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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第四章 洋館の戦い
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第五十四話 〈忍術〉対〈邪血術〉

 舞台俳優のような黒マントを羽織った男。

 それがこの屋敷の主であり、すももを攫った連中のボス、唯川(ゆいかわ)だった。

 彼は真っ赤な剣をくるくると器用に回しながら、絆(ばん)から一定の間合いを保っている。

 その剣で絆の腕を斬りつけたのだろう。


「〈邪血術(じゃけつじゅつ)〉か……。油断した……」

 そう言って、絆は腕を押さえる。

「血液を操るヴァンパイアの妖術じゃな」と点点(てんてん)が補足する。「奴の場合、自身の血を固めて、剣を造り出しているようじゃ」


「そう」唯川は微笑む。「私の剣はどんなものでも斬り裂きます。この通り……」

 そう言った唯川が、剣を一閃させる。

 先程まで運転していた車が、真っ二つに切断されてしまう。

 もうこの車は用済みということだろう。


「それで、どうやって逃げるつもりだ?」と絆は皮肉った。「援軍を呼んである。どんなにお前が強くても、さすがに一人じゃ何もできないだろう。大人しく降参するんだな」

 絆は強がっていたが、実際は焦っていた。

 先走ってしまったのは事実とはいえ、そろそろ援軍が着いてもいい頃だ。

 このままでは夜が明けてしまう。


 いや、飛崎(とびさき)達は朝になるのを待っているのかもしれない。

 そうなると、到着はまだ先になりそうだ。

 何とか時間を稼ぐべきだが、唯川は待ってくれそうにはない。


「降参?御冗談を。私がなぜそんな……。これから、すももさんと共に新天地へ旅立つのです。邪魔をしないでいただけますか?」

「悪いが……」絆は苦無(くない)を構える。「俺にも立場がある。簡単には引き下がれないな」


 すももは唯川の後ろで、寝息を立てている。

 彼女はアイドル。

 本来、この戦いには無関係な立場にある。

 だが、天巫女(あまみこ)に選ばれてしまったがゆえに、こんな目に遭っているのだ。


「彼女は私のものだ。彼女に触れたその手、斬り落としてくれる!」

 唯川の血の剣が一閃する。

 恐ろしく速い。

 だが、唯川の斬撃(ざんげき)は絆には届かなかった。

 点点が張った結界が守ってくれたからだ。


「点点……悪い。助かった」

 絆は冷や汗が流れるのを感じた。

「援護する」と点点は心強いことを言う。「じゃが、儂の結界は奴にはそう長くはもたん」

 唯川は斬撃を繰り返し、結界に叩き込んでいる。

 結界にひびが入り、点点の言う通り、ガラスのように割れて壊れてしまった。


「唯川!」

 絆は結界の崩壊と同時に叫んだ。

 奴の心臓目掛けて苦無の刺突を繰り出す。

「遅い!」


 絆の右腕が宙を舞う。

 斜め横から飛んできた唯川の剣が、絆の腕を正確に斬り落としたのだ。

 すももが眠っていてよかった。

 彼女にこんな光景は見せられない。


 ――ボンッ!


