第五話 君はアイドルは好きか
絆は飛崎に促されて、接客用の席に腰を掛けた。
飛崎も、スーツのフロントボタンを外しながら対面に座る。
しばらくすると、江隅は黒色の箱を持って戻ってきた。
「はい。どうぞ」江隅は絆の前にその箱を置いた。「私はお茶を用意してきますね」
そう言って、彼女が給湯室の方に歩いて行くと、今度は飛崎が口を開いた。
「さあ、何をしているんだ?早く開けなさい」
失礼します、と絆はテーブルに置かれた黒い箱をそっと開けた。
中には革製のベルトが一つ入っていた。
皮の部分はベージュ色で、バックル部分には太陽のようなマークが刻まれていた。
このマークは義賀の里のシンボルマークだった。
「これは?プレゼントですか?」
「まあ、そんなところかな」と飛崎は言った。「忍者塾を卒業した全ての忍者に支給されるベルトだ。忍者証とは別に、最初に配属された部隊から、新人に渡すことになっている。街中では忍者装束を着る訳にはいかないから、そのベルトが義賀の忍者同士が、お互いを識別する目印となる。ほら、私も同じベルトをしているだろう?」
飛崎はジャケットを開いてベルトが絆に見えるようにした。
バックル部分には絆のものと同じ太陽のマークが見える。
その時、お盆にお茶を乗せた江隅が戻ってきた。
よく見ると、彼女も同じベルトをしているのに気付いた。
「江隅さんも……。でも、三人とも色が違いますね」
「あら、気が付いた?」
江隅はお茶を机の上に置きながら笑った。
絆のベルトはベージュ、飛崎は赤茶色、江隅は黒色だった。
「ベルトの色は忍者の階級を示しているのよ」江隅は適当な席に腰を掛けて言った。「〈下忍〉は白、〈中忍〉は黒で、〈上忍〉は赤ね。まあ、厳密には〈下忍〉はベージュっぽいし、〈上忍〉は赤茶色だけれど……」
「これで晴れて君もプロの忍者の仲間入りという訳だ」と飛崎は言った。
「人と会う時は、ベルトを確認してみるといいわ」と江隅は補足する。「同じベルトを付けてたら、義賀の忍者ということ。階級が上の人には、失礼な真似はしちゃ駄目よ」
飛崎はお茶を一口だけ飲むと、そろそろ本題に入ろうと再び口を開いた。
「先程も言ったが、有島君には早速、とある任務にあたってもらうことになる」
「……はい」絆は湯のみを机に戻して、上司に訊ねる。「それで、その任務とは?」
「うむ。その前に一つだけ私の質問に答えてくれ。その上で、君に任務を遂行する適性があるか判断したい。いいかな?」
「は、はい」
質問一つで適性が分かるのだろうかと疑問に思ったが、大人しく頷いておく。
「君はアイドルは好きかね?」
「あ、アイドル?それって任務と関係あるんですか?」
「もちろん。それで、どうかね?」飛崎はあくまでも真面目な表情で訊ねてくる。
「いや、あまり興味はないですけど……」
世間的には推し活……アイドルなどを応援する活動が流行っているのは知っている。
だが、絆は特段、推しているアイドルはいなかったし、関心もなかった。
「そうか。それはよかった。合格だ」飛崎はその答えに満足したようだ。「君に頼みたかった任務とは、実は女性アイドルの護衛なんだよ」
「あ、アイドルの護衛ですか?でも、それならアイドルが好きな人に任せた方が……。同期に自分よりも詳しい奴がいまして……」
絆は同級生の蓮井ゆかりを思い浮かべた。
この任務は彼女の方が適任だろう。
オタクという程ではないが、彼女なら最近の流行は把握しているはずだ。
「悪いが、この任務はうちの隊の管轄だ」
飛崎はぴしゃりと言った。
「その同級生も、自分と同じ十三中隊に配属される予定で……」
「何のために君だけを早めに招集したと思っているんだ?この任務は『神の使い』から君へ直々のご指名なんだよ」
「点点がですか?」
意外に思って絆は訊き返した。
「有島君も彼とは面識があるのね?」と江隅が訊ねる。
「え、ええ。まあ」と絆は曖昧に頷く。
点点とは塾生時代からの知り合いだった。
「それなら話が早い」と江隅はポンと両手を合わせる。「この任務、やっぱり君が適任よ。点点が言うなら間違いないわ」
「うむ。私もそう思う」と飛崎は続ける。「それに、アイドルオタクがこの任務に向いてるとは思えんな。アイドルに鼻の下を伸ばして護衛に身が入らないようでは困る」
飛崎はどうやら、絆の同期を男と勘違いしているらしい。
ゆかりは女の子なのだが……。
「それで、そのアイドルというのは?」
「え~と……確か写真があったと思うんだが?」
飛崎は江隅の方を見た。
「そうそう。この間、本屋で雑誌を買ってきたんですよ」
江隅は自分の机に行き、紙袋を取って戻ってきた。
「この女の子よ。ヘルシングってグループの内野すももちゃん」
絆は机の上に置かれた雑誌を見た。
色白の女の子が、カメラ目線で笑顔を浮かべている。
護衛が必要なほどの危機が迫っているとは、この時の彼女は微塵も思っていなかったのだろう。




