第五十六話 仲間だよ
すももの護衛を続けられる。
絆の中で当たり前のことになりつつあったが、それは当たり前じゃない。
いくつかの奇妙な偶然が重なって自分はここにいる。
そう思ったのも束の間、絆の背中を、ゆかりが小突いてきた。
「返事はどうしました有島君?あなたが下りるというなら、私が護衛に立候補しても……」
「ち、ちょっと待った」と慌てて絆は返事をする。「中隊長、自分はすももの護衛任務は続けていくつもりです。これからもご指導よろしくお願いします」
「分かった」と飛崎は頷く。「それじゃあ、君達はもう帰っていいぞ。すももちゃんを自宅まで送り届けてあげなさい。後片付けは私達がやる。人手なら充分足りているからな」
始めてくれ、と飛崎は振り返って、援軍として呼んだ忍者達に声を掛けた。
おう、という声が周囲に響き、数十人の忍者達が崩壊した洋館の周辺で作業を始める。
その際、忍者達はよくやったなどと、声を掛けてくれた。
絆とゆかりは戸惑い気味に返事をするので精いっぱいだった。
絆は忍者達の様子を見ながら、飛崎に訊ねる。
「後片付けって?」
「うん。まあ、いろいろだ。唯川の一味はいろいろな犯罪にも手を染めていた。何かしら証拠が残っているかもしれん。それに、『梟』に繋がる情報も……」
「梟……」と絆は息を呑む。
ゆかりも気になることがあるのか、飛崎の言葉に飛びついた。
「その情報って……私達も教えてもらえたりはするんでしょうか?」
「どうだろう?」と飛崎は肩をすくめた。「まだ何も分かってはいないからな。必要と判断すれば、隊の中で情報を共有することも当然ありうるだろうが……」
絆とゆかりは、同じ十三中隊といっても、階級は〈下忍〉。
しかも、最近、入隊したばかりの新人だ。
重要な情報を教えてもらえる保証はない。
何となく、この場にいても飛崎達の邪魔になる気がして、絆は早々にお暇することに決めた。
「そうですか。分かりました。自分と彼女は先に上がらせてもらいます」
「ああ」と飛崎は頷いた。「後日、今回の一件に関する報告書は、提出してもらうことになると思う。だが、今日はもう休め」
絆は不眠のまま戦い続け、さすがに疲れていた。
それはゆかりも同じだと思う。
二人は上司に礼を言うと、お言葉に甘えて、帰ることにした。
絆はすももの元に戻り、彼女に声を掛ける。
彼女は人質達を避難させた生け垣の近くにいた。
援軍として来た者の中に、医療忍術に長けた忍者がいるらしく、治療してくれていた。
「帰るの?」
すももは鞄を大事そうに抱えて、絆の元に駆け寄ってくる。
彼女は後ろにいる友人を振り返ると、声を掛けた。
「佳叶も帰ろう。それに、望君も」
すでに治療を終えた石川の弟は、意識を取り戻していた。
立ち上がった彼はなかなかの長身で、百八十センチ以上はあった。
石川と並んで立つと、美男美女の姉弟だと改めて思った。
「うん」頷いた石川は弟に笑いかける。「望、私ん家に泊っていきなよ?さすがに今から帰ると大変でしょ?」
「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」
長い期間拘束されていたものの、望は案外、元気そうであった。
絆は仲のいい姉弟を微笑ましく見つめていたのだが、ゆかりに小突かれて横を向いた。
「どうした?」
「お二人の記憶はどうします有島君?」とゆかりは小声で言った。
「どうするって?」と絆も声をひそめる。
「石川さんと望君は部外者です。今回の事件に関する記憶は、消さなくてはなりません」
絆は忍者であることを隠して、アイドルのマネージャーをしているわけだが、すもも以外に事情を知っている人間を、増やしたくはなかった。
だが、記憶を消す忍術は、同時に他の記憶も消してしまう恐れがある。
せっかく石川との信頼関係ができたのに、全て元通りになってしまう可能性もあった。
悩ましいところであるが、背に腹は代えられない。
「分かった。二人の記憶を消そう」
