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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第四章 洋館の戦い
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第五十三話 間一髪

 地下室に残されたすももの鞄。

 彼女もここに来ていたということだろう。

 それに、ゆかりは無事なのだろうか。

 爆発に巻き込まれていなければいいのだが……。


 すると、点点(てんてん)の声で、絆(ばん)の意識が覚醒した。

「何をしておる。〈分身(ぶんしん)の術〉を使え。そうすれば、全員を抱えて地上に出れるじゃろ」

「そ、そうだな」

 絆達がいる部屋には、ヴァンパイアに捕らえられた人質が寝かされている。

 今は彼らの救助に集中しなければ……。


 式神(しきがみ)の小助(こすけ)も手伝うと絆に助言した。

「拙者も〈変化(へんげ)の術〉で姿を変えれば、人一人抱えることもできる」

「頼んだ」絆は〈丁(ひのと)〉〈壬(みずのえ)〉〈戊(つちのえ)〉と順に結印し、術名を口にする。「〈分身の術〉!」


 狭い部屋が白い煙で覆われる。

 その中から絆とそっくりの姿をした分身が姿を現す。

 義賀(ぎが)流忍術における〈分身の術〉は、術の使用者を複数人に見せる幻覚でなく、実体のある人形を生み出す。

 そのため、絆に代わって、部屋にいる人達を抱えることも可能であった。


「変化!」

 小助も普段の小さな狸姿ではなく、熊のような大きな狸へと姿を変えた。

 絆は一瞬ぎょっとしたが、この場で一番大きな男の人を小助に任せることにした。

 忍術で手足の拘束を解き、絆の分身達にもそれぞれ地下室の人を背負わせた。


 絆自身は、山岡(やまおか)に血を吸われていた若い男を背中に乗せた。

 おそらく、この九人の中では、彼が最年少だろう。

 山岡の歯形が首元に残っているものの、命に別状はなさそうだ。

 もしかすると、石川(いしかわ)の弟は彼なのかもしれない。


「こっちじゃ」

 点点は小柄なので人をおぶることはなかったが、絆と小助を先導してくれた。

 地下室の照明が落ちているため、点点は再び目から光を出して行く手を照らした。

 すると、階段を上がった先で、絆達は予想外の光景を目の当たりにした。


 逃げたはずの山岡が、がれきに押しつぶされて、身動きが取れなくなっていたのだ。

 下半身が完全に挟まってしまい、抜けなくなっていた。

 点点が太陽と同じ力を持つ光で山岡を照らすと、ヴァンパイアは悲鳴を漏らした。

「熱い!その光は止めてくれ!頼む。俺を助けてくれよ。このままじゃ死んじまう」


「どうされるでござる?」

 小助はおずおずと伺いを立てる。

「別に。放っておけ」

 そんな式神に絆は素っ気なく返した。

「そうじゃな」

 点点も同じ意見らしい。

 山岡を照らすのは止め、正面の玄関の方に歩いて行ってしまう。


「おい!無視するな!おい!本気かよ!この薄情者が!」

 山岡は何とか脱出を試みようとがれきを押し退(の)けようとする。

 しかし、彼の怪力をもってしても、びくともしなかった。

 絆達は山岡の罵声を聞き流しながら、玄関から屋敷の外に出た。

 その直後、本格的に建物の崩壊が始まり、慌てて建物から離れた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ……!!」