 右腕が地面に落ちると同時に、絆は唯川の視界から消えた。

「『変わり身』か!」

 唯川は咄嗟に周囲に注意を向ける。

 さすがに忍者と戦い慣れているらしい。

 唯川が斬ったのは実は絆ではなかった。

 庭に転がる丸太と入れ替わり、唯川に斬らせたのだ。


 本当の絆は、すももを乗せていた車のすぐ近くにいた。

 絆は唯川に気付かれる前にすでに結印を完了している。

 絆が自動車のボディに触れると、運転手不在のまま、車がひとりでに動き出す。

 唯川に真っ二つにされていたので、動いたのは車の前半分だけだったが、奴を押し潰すには、それで充分だろう。 


 後部座席のない車両が、唯川目掛けて突っ込んで行く。

 絆が使用した忍術は〈伍印(ごいん)・絡繰(からくり)〉。

 手に触れた金属を自在に操る忍術である。


 通常の忍術は三つの印で構成されるが、この術は五つの印を結ぶ必要がある。

 強力である分、術者の負担も大きく、呪力の消耗も激しい。

 〈下忍〉が使うには、なかなか難度の高い忍術だ。

 ちなみに、結印は〈庚(かのえ)〉〈壬(みずのえ)〉〈庚(かのえ)〉〈甲(きのえ)〉〈辛(かのと)〉となる。


 唯川は一瞬、動揺を見せたものの、突っ込んでくる車両を回避すべく、すぐさま地面を蹴った。

 ゆかりの話では、百年を超える年月を生きたヴァンパイアだ。

 さすがに簡単には隙を見せない。

 だが、こちらには、もっと長い期間、神の使いをしてきた仲間がいる。


「何だ?」


 唯川は思わず目をつぶる。

 突然、辺りが明るくなった。

 太陽が夜明けを待ちきれずに昇ってきたように。

 だが、違う。

 この光の正体は点点の目から放たれた光線だった。

 この光は太陽と同じ性質を持っている。


 太陽に嫌われたヴァンパイアに、運は味方しない。

 視界が真っ白になった唯川は、絆の術で動かした自動車をかわしきれなかった。

 正面から車と衝突し、何メートルも離れた地面に放り出される。

 全身を痙攣(けいれん)させ、なかなか立ち上がることができない。


「勝負あったな」

 点点の言う通り、唯川は戦闘を継続できないだろう。

 だが、まだ終わってはいない。絆にはまだやるべきことがある。


「有島(ありしま)君」

 手負いのゆかりが、こちらに近付いてきた。

 小助に支えられながら。

「唯川にとどめを……」

 絆は彼女に頷くと、小走りで彼に近付き、苦無を構える。


 唯川は血だらけで、苦痛に顔が歪んでいた。

 口元から牙が伸びているとはいえ、見た目は人間とほぼ変わらない。

 苦無を突き立てるのは、なかなか勇気がいる。

 もちろん同情をするつもりはないが……。


「……じゃあな」

 絆は右手で苦無を振り下ろした。

「待って!」

 だが、女の声で絆の手は止まった。

 ぎりぎりのところで、苦無は空中で停止する。


「何だよ?邪魔するなよ、すもも」

 絆は舌打ち混じりに、視線を横に向けた。

 絆を止めたのは、すももだった。

 この場には似つかわしくないステージ衣装のまま、ゆっくりとこちらに歩いて来る。


「ごめん。でも、その人……動けないんでしょ?わざわざとどめを刺さなくったって……」

「すももは、こいつにひどい目に遭わされたんだろ?何でこんな奴に同情するんだ?」

 絆は苦無で瀕死の唯川を指し示す。

 彼も意外そうに、すももの方に視線を向けていた。


「別に同情しているわけじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「その人はファンだと言ってくれた。悪い人かもしれないけど、あたしのファンなんだよ……。まだまだ有名とは言えないあたしを、その人は知ってくれてた……」

 絆は二の句が継げず、黙って唯川を見つめた。

 彼は倒れたまま、嬉しそうに笑う。

「……お優しい方ですね」


 唯川は絆が手を下すまでも、ないかもしれない。

 声が弱々しく、視線も虚ろだ。

 再生能力も落ち、血が止まらない。


 それに、もうすぐ夜明けである。

 このまま太陽の光を浴びれば死ぬ。

 絆は苦無をしまった。

 とどめを刺すところを、見せるのも気が引けるし、これでいい。


 すももは恐る恐るこちらに歩いて来ると、唯川に聞こえないように小声で訊ねた。

「彼は……その……」

「もう長くはない」

 絆はぼそっと言った。

 唯川はもう、ほとんど動かなくなっている。


「そっか」

 すももはそう言うと、唯川のそばにしゃがみ込んだ。

「おい!危ないぞ!」

 絆は怒って、すももを無理やり立たせる。

「ごめん。でも、彼に言いたいことがあるの」

「…………」

 唯川はわずかに彼女に視線を向ける。

「ファンでいてくれて、ありがとう」


 唯川の口が微かに開くが、声を発することはなかった。

 夜が明けたからだ。

 崩壊した洋館から太陽が顔を覗かせて、絆は思わず顔をしかめる。


 世界が光を取り戻すにつれて、唯川の身体は青い炎に包まれていく。

 肉体が崩壊していき、残されたのは白い遺灰だけとなった。

 その光景をすももは、じっと見つめていた。

 彼女にあまり見せたくなかったので、絆はどこかに連れて行こうとしたのだが、すももはてこでも動こうとしなかった。

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