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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第四章 洋館の戦い
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第五十五話 義賀の忍び

 唯川(ゆいかわ)は死んだ。

 彼がファンだったという、すももに見守られながら。

 絆(ばん)は少し複雑な気持ちで、彼女を見つめる。

 すると、すももは急に頭を抱え出した。


「あ~忘れてた!」

「何だよ突然?」

 彼女が大声を出すので、絆は面食らってしまう。

「地下に人がいるの!佳叶(けいと)の弟君も!」

 すももは洋館を見つめながら絶望的な表情になる。


「あ……」

 手負いのゆかりも顔をこわばらせた。

「それなら大丈夫だ」と絆は二人に笑顔を見せる。

「本当?」とすももは絆に詰め寄った。


「本当じゃとも」と話を聞いていた点点が近付いてくる。「有島絆(ありしまばん)とそこの式神(しきがみ)が外へ運び出してくれたぞ」

「そこの式神というのは拙者のことか?」

 小助はやや不機嫌そうに言った。


「ど、どこにいるの?」とすももは敷地内をきょろきょろと見渡す。

 絆は彼らを寝かせていた生垣のところまで、彼女を連れて行った。

 地下にいた人達は命に別状はなさそうだが、やはり、すぐに医師に診せた方がいいだろう。


「よかった」とすももは安堵のため息。

 ヴァンパイアに攫われていたというのに、お人好しな奴である。

 だが、安心したのも束の間、すももは再び頭を抱え、うめき声を上げた。


「今度は何だよ?騒がしい奴だな」と絆は不平を漏らす。

 お人好しから騒がしい奴に、ランクダウンした彼女は、深刻な表情で事情を話した。

「鞄、忘れて来ちゃった。多分、あの人達がいた部屋だと思うんだけど……」

「ああ、鞄か。それなら、その辺に……」


 絆は近くの花壇まで歩いて行き、その上の鞄を、ひょいと持ち上げてみせる。

「あったあった。これだろ、すももの鞄?」

 土煙を被り、汚れてしまったものの、チャックで閉じているので中身は無事だろう。

 絆は汚れを軽くはたいて、すももに渡してあげた。


「あ、ありがとう。よく気が付いたね?」

「いつも点点が入ってる鞄だからな」

 絆は肩をすくめるが、まだ左腕が痛かった。

「儂のおかげじゃな」と点点は自慢げだ。

「最初に気付いたのは拙者でござる」と小助は文句を言う。


「はいはい」ゆかりは呆れた様子で言った。「それで、すももさん、中身は無事ですか?」

「えっと……ばっちり!」

 すももは中を確認して笑顔になった。

 なぜか、すももとゆかりは、お互いに顔を見合わせて笑っている。

 いつの間に、二人はこんなに仲良くなったのか。


「すもも!」

 女性の声に、その場にいた全員が振り返る。

 すももはそれと同時に駆け出していた。

「佳叶!」

「ごめん!」石川佳叶(いしかわけいと)がすももを抱きしめる。「私のせいで、あんたを危険に……」

 彼女の瞳は真っ赤だった。

 いても立ってもいられなかったのだろう。


「謝らないで。あたしは大丈夫だから。それに、ほら。望(のぞむ)君のそばにいてあげてよ」

 石川佳叶は生垣の近くで倒れている人達に気付いて、目を丸くした。

 その中の一人を見つめ、思わず泣き出した。

「望なのね……。大丈夫なの?」

「眠ってるだけだって」すももは石川の肩を抱きしめた。「安心して」


 こういう時、優しい言葉の一つでも掛けてあげられたらいいのだが、絆はその方法が分からなかった。

 二人のことは二人に任せようと思う。

 石川が唯川(ゆいかわ)一味に協力し、すももを危険にさらしたのは事実だ。

 だが、それは囚われた弟を想ってのことで、決して悪気があったからではない。

 すももとの友人関係が、これからも続くことを願うばかりだ。


 すると、廃墟と化した洋館に遅れて現れたのは、援軍の忍者達だった。

 おそらく十三中隊の隊員達だろう。

 東京に来てから、これだけの数の忍者を見るのは初めてだった。

 待たせたな、と絆に話し掛けてきたのは、中隊長の飛崎(とびさき)だった。

「天巫女(あまみこ)は無事なようだが、彼女を攫ったヴァンパイア達は?」


「ご覧の通り。俺と彼らで片付けました」

 絆は後ろにいたゆかりや点点、小助に顔を向けた。

「お手数お掛けしました」絆は頭を下げる。「今回は俺の不注意で、天巫女を危険に……」


 驚いたゆかりは絆を押し退(の)けるように、飛崎に事情を説明する。

「ち、ちょっと待ってください。有島君は悪くありません。私の不注意で、すももさ……天巫女を連れ去られてしまったのです」

「二人は確か……同じ班の所属だったね?」と飛崎は面を食らったように言った。


「はい。今回の事態は私の責任です。有島君が護衛を続けていたら、こんなことには……」

「いや……」黙っていられず、絆は口を挟んだ。「そもそもの原因は自分が彼女に護衛を依頼したからで……。それに、ゆか……蓮井さんは優秀な忍者で……」

 お互いをかばい合う新人忍者二人に、飛崎は苦笑した。

 彼だけでなく、後ろに控えていた先輩忍者達も、困ったなといった顔をする。


「二人とも待ちなさい」と飛崎は代表して言った。「君達を責める気は毛頭ないよ。私だけでなく、この場にいる全員がな」

 上司の言葉に、絆はゆかりと目を見合わせ、周りにいる忍者達に視線を向ける。

 すると、後ろで控えていた忍者達も、絆とゆかりを見てにやにやと笑っていた。


「えっ……」と絆は困惑を隠せない。「なぜですか?自分は許されないミスを犯しました」

「天巫女……すももちゃんは無事戻ってきた。ヴァンパイア達の拠点は壊滅。何を怒ることがある?終わりよければ全てよし、だ。君達の不始末は全て水に流そうじゃないか」

「ほ、本当にそれでいいんですか?」とゆかりも不思議そうだった。


 そんな忍者達のやり取りを見て、点点は笑った。

「ほっほっほ。それでこそ、義賀(ぎが)の忍びじゃ。今回の件は儂の不手際でもあるゆえ、いざとなったら儂から言うてやれねば、と思っておったのじゃが……」

 昔から親交があるらしい飛崎は、神の使いに苦笑を浮かべる。

「まあ、点点がいるから、それほど心配はしていなかったがね。それに、義賀は強い忍者が好きなんだ。この屋敷の主(あるじ)……唯川は『梟(ふくろう)』とも近く、なかなか厄介な相手だった。それを〈下忍〉達だけで片付けてしまった。大したもんだ」


 飛崎は終始笑顔でご機嫌だった。

 電話越しに怒鳴られたのは、何だったのかと思う。

 絆は若干、戸惑いつつも、今後のことについて上司に訊ねた。

「そ、それじゃあ……俺はすももの護衛を続けられるんですか?」


「何を当たり前のことを言っているんだ?」と飛崎は首を傾げた。「有島君が急に辞めてしまったら、すももちゃんが困惑するだろう?きちんと最後まで任務を全うしなさい」


 ということは、彼女のそばにいられるということか。

 ほっと息を吐き、飛崎の言葉に頷く。

 今の笑顔は、すももの護衛になってから一番のものだったに違いない。

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