第五十九話 頑張って
とあるポータルサイトにアクセスする。
そのサイトでは、日本で発売されたアーティストの楽曲が、ランキング形式で一覧になっていた。
ウィークリーランキング堂々の一位は、アイドルグループ・ヘルシングの新曲『最後のワンフレーズ』であった。
楽曲の発売と同時にミュージック・ビデオが動画投稿サイトで解禁され、好評を博した。
すももと彼女の同期の石川佳叶は、人気メンバー達と一緒にイベントをこなしていった。
初の選抜メンバーということで緊張していたようだが、先輩や周りのスタッフに支えられて、無事に仕事を完遂することができたようだ。
すももと佳叶は例の一件の後も、二人の友情に何ら変化はなく、お互いを支え合って、新曲発売という年に数回のイベントを楽しんでいるように見えた。
もちろん絆も自分なりに、すももを支えたつもりだったが、マネージャーという身分で、できることには限界がある。
こういう時には神頼みしかないのかなと思ってしまう。
いても立ってもいられず、絆は都内にあるとある神社を訪れた。
一応ここは、芸能関係の神様が祀られている、由緒正しい神社なのだとか。
絆は参拝を終えてから、ヘルシング・シアターへ向かった。
まだ開演時間前なので、劇場内にはお客さんはいなかったが、スタッフさんはてんやわんやだった。
絆もゆっくりしている場合ではなかった。
ヘルシングのメンバーがいる楽屋へと向かう。
本番前に、すもも達に渡しておきたいものがあったのだが、室内に入っていいものか逡巡していた。
すると偶然、部屋から出て来た石川佳叶と、ばったりすれ違う。
「あ、石川。ちょうどよかった」と絆は声を掛けた。
「有島さん?」と彼女は立ち止まった。
「中に入っても大丈夫か?」
「うん。実は、なかなか来ないから様子を見に来たとこ。入って」
「失礼しまーす」
絆は石川の後に続いて中に入る。
楽屋内は、女子高の教室か何かのように騒がしかった。
ヘルシングのメンバーが勢揃いし、着替えを済ませたアイドル達がメイクをしたり、イベントの段取りなどを確認している。
楽屋に入ってすぐのところに、すももは座っていた。
本番が始まろうというのに、のんきにお菓子をつまんでいるのは彼女らしい。
そんな彼女の隣には、借りてきた猫のような同級生の姿が……。
「すもも、それに、ゆかりもいるな」と絆は笑った。
「私、何でこんなところにいるんでしょう?」
ゆかりの首元には、関係者向けのストラップが掛けられていた。
「護衛ご苦労さん。上手く潜入できたな」と絆は笑った。
「笑い事じゃないですよ。本当は、こんなことしては駄目なんですからね」
アイドル達は、ゆかりをすももの事務所の人か何かだと思っているはずだ。
「どうしても本番前に、行っておきたいところがあったからさ……」と絆は謝る。
「そういえば、絆君はどこに行ってたの?」とすももが訊ねる。「珍しいよね。護衛を人に任せてまで行くなんて」
「ああ。俺なりに、すもものために何かできることはないかなと思って、これ買ってきた。この間のお礼も兼ねてさ……」
絆の首元には、真新しいストライブ柄のネクタイが巻かれている。
絆が鞄から取り出したものは、その返礼品だった。
白い紙の包みを開けて、三人にそれぞれ手渡しする。
「御守り?」
手のひらサイズの小さな贈り物を受け取り、石川は首を傾げる。
「ありがとう」とすももは嬉しそうに言った。
「どういう風の吹き回しですか?」とゆかりは苦笑を浮かべる。
三者三葉の反応を見せる彼女達に、絆は答える。
「いや、これからもよろしくということで……。それに、今日は大事な公演だしな……」
「そう。受け取っておくよ」と石川はクールに答える。「ありがとう」
「大事にするね」とすももは御守りを両手に包む。「本番中もポケットの中に入れておく」
「落とすよ?」
お姉さんのようにお節介を焼く石川。
「落とさないよー」
子供じみた反論をするすもも。
すると、女性のスタッフさんが楽屋に入って来て、アイドル達に準備をお願いしに来た。
彼女の声に導かれ、アイドル達が腰を上げる。
もうそろそろ、楽屋からステージに移動する必要があるようだ。
すももはもう行くね、と椅子を引いて立ち上がった。
「頑張ってください。お二人とも」とゆかりは気持ちを込めて言う。
「せっかくだから楽しんでいって、ゆかりさん」
石川はそう声を掛けると、すももと並んで外に出た。
絆とゆかりも、このまま室内にいる訳にはいかないので一緒に廊下に出る。
ステージ裏では、集合したメンバー達が集まり、円陣を組んでいた。
中心となっているのは、ヘルシングのリーダーを務めている向坂来美だった。
その横には、総選挙一位の潮巡もいる。
人気メンバーが開演前に、アイドル達に檄を飛ばしている。
すももにもいつか、グループの中心になる日が来るのだろうか。
「それでは今日も頑張っていきましょう!」
向坂来美の掛け声に合わせ、メンバー達がそれに応える。
「おー!」
この一連のやり取りは、公演前の定番になっていて、絆は毎回のように見ているのだが、メンバー達の緊張感がこっちまで伝わってくるので苦手だった。
ステージ衣装に身を包んだヘルシングのメンバー達を眺めていると、誰に聞かせるでもなく、ゆかりは言った。
「頑張って」
その声は、隣りにいる絆にしか聞こえていない。
彼女の本心から出た言葉だった。




