第五十一話 すももはどこに?
絆は洋館に向けて駆け出していた。
周辺にはヴァンパイアが張ったと思われる結界が施されているようだ。
多少の騒ぎを起こしても、住宅街で暮らす人々に気付かれることはない。
「何だ?敵襲か?」と警備員達が騒がしくなる。
口元から牙を伸ばしている者が多かったが、そうでない者もいる。
「有島君」ゆかりに名前を呼ばれて振り返る。「分かっていますね?人間の警備員は……」
「殺すなって言うんだろ?」と絆は彼女の言葉を引き継ぐ。「分かってるよ。任せとけ」
「侵入者だ!撃て!」
警備員の誰かがそう言った。
その指示を合図に、警備員達が懐から取り出した拳銃を、一斉に発射させる。
「有島絆!」と前方にいた点点が振り返る。
絆は頷いた。
視界にいるだけで、警備員は十人はいる。
屋敷の中にはもっといるだろう。
これだけの数の警備員が発砲したら、なかなか厄介だ。
絆は一度立ち止まると、目にも留まらぬ速さで印を組み、術名を声に出した。
「〈趨停の術〉!」
この術は、〈庚〉〈壬〉〈辛〉の三つの印からなる金遁に属する忍術だった。
その効果は、術者周辺の金属の運動を停止させるものである。
絆が右手の掌を前に突き出すと、発射された無数の弾丸が空中で動きを止めた。
重力を失ったかのようにも見えるが、浮かんでいた金属の塊が突然重力を取り戻す。
絆が腕を下げると、音を立てて地面に落ち始めた。
「さすが有島君」
物陰に隠れていたゆかりが、隣りに立って笑みを浮かべる。
「腕を上げたな」と点点も珍しく褒めてくる。
「そうでもないさ。来るぞ」
警備員達は絆の忍術を見て、銃が効かないと理解したらしい。
飛び道具をしまって、それぞれ近接武器に持ち替え始める。
絆は応戦するために両手に苦無を構えたが、ゆかりは忍具を持たず、周辺に視線を這わせていた。
「どうした?手伝ってくれないのか?」
「ええ。すみませんが、私はすももさんを探しに行きます。連中の相手は、有島君と点点さんでお願いしますね」
「お主、一人で大丈夫かの?」と点点はゆかりに視線を向ける。
「問題ありません。点点さんは有島君のサポートを……」
神の使いは納得していないようだったが、行かせてやってくれと絆からも頼んだ。
「ここは俺と点点で何とかしよう。でも、ゆかり……くれぐれも無理はするなよ」
「はい。お二方も……」
それだけ言うと、ゆかりはどこかに行方をくらませてしまった。
彼女はすももを敵に攫われたことを、かなり悔んでいるようだった。
不安もあるが、ここは彼女の気持ちを尊重したいと思う。
「ゆくぞ」と点点は一足先に走り出す。
「おう!」その後を絆は付いて行った。
敵の集団に絆と点点は突撃する。
警備員達の悶絶が轟き、五分もせずに片付けてしまった。
扉を開けさせると、堂々と正面から敷地内に入って行く。
外から様子を窺っていた通り、屋敷にはまだまだ敵の姿が見えた。
車に荷物を積み入れていた男達がこちらに気付く。
絆と点点は再び視線を交わすと、先程と同様に敵を倒していった。
辺りにはヴァンパイアが死後に残す灰が漂った。
ワゴン車の近くにいた最後の一体を倒すと、絆は苦無を一旦ホルスターにしまう。
車内は山積みにされた段ボールでいっぱいになっていた。
「箱の中に、すももが入っていることはないかの?」
点点は箱の上に乗って何やら、彼女の気配を探ろうとしている。
「すももは、そこまで小さくないだろ」と絆は突っ込む。
段ボール箱は小さなものばかり。
いくら、すももが小柄だと言っても隠れるのは無理だ。
「ふむ」と点点も納得したらしい。「それでは、すももはまだ建物の中か……」
唯川というヴァンパイアの暮らす洋館は、ぱっと見ただけで、数十部屋はありそうな大きな建物だった。
すももを探すだけで骨が折れそうである。
「小助にも手伝ってもらうか」
絆はちらりと点点に視線を向ける。
「勝手にせい」
「そうさせてもらうよ」
点点は小助とは仲がいいとはいえない。
絆は苦笑を浮かべつつ苦無を取り出し、手袋を取った。
右手の掌に一筋の切り傷を付け、式神の名を呼ぶ。
「小助、来てくれ」と右手でそっと地面に触れた。
――ポンッ!
