第四十八話 ドラキュラ伯爵?
ここは?すももは目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。
ホテルのスイートルームのような豪華な部屋だ。
すももは部屋に置かれたダブルベッドの上で寝ていた。
しかも、なぜかヘルシングのステージ衣装に身を包んでいる。
どうしてこんな格好で、こんな部屋にいるのか、すももは思い出せなかった。
撮影の途中で寝てしまったのだろうか。
すると、室内にあるウォークインクローゼットから物音が聞こえてきた。
その中は、すももが着ているような衣装が、たくさん掛けられている。
姿は見えなかったが、男が電話で誰かと話しているのが分かった。
しばらく会話を聞いていると、男は確かに言った。
「天巫女の少女は始末しました」と。
すももは、ぎょっとしてベッドから落ちそうになる。
天巫女はすもも一人のはずだが、自分はこうしてぴんぴんとしている。
この男は一体?
「約束通り、あなたからの依頼は果たしましたよ『梟』」と男は続ける。
梟。それは、絆の両親を殺したヴァンパイアの名前だ。
この男が何者か分からないが、ヴァンパイアの仲間であることは確かだった。
男は電話を切り、クローゼットから出てくるので、すももは慌てて寝たふりをしようとしたが、その前に男と目が合ってしまった。
「おや、目を覚ましたんですね?」
予想外に柔和な笑みを浮かべるので、戸惑ってしまう。
男は長髪で端正な顔立ちをしていた。
舞台衣装のような黒いマントを羽織っていて、俳優さんのように見えなくもない。
「えっ……はい」すももは深呼吸をして、何とか言葉を絞り出す。「あたし、眠っちゃったみたいで……。どうしちゃったんだろ……」
「いいんですよ」男は笑みを絶やさなかった。「おかげで寝顔をじっくり眺められましたし、服を脱がせて、その衣装に着せ替えることもできました」
「え?何を言って……」
服を脱がせた?
すももは一瞬、聞き間違いかと思った。
「どうしました?その衣装いいと思うんですけどねぇ。気に入らないのなら別のを用意しましょうか?」
「他のメンバーはどこ?スタッフさんはいないの?」
「そんな人達はここにはいませんよ」男性はゆっくりとすももに近付いててくる。「ここをスタジオか何かと勘違いしているようですが、ここは私の自宅なのですから」
男性の口元から伸びた長い牙が目に入った。
その瞬間、彼女の中の記憶が蘇った。
すももは何者かに攫われたのだった。
突然、飛び出してきた自動車。
その中から出てきた男に。
あの場には、ゆかりや点点、それに佳叶がいたはず……。
だが、今、すももは一人だった。
「近付かないで!」
「ひどいな……」男性は端正な顔立ちに憂いの表情を浮かべた。「そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。私は唯川尊臣と名乗っているヴァンパイアです。こう見えて百年以上生きてまして、世を忍ぶ仮の名前に過ぎませんが……」
「ここから出して」
「ここが気に入りませんでしたか?なかなか雰囲気があっていいと思うのですが……。東京にいるとは思えないでしょう?そうそう。どうですか?私のこの服装は……」唯川はマントをなびかせてその場で一回転した。「まるでドラキュラ伯爵のように見えませんか?」
今までのヴァンパイアと違い、唯川はいかにもヴァンパイアといった格好をしていた。
屋敷の内装と相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
「ですが……」と唯川は急に残念そうな顔をした。「この洋館とも今日でお別れです。いつまでもここにいたら、忍者達に居場所を悟られてしまいますからね……」
「ここから離れるってこと?」ここは都内らしいので、逃げ出すなら今がチャンスだ。「お願い、あたしを解放して。あたしはアイドルになるために上京してきたの。こんなことをするためじゃない」
「残念ですが、それは無理な相談です」
唯川は目にも留まらぬ足取りで、すももの目の前に現れる。
思わず後ずさりすると、窓際に追い詰められてしまった。
すももは抗議の意思を示すために彼から視線を逸らす。
言いなりになるつもりはなかった。
唯川は、そんなすももの顎にそっと触れて、話を続ける。
「あなたを連れてくるのに、どれだけ苦労したことか。そもそも、あなたは死んだことになっている。あなたが生きていることを知られるわけには、いかないのです」
「あたしが死んだってどういうこと?そういえば、さっき電話で何か話してたけど……。『梟』がどうとか……」
唯川は驚いたように、すももをまじまじと見つめた。
「聞いていたんですか……。あなたを殺すよう、依頼されていたのですよ。そう、『梟』にね。ですが、私にはそんな真似はできない。だから、彼には死んだとだけ伝えた」
唯川は無理やり、すももをこちらに向かせた。
すももは背の高い男を見上げながら睨む。
「怖いなぁ」唯川は苦笑した。「私はあなたのファンなのですよ。内野すももさん。初めて見た時からずっと……」
唯川の顔が徐々に近づいてくる。
彼からは微かに血の臭いがした。
香水でごまかしているつもりらしいが、隠しきれていない。
その時、窓の外から騒がしい男達の声が聞こえてきた。
銃声と思われる乾いた音が何発も鳴り響いていた。
「何です?騒々しい」
唯川は、すももの手を掴んだまま窓の外を眺めた。
すももは首だけ窓の方を向き、外の様子を確認する。
庭園内で男達が何者かと戦っていた。
遠くにいても分かる。
絆が助けに来てくれたんだ。
すももは思わず笑みを浮かべた。