絆は苦渋の決断をした。
「私に任せてください」
ゆかりは絆から離れると、何気なく石川姉弟の元に近付いて行く。
印を組むのを省略し、呪力を練っているのが分かった。
ゆかりは二人に声を掛けると同時に、人差し指を向ける。
「えっ……」
二人はぽかんとした表情を浮かべて、彼女の指先を見つめる。
すると、パッとゆかりの人差し指から光線が飛び出す。
〈忘却の術〉である。
この光線を頭に受ければ、術者が指定した記憶をほぼ完璧に消すことができる。
……はずだったのだが、ゆかりの光線を、石川は咄嗟に避けてしまった。
光線は弟の望だけに命中する。
「なっ……」
ショックを受けたかのように、ゆかりは固まった。
光線を受けた望は、その場で意識を失って倒れてしまう。
慌てて彼を抱きとめた石川は、怒ったようにゆかりを睨んだ。
「ち、ちょっと、どういうこと?望に何をしたの?」
「え、えっと……」
予想外のトラブルに弱いゆかりは、あたふたと言葉を詰まらせる。
「悪い。石川の弟は、記憶を消させてもらった」
絆は彼女に代わって言った。
「記憶?」と石川は今度は絆を睨んだ。
「忍者とヴァンパイアに関する記憶。これ以上、部外者に俺達の存在を知られるわけにはいかないからな。でも、大丈夫。記憶を消したからと言って、何かが変わるわけじゃない」
絆の説明に納得できなかったらしく、すももが噛みつく。
「絆君、佳叶は部外者じゃない。もう、ここまで来たら仲間だよ。それに、ある程度、事情を知ってくれている人が、身近にいた方がいいでしょ」
「……そう言われてもな」
絆は困ったように頭を掻いた。
ゆかりと顔を見合わせ、どうしたものかと肩をすくめる。
「私からもお願い」と石川は言った。「確かに私は許されないことをした。だからこそ、すももを助けてあげたいの。罪滅ぼしくらいさせてよ」
「石川さん……」
ゆかりもいつの間にか、同情的な視線を彼女に向けている。
天巫女の護衛は、義賀の里にとって死活問題。
絆一人で決められることではない。
「どうする?点点の指示に俺は従うよ。あんたは歴代の天巫女に仕えてきたんだからな」
その場にいたみんなの視線が、狐のぬいぐるみに集まる。
「そうじゃな……儂は、すももの言う通りじゃと思う」
「……記憶は消さなくていいってこと?」石川はこわばっていた表情を和らげる。「ありがとう。こんな私を信じてくれて」
「礼なら、すももに言え」点点は石川を見上げる。「儂は天巫女が信じたお主を、信じてみようと思っただけじゃ。これも神のお導きかのう……」
その様子を見守っていた小助も、安心したように尻尾を振った。
「拙者も、佳叶殿は悪いおなごではないと思っておった。すもも殿のご友人じゃからな」
やけに、すももは仲間達から信頼されていた。
やはり天巫女に選ばれるというのは、ただの偶然じゃないのだろうか。
絆はふっと笑って、同級生に視線を向ける。
「……だそうだけど、ゆかりもそれでいいか?」
「も、もちろんです」と彼女は慌てて取り繕った。「私だって、石川さんを信じていないというわけじゃなくて……。すみません。何だか私が先走ってしまったようです……」
「別にゆかりさんは悪くないでしょ」と石川は慌てて声を掛ける。「最初は驚いたけどさ……。それで、望はどうなるの?もうヴァンパイアのことは忘れちゃったのかな?」
「ええ」ゆかりは頷いた。「監禁されていたことも、すっかり忘れているでしょう。幸い大きな怪我もないようですし、このまま日常生活にすんなり戻れると思います」
「そう……。でも、これでよかったのかもしれない。弟はあのヴァンパイア達にひどい目に遭わされたようだから……。辛い出来事は忘れて、普通の高校生活を送ってもらいたい」
石川は倒れている弟の髪を優しく撫でた。
彼女も大切な人を守るため、ヴァンパイアと戦ったのだ。
それは孤独で不安なことだったと思う。
彼女なら、この先、すももを守るために、きっと力となってくれるはずだ。




