第五十五話 義賀の忍び
唯川は死んだ。
彼がファンだったという、すももに見守られながら。
絆は少し複雑な気持ちで、彼女を見つめる。
すると、すももは急に頭を抱え出した。
「あ~忘れてた!」
「何だよ突然?」
彼女が大声を出すので、絆は面食らってしまう。
「地下に人がいるの!佳叶の弟君も!」
すももは洋館を見つめながら絶望的な表情になる。
「あ……」
手負いのゆかりも顔をこわばらせた。
「それなら大丈夫だ」と絆は二人に笑顔を見せる。
「本当?」とすももは絆に詰め寄った。
「本当じゃとも」と話を聞いていた点点が近付いてくる。「有島絆とそこの式神が外へ運び出してくれたぞ」
「そこの式神というのは拙者のことか?」
小助はやや不機嫌そうに言った。
「ど、どこにいるの?」とすももは敷地内をきょろきょろと見渡す。
絆は彼らを寝かせていた生垣のところまで、彼女を連れて行った。
地下にいた人達は命に別状はなさそうだが、やはり、すぐに医師に診せた方がいいだろう。
「よかった」とすももは安堵のため息。
ヴァンパイアに攫われていたというのに、お人好しな奴である。
だが、安心したのも束の間、すももは再び頭を抱え、うめき声を上げた。
「今度は何だよ?騒がしい奴だな」と絆は不平を漏らす。
お人好しから騒がしい奴に、ランクダウンした彼女は、深刻な表情で事情を話した。
「鞄、忘れて来ちゃった。多分、あの人達がいた部屋だと思うんだけど……」
「ああ、鞄か。それなら、その辺に……」
絆は近くの花壇まで歩いて行き、その上の鞄を、ひょいと持ち上げてみせる。
「あったあった。これだろ、すももの鞄?」
土煙を被り、汚れてしまったものの、チャックで閉じているので中身は無事だろう。
絆は汚れを軽くはたいて、すももに渡してあげた。
「あ、ありがとう。よく気が付いたね?」
「いつも点点が入ってる鞄だからな」
絆は肩をすくめるが、まだ左腕が痛かった。
「儂のおかげじゃな」と点点は自慢げだ。
「最初に気付いたのは拙者でござる」と小助は文句を言う。
「はいはい」ゆかりは呆れた様子で言った。「それで、すももさん、中身は無事ですか?」
「えっと……ばっちり!」
すももは中を確認して笑顔になった。
なぜか、すももとゆかりは、お互いに顔を見合わせて笑っている。
いつの間に、二人はこんなに仲良くなったのか。
「すもも!」
女性の声に、その場にいた全員が振り返る。
すももはそれと同時に駆け出していた。
「佳叶!」
「ごめん!」石川佳叶がすももを抱きしめる。「私のせいで、あんたを危険に……」
彼女の瞳は真っ赤だった。
いても立ってもいられなかったのだろう。
「謝らないで。あたしは大丈夫だから。それに、ほら。望君のそばにいてあげてよ」
石川佳叶は生垣の近くで倒れている人達に気付いて、目を丸くした。
その中の一人を見つめ、思わず泣き出した。
「望なのね……。大丈夫なの?」
「眠ってるだけだって」すももは石川の肩を抱きしめた。「安心して」
こういう時、優しい言葉の一つでも掛けてあげられたらいいのだが、絆はその方法が分からなかった。
二人のことは二人に任せようと思う。
石川が唯川一味に協力し、すももを危険にさらしたのは事実だ。
だが、それは囚われた弟を想ってのことで、決して悪気があったからではない。
すももとの友人関係が、これからも続くことを願うばかりだ。
すると、廃墟と化した洋館に遅れて現れたのは、援軍の忍者達だった。
おそらく十三中隊の隊員達だろう。
東京に来てから、これだけの数の忍者を見るのは初めてだった。
待たせたな、と絆に話し掛けてきたのは、中隊長の飛崎だった。
「天巫女は無事なようだが、彼女を攫ったヴァンパイア達は?」
「ご覧の通り。俺と彼らで片付けました」
絆は後ろにいたゆかりや点点、小助に顔を向けた。
「お手数お掛けしました」絆は頭を下げる。「今回は俺の不注意で、天巫女を危険に……」
驚いたゆかりは絆を押し退けるように、飛崎に事情を説明する。
「ち、ちょっと待ってください。有島君は悪くありません。私の不注意で、すももさ……天巫女を連れ去られてしまったのです」
「二人は確か……同じ班の所属だったね?」と飛崎は面を食らったように言った。
「はい。今回の事態は私の責任です。有島君が護衛を続けていたら、こんなことには……」
「いや……」黙っていられず、絆は口を挟んだ。「そもそもの原因は自分が彼女に護衛を依頼したからで……。それに、ゆか……蓮井さんは優秀な忍者で……」
お互いをかばい合う新人忍者二人に、飛崎は苦笑した。
彼だけでなく、後ろに控えていた先輩忍者達も、困ったなといった顔をする。
「二人とも待ちなさい」と飛崎は代表して言った。「君達を責める気は毛頭ないよ。私だけでなく、この場にいる全員がな」
上司の言葉に、絆はゆかりと目を見合わせ、周りにいる忍者達に視線を向ける。
すると、後ろで控えていた忍者達も、絆とゆかりを見てにやにやと笑っていた。
「えっ……」と絆は困惑を隠せない。「なぜですか?自分は許されないミスを犯しました」
「天巫女……すももちゃんは無事戻ってきた。ヴァンパイア達の拠点は壊滅。何を怒ることがある?終わりよければ全てよし、だ。君達の不始末は全て水に流そうじゃないか」
「ほ、本当にそれでいいんですか?」とゆかりも不思議そうだった。
そんな忍者達のやり取りを見て、点点は笑った。
「ほっほっほ。それでこそ、義賀の忍びじゃ。今回の件は儂の不手際でもあるゆえ、いざとなったら儂から言うてやれねば、と思っておったのじゃが……」
昔から親交があるらしい飛崎は、神の使いに苦笑を浮かべる。
「まあ、点点がいるから、それほど心配はしていなかったがね。それに、義賀は強い忍者が好きなんだ。この屋敷の主……唯川は『梟』とも近く、なかなか厄介な相手だった。それを〈下忍〉達だけで片付けてしまった。大したもんだ」
飛崎は終始笑顔でご機嫌だった。
電話越しに怒鳴られたのは、何だったのかと思う。
絆は若干、戸惑いつつも、今後のことについて上司に訊ねた。
「そ、それじゃあ……俺はすももの護衛を続けられるんですか?」
「何を当たり前のことを言っているんだ?」と飛崎は首を傾げた。「有島君が急に辞めてしまったら、すももちゃんが困惑するだろう?きちんと最後まで任務を全うしなさい」
ということは、彼女のそばにいられるということか。
ほっと息を吐き、飛崎の言葉に頷く。
今の笑顔は、すももの護衛になってから一番のものだったに違いない。




