↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第一章 忍者とアイドル
PR
5/60

第四話 いざ東京へ

 真新しいスーツに身を包んで、絆(ばん)は恵比寿(えびす)駅の改札口を後にした。

 東京に戻って来るのは久しぶりだ。

 山奥にある義賀(ぎが)の里とは違い、高いビルが立ち並び、人がせわしなく行き交っていた。


 スマホを片手に、駅から少し歩いた雑居ビルの前で、絆は立ち止まった。

 ビルの一階は喫茶店になっていて、〈ザ・パンダ・ハウス〉の看板が見える。

 朝食として出されるコーヒーの香りが漂ってくるが、今は時間がない。


 絆は目的の三階に急ぐ。だが、妙に薄暗いフロアに戸惑ってしまった。

 廊下の奥の扉には〈CLОSED(クローズド)〉のボードが掛けられていた。

 勤務先の住所を再確認したが、やはりここで間違いなかった。

 扉の上にある看板には〈渋谷(しぶや)探偵事務所〉の文字が見えた。


 義賀の里は日本各地に活動拠点を設けている。

 だが、忍者の存在は秘匿されているため、このように企業や団体を装っているのだ。

 絆が配属されたのは、義賀忍軍(ぎがにんぐん)・第十三中隊。

 その中隊の事務所が今、目の前にある部屋というわけだ。

 場所は合っているはずなので、構わずチャイムを押し続ける。


 すると、どちら様ですかという女性の声が聞こえてきた。

「え~と……今日からそちらの事務所に配属されることになりました有島(ありしま)絆です」

「申し訳ございませんが、弊社に有島という社員はおりません。それでは……」

 そう言われたきり、扉が開かれることはなかった。

「そういえば……」と困惑した絆は独りごちる。

 合言葉を事前に聞かされていたのだ。


 絆はもう一度、チャイムを押すと、今度は合言葉通りに話し始める。

「えっと、『義賀運輸です。着払いのお荷物をお届けしました』」

 もちろん義賀運輸なる企業は存在しない。

 合言葉用に作られた架空の企業である。

 だが、扉の向こうの女性は、あたかも絆が配達員であるかのように応じる。

「着払いね……。『おいくらですか?』」

「『一万三千円』になります」

「分かりました。今、開けます」

 女性がそう言うのが聞こえ、ゆっくりと扉が開かれた。


 姿を現した中年の女性は普通のOLにしか見えなかった。

 事務所の中も普通に明るくて、変わった所はなかった。

「駄目じゃない。いきなり名乗っちゃ……」

 苦笑いを浮かべる女性に、絆は素直に頭を下げる。

「すみません。合言葉のこと忘れてました……」

「まあ、いいでしょう。有島君ね。話は聞いてるわ。ようこそ十三中隊へ。私は江隈美弥子(えくまみやこ)。〈中忍〉よ。中に入って」

 忍者には階級があり、〈下忍〉〈中忍 〉〈上忍〉と上がっていく。

 江隅は〈下忍〉の絆よりも一つ上の階級ということだ。


「よろしくお願いします」

 絆は再び頭を下げて、事務所の中に入った。

「よろしくね。ここに新人さんが来るなんて久しぶりだわ……。忍者証は持ってる?」

 江隅に尋ねられ、絆は忍者証を提示した。

 塾を卒業した忍者に支給される顔写真入りのカードで、氏名や階級が記されている証明書である。

 これを貰うために三年間頑張ってきたと言っても過言ではない。


 江隅は忍者証を手に取って確認すると、絆に返した。

「本物っぽいわね。事務所に入るときはそこのカードリーダーに忍者証を通すの」

 玄関に入ると、さらにガラス張りの扉があり、その向こうが仕事部屋になっているようだった。

 扉の近くには、忍者証を通すカードリーダーが壁に設置されている。

 絆は言われた通り、忍者証をカードリーダーに通した。

 ピッという音がして、鍵が開く気配がする。


「じゃあ、ここの中隊長を紹介するわね。付いて来て」

 江隅の後に付いて扉の中に足を踏み入れた。

 小さな部屋はごく普通の中小企業の事務所のように見える。

 室内は絆と江隅の他には、奥にいる中年の男性だけだった。


「中隊長、今日から配属されることになった新人君ですよ」

 彼女の言葉に続いて絆は自己紹介した。

「有島絆です。よろしくお願いします」

「ああ、辻(つじ)君から話は聞いているよ。私はこの第十三中隊の中隊長を務めている飛崎(とびさき)だ」

 中隊長の飛崎は白髪で、目つきが鋭く、胸板は厚かった。

 何となく凄みのある人物だ。

 どうやら、絆の担任の辻先生とは面識があるらしい。

 もしかしたら、絆がこの事務所に配属されることになったのは、それが要因なのかもしれない。


 飛崎は絆を見据えて続ける。

「この小さな事務所には、約二百名の忍者が所属しているが、見ての通りこの場には誰もいない。それぞれ任務に当たっていて、めったに事務所に帰ってくることはないからだ。君にも簡単な説明の後、早速任務に当たってもらうことになる」


「……ずいぶんと急ですね」

 いきなり任務と言われても、心の準備ができていなかった。

「不安かね?任務に必要な事は、忍者塾で一通り学んできているはずだろう?」

「えっと……」

 動揺気味の絆を、江隅が慌ててフォローする。

「大丈夫よ。塾を卒業したばかりの君に、無理難題を吹っ掛けたりしないわ」

「……わ、分かりました。できる限り早く、一人前になれるよう努力します……」

 内心、帰りたいと思う絆をよそに、上司の飛崎は涼しい顔をしている。

「うむ。まず君に渡したいものがあるんだ。江隅君、あれを彼に……」

「はい。今、持ってきますね」

 江隅は笑みを浮かべ、隣の部屋に行ってしまった。


 渡したいもの?絆は首を傾げる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。