 山岡の悲鳴と、それをかき消すくらいの轟音が周囲に響いた。

 粉塵とがれきの塊が飛び散って、敷地全体に散乱していく。

 おかげで、絆はあちこちに擦り傷ができてしまったが、致命傷にはならなかった。

 点点や小助、救出した人達も、もちろん無事だ。


「間一髪だったな」と絆は冷や汗をかく。

「山岡というヴァンパイアは……死んだか?」

 小助は崩壊した洋館を、まじまじと見つめる。

 建物は爆発の衝撃で原型をとどめていなかった。

 ついさっきまで、この中にいたというのが信じられないくらいに。


「おそらく」と点点は頷く。「悪さをしているものに、天は味方しないじゃろう」

「点点が言うと説得力あるな」と絆は言った。

 彼はぬいぐるみのような姿をしているが、天界から派遣された天照大神(あまてらすおおかみ)の使いである。


 絆達はひとまず、九人の男女を敷地の隅に寝かせた。

 全員ぐったりとして意識がない。

 早く医者に診せるべきなのかもしれないが、すももやゆかりが気掛かりである。

 建物の崩壊に巻き込まれた可能性もあるからだ。


 絆は〈分身の術〉を解いて、がれきの山を見つめていたのだが、その近くを一台の車が猛スピードで通り過ぎた。

 咄嗟(とっさ)に横に回避して、衝突を免れる。

「有島絆!今の車……すももが乗っておったぞ!」

 点点は車を恨めし気に見つめる。


「拙者も見た!運転していたのは、長髪の男じゃった!」

 小助は車を追いかけるように走り出す。

 いつの間にか、いつもの小さな狸に戻っていた。

「唯川(ゆいかわ)って奴だろうな」と絆もその後に続く。「絶対に逃がさないぞ」


 車は黒塗りのセダンだった。

 かなりのスピードで庭園を駆け抜けていく。

 庭に置かれたままになっていたものをなぎ倒しながら、荒い運転で突き進む。


 すももは無事だったが、このままでは唯川に再び彼女を連れ去られてしまう。

 そうなれば、また振り出しに戻ることになる。

 それだけは避けなければ……。


 車はそのまま、正門から敷地の外に出ようとしていた。

 だが、いきなり突風が吹いたと思ったら、車のガラスが緑色の葉っぱで覆われてしまった。

 張り付いた葉が、視界を完全に塞ぐ。


 その直後、唯川が運転していた自動車が、門の柱に衝突した。

 耳をつんざくような轟音を響かせ、車は止まった。

 バンパーは衝撃で変形し、原形をとどめてはいなかった。


「何とか……間に合いましたね」

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには痛々しい友人の姿があった。

「ゆかりか。よかった。……随分と派手にやられたな?」

 彼女の着ていたシャツは血で赤く染まり、ところどころ服の生地も破れてしまっていた。


「私は大丈夫です」ゆかりは恥じるように傷を隠した。「それよりも、すももさんを……」

 そう言うと、彼女はその場にしゃがみ込んでしまった。

 体力の限界が来たらしい。

「小助、ゆかりは任せた。後は俺と点点でやる」


「任された」

 式神はゆかりに寄り添うように、彼女に手を差し伸べた。

「有島君……」

 ゆかりは地面に座り込んだまま、こちらを見上げる。


「分かってるよ」そんな彼女に、絆は笑いかけた。「すももならあれくらい平気だろう。ああ見えて丈夫だからな。それじゃあ行って来る」

「うむ。急ごう」

 点点は地面を蹴って、鉄の塊となった唯川の車に駆け出した。


 その後を絆は追った。

 車のガラスには、庭園に植えられていた木の葉っぱが張り付いている。

 ゆかりが木遁(もくとん)に属する何らかの術を使ったと思われる。


 車内の様子が見えにくかったものの、助手席にすももの姿を確認し、絆は安堵する。

 すももは事故のせいか、意識を失っている。

 なぜかステージ衣装を着ているのは気になったが、今はそれどころではない。


「しっかりしろ!」絆は忍術で助手席のドアを解錠した。「今、出してやるからな!」

 意識がないすももを、車から引っ張り出して地面に寝かせる。

 首元を確認するが、血を吸われたような形跡はなく、単に眠っているだけのようだ。


「すもも……」

 彼女の頬を優しく叩く。

 表情は穏やかで、う~んと寝言を漏らしている。

「起きそうにないな。もう少し寝かしておいた方がいいかな?」

「…………」

 点点は返事をするのも忘れ、事故を起こした車の中をじっと見つめている。


「点点!おい、どうした?」

「有島絆、奴はどこに行ったのじゃ?」

 絆は運転席に視線を向ける。

 車内はもぬけの殻だった。

 すももを助けるのに夢中で、唯川の存在をすっかり忘れていたのである。

 運転席のドアはいつの間にか開け放たれた状態になっている。


 その時、背後から背筋が凍るような殺気を感じ、すぐさま振り返った。

「ぐっ……」

 視界の端に赤色の何かが横切ったかと思ったら、強烈な痛みが走る。

「有島絆!」

 点点は全身の毛を逆立たせ、絆の背後にいる何者かを睨みつける。


「お前は……」

 絆も痛みを堪えながら、追撃をかわすために、後ろに飛んだ。

「私のすももさんに、触れないでいただけますか?」

 絆はぶらりと垂れ下がる左腕を押さえながら、声の主に視線を向ける。

 長髪の端正な顔立ちのヴァンパイアがそこにいた。

 この男が唯川本人で間違いないだろう。

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