第五十八話 朝のひと時
絆は嫌な夢を見て、いつもよりも一時間も早く起きてしまった。
夢の内容はなぜか思い出せない。
Tシャツは汗でびっしょりだった。
仕事に行く前に軽くシャワーを浴びた方がいいかもしれない。
だが、その前に、テレビの電源を入れると、とある情報番組を観た。
この番組は週に一度、すももがレギュラー出演していることで、時々観るようにしている。
もちろん、今日は彼女の担当曜日ではないので、この時間に自室にいるわけだが……。
絆はとあるニュースに言葉を失った。
男のアナウンサーが淡々と原稿を読み上げている。
『今朝、午前四時過ぎに東京都国立市で、住人の男性から爆発音を聞いたと通報がありました。駆け付けた警察官が、住宅街にあるマンホールの蓋が外れているのを確認しました。地下下水道内で爆発があったとみられ、事故のあった現場付近では通行止めが実施されています。この事故による死傷者は、現在のところ確認されていません』
テレビ画面には、蓋がないマンホールを調べている警察官らしき人の姿が映されていた。
周辺には焼け焦げたような黒い煤も確認できた。
この場所は例の洋館があった場所に近い。
唯川の一味と今回の爆発事故との関連は不明だが、調べてみる必要はあるだろう。
朝から気分が悪かったが、今日は仕事である。
文句も言っていられない。
シャワーを浴びて、準備を済ませると、絆はすももを迎えに行った。
「どうしたの?」
すももは元気のない絆を見てそう訊ねる。
素っ気なく絆は返したが、すももは気にもせず、いたずらげに笑っている。
まるで唯川の一件などなかったかのように。
彼女は腕を後ろに回し、何かを隠しているように見えた。
「何だよ?」と絆は不思議に思って訊ねた。
「何だと思う?」
すももは変わらず、にやついている。
「分からないから訊いてるんだろ?ほら、もう出るぞ」
少し早いが、そろそろ出発してもいい頃だ。
絆はそう言うと、玄関に歩き出そうとした。
「待って。はい、これ」
振り返ると、彼女は手に小さな包みを持っていた。
リボンでラッピングされた青い箱だ。
「何これ?」
両手で受け取りながら、絆は彼女に訊ねる。
「何って……誕生日プレゼントだよ。今日、絆君の誕生日なんでしょ?」
今日の日付は……絆は彼女の部屋のカレンダーを確認する。
そこには、すももが尊敬する先輩・潮巡の姿が……。
そこは置いとくとして、今日の日付は四月二十八日だった。
「そっか。気付かなかった……。今日は俺の誕生日だったんだ……」
時が経つのは早い。
すもものマネージャーになって、すでに一ヵ月が経過していた。
「何をぼーっとしておる?」
点点は呆然とする絆を叱る。
「わっ……びっくりした。いたのか点点?」
いつの間にか狐の人形が足元にいて驚いた。
「儂はすももの護衛じゃぞ。いつでも彼女のそばにおるわい。それより、おなごから贈り物をもらっておきながら、何の礼もないのは感心せぬな」
点点に指摘され、絆は慌ててすももの方に向き直る。
「わ、悪い。すもも、ありがとう!」
「どういたしまして」とすももは苦笑いする。「お礼なら、ゆかりちゃんにもしてね。それに、佳叶にも……。とにかく、開けてみて」
「あ、ああ……」
絆はリボンを外し、包装紙を慎重に広げる。
紙製の箱の中には、ストライプ柄のネクタイが入っていた。
普段着用している無地のネクタイより、スタイリッシュな感じがする。
「ネクタイなら仕事でも使えるな」と絆は笑顔を見せる。「でも、いつ買いに行ったんだ?最近はずっと一緒だっただろ?」
「いつって……ゆかりちゃんに護衛を代わってもらったことがあったでしょ?」
「ああ……あの時か……。すももが洋館に連れ去られた日だな……」
「そうそう。ゆかりちゃんと一緒にデパートに行って。そこでたまたま佳叶と会って……。あの時は、帰りにあんなことに巻き込まれるとは思ってもみなかったけど……」
「そういえば……すもも、あの日、鞄がないって騒いでたけど……」
「うん。鞄の中にプレゼントが入ってたからさ……。唯川ってヴァンパイアに盗られるんじゃないかとひやひやしたけど、無事に戻ってきてよかった」
「唯川か……」
絆はぼそっと呟いた。
「何?」
「いや、何でもない……」
唯川は洋館から手を引く際、証拠を隠滅するために建物を爆破した。
だが、飛崎を始め、援軍としてやって来た忍者達の活躍で、複数の証拠を押収したようである。
あまりその件には関われないのが心残りだったが、そんな絆をよそに、すももは笑顔で言った。
「せっかくだから、新しいネクタイに替えてから行かない?佳叶にも見せてあげたいし……。まだ、少し時間あるでしょ?」
「まあ、な」と絆は時計を見ながら頷いた。「じゃあ、そうさせてもらおうかな?」
絆はその場で付けてきたネクタイを外し、新しいネクタイを首に巻いた。
「どう?似合ってる?」と絆は胸を張る。
「うん。格好いいよ。でも、少し曲がってる……」
すももは前屈みになり、ネクタイに触れる。
絆は恥ずかしくなって天井を仰いだ。
「これでよし、と」
すももはにっこりと微笑む。
絆も思わず笑顔になった。
悪夢でうなされたのが嘘のように、すがすがしい朝だ。
すると、そんな二人に呆れたかのように、点点がいつまでやってるのじゃと声を掛ける。
「そろそろ行かなくてよいのかの?せっかく早く準備を済ませたというのに……」
「そ、そうだな」と絆は現実に引き戻される。「すもも、もう出るぞ?」
「うん。点点……さ、入って」
そう言うと、すももは普段通り、彼女愛用の鞄を広げた。
「うむ」
点点はひょいと飛び上がると、きれいにすももの鞄の中に収まった。
「それじゃあ、行きますか」と絆は玄関の扉を開ける。
絆とすももの関係は、これからも続いていく。
そんな風に思わせる、朝のひと時だった。




