達は私達なんて眼中にないですよ」
「分かった」と絆はため息をついた。「でも、あんまり騒がしくするなよ二人とも」
「分かっておるよ」と点点は落ち着き払って言った。
「絆殿の邪魔になるようなことはせん」と小助も約束してくれた。
絆は時間を確認する。
ライブが始まるまで、少し時間があった。
せっかく、ゆかりと久しぶりに会ったのだから、いろいろと訊いておきたいことがあった。
「まあ、そのなんだ……。ゆかりは最近どうだ?近況報告といかないか?俺はすももの護衛で忙しくて、唯川一味の一件で蚊帳の外だからな。ゆかりは何か知ってるか?」
「何も聞いてないんですか?」
「事務所に行く暇もなくて、飛崎中隊長とも、ろくに話せてない」
絆がそう答えると、点点も同調して頷く。
「そうじゃな。儂も何も知らんのう。いい報告があるなら聞かせてもらおう」
「それならご安心を」ゆかりはにっこりと笑う。「お三方にはいい報告ができそうですよ」
「本当か?」と小助も喜んで言った。
「ええ」とゆかりは頷く。「あれからいろいろと情報を精査し、都内にあるヴァンパイアの拠点を複数、新たに発見しました。十三中隊は討伐作戦を決行し、その全てを壊滅させました。私もそのうちの一つに参加していたのですよ」
「おお、すごい……」と絆は息を呑む。「でも、人が悪いな。そんな重要な作戦があったなら、俺にも一声かけてくれればいいのに……」
「あなたの任務は、すももさんの護衛でしょう?それに、作戦が事前に漏れる危険もありますから、ごく一部の忍者しか、このことは知らされなかったようです」
絆はどこか焦りのようなものを感じていた。
彼女はどんどん実戦を積んでいるのに、自分はほとんど経験が積めていない。
これでは彼女との実力差が広がるばかりだ。
「何を落ち込んでいるんですか?」とゆかりは怪訝な表情を浮かべる。「あなたに知らせなかったのは、これ以上、負担を掛けられないと判断したからですよ、きっと……」
「そうだといいんだかな。それで、他には?『梟』について何か分からなかったのか?」
「いえ、残念ながら『梟』については何も……」
「そっか」と絆は残念そうに言った。「それと、この間、国立の住宅街で下水道の爆発事故があっただろ?例の洋館の近くで起こった……」
「ええ。最近ニュースになりましたね。幸い被害者は出なかったみたいですけど……。それがどうかしましたか?」
「いや、唯川の一件と何か関係があったのかなと思って……」
「一応、十三中隊の方でも調査したんですが、ニュースで報じられた通り、被害者もいませんでしたし、ヴァンパイアに繋がる痕跡も見つからなかったそうですよ?」
彼女の話を聞いて、拍子抜けした気分になる。
無関係なら、それに越したことはない。
唯川の一味は、完全に壊滅したと考えていいだろう。
絆は今日何度目かのため息を吐く。
「しかし……『梟』の奴には、近付けそうでなかなか近付けないな……。まあ、奴に遭遇したとしても、今の俺の実力じゃ何もできないだろうけど……」
謙遜する絆に、ゆかりは言った。
「そんなこと、ないです。唯川を倒したのは、紛れもなく有島君じゃないですか?私は危うく殺されるところでした。あなたは強いです」
「ゆかり?」不思議に思って絆は彼女を見返す。「でも、まあ……唯川は俺と戦う前から、手負いだったわけで……。別に俺一人の力で倒したわけじゃないというか……」
そうこうしているうちに、会場は騒がしくなってきた。
スタッフさんが忙しなく行き交い、観客席の方からは歓声やどよめきが聞こえてくる。
「もう、こんな時間か……」
絆は再び時計を見やる。
すると、鞄の中から外の様子を眺めていた小助が、主に提案してくる。
「絆殿、場所を変えましょう。ここからでは、すもも殿が見えない」
「そうですね」とゆかりは小助に微笑む。「移動しましょう。せっかくだから私も、すももさんと佳叶さんの雄姿を、もっと近くで観たいです」
「有島絆、案内せい」
点点に催促されて、絆は苦笑を浮かべる。
「はいはい。分かったよ。でも、くれぐれも点点と小助は、目立つことは避けてくれよな」
絆はゆかりと鞄の中にいる二匹を連れて、観客席の方に歩いて行った。