白い煙が立ち込め、その中から狸の妖怪が姿を現した。
「お呼びで絆殿?」
「おう。ちょっと手を貸してくれないか」
「いかがなされたのでござる?」と小助は首を傾げる。
「説明は後じゃ」と点点は素っ気ない。
「悪いな小助」と絆は謝る。「とにかく今は、すももを一緒に探してくれ。いいな?」
「了解した」
物分かりのいい式神は、それ以上、何も言わずに絆の指示に従った。
小助は狸なのだが、鼻が利く。
彼の鼻なら、彼女の居場所を突き止められるはずである。
「こっちじゃ」と小助はそのまま庭園を通り過ぎ、建物の内部へ。
やはり、すももはまだ中にいるようである。
絆と点点も、その後に続いた。
玄関を入ってすぐ、大きなシャンデリアが一行を出迎えた。
やけに豪勢な建物だ。
まるで一流ホテルのようである。
個人の邸宅としては、あまりに広すぎる。
ヴァンパイアは、人間の権力者に取り入ることで、大金を手にしている者も少なくない。
唯川自身、そういう汚いことをしてきたのだろう。
「……っ」
突然、建物の中が闇に包まれ、息を呑んだ。。
月明り以外、何の明かりもない。
「これは?」と小助も立ち止まり、あたふたとしている。
「ゆかりじゃな」と点点は慌てた様子もなく言った。
「多分な」と絆は頷く。「ブレーカーを落としたんだ。敵を混乱させるために」
ヴァンパイアは夜目が利くものの、敵の集団には一定数、人間がいた。
それに、いくらヴァンパイアとはいえ、いきなり視界が暗くなれば反応が鈍る。
なかなかいい作戦だ。
「そ、そうか」と小助は落ち着きを取り戻す。「それなら安心した」
「見えるか?」と絆は訊ねる。
「いや……」と小助は首を振った。
「儂が明かりとなろう」
点点は車のヘッドライトのように目から光を放つ。
暗い屋敷の中に明かりが灯った。
「よし、ありがとう点点」と絆は言った。「それじゃあ先に進もう」
小助は先程と同様に、床に鼻を近付けながら前へと進もうとする。
だが、それも束の間、狸の妖怪はすぐに足を止めてしまった。
「絆殿、血の臭いじゃ!近い!」
その瞬間、絆の鼻腔にも血の臭いが漂ってくる。
反射的に敵の気配を感じ取り、絆は咄嗟に身を屈めた。
さっきまで頭があった位置に、男と思われる太い拳が横切った。
「くっ……誰だ?」と絆は暗闇に潜む黒い影に視線を向ける。
点点は男のいる場所に光を当てるが、男は光を避けるようにして姿を現そうとはしない。
薄っすらと闇の中に大男の影が見えるだけだ。
屋敷を飛び回りながら、絆に語り掛ける。
「よぉ……また会ったな?」と野太い声が建物内部に響いて反響する。
「あんた……山岡か?」
スキンヘッドのヴァンパイアの姿が、絆の脳裏を過ぎった。
「覚えててくれたのか?」山岡はなぜかご機嫌な様子で言った。「俺もお前のことは忘れてねえぞ。天巫女の護衛だな?だが、残念だった。天巫女はすでに、こちらの手に渡った」
「彼女は生きているんだろ?」と絆は余裕を見せる。「殺すつもりなら、最初からそうしているはず。わざわざ連れ去ったのは、殺すつもりがないからだ。違うか?」
「さあね」と山岡は笑んだ。「俺は別に殺してもよかったんだぜ」
「だが、そうしなかった」
「俺の主人がうるさいんでね。だが、あの人は気まぐれだから、今頃あの女は死んでいるかもしれないぜ?」
「絆殿……」
小助はすももが心配らしく、不安げに寄り添ってくる。
純粋な式神である。
その時、点点の目の明かりが突然、消えてしまう。
屋敷の中は再び暗闇に戻った。
「ふむ。そろそろ限界じゃ。目が疲れる。お主ら、大丈夫そうかの?」
「ああ。仕方ない」と絆はため息をつく。「とにかく、山岡を片付けて先に進もう」
絆達は臨戦態勢に入り、ヴァンパイア山岡を迎え撃った。




