第四十七話 待ってられない
夜の街を二つの大きな影が宙を舞う。
一つは蓮井ゆかりと、彼女の鞄にすっぽり入った点点。
もう一つは石川佳叶をおぶった絆だった。
石川は怖いのか、絆の胸に腕を回してしがみついてくる。
とはいえ、速度を落としては遅れてしまうので、絆とゆかりはそのまま疾走を続けた。
三十分近く走り続けたところで、ゆかりは一旦速度を緩める。
「この辺りで間違いないですね?」
絆も彼女に合わせるように減速し、周囲に目を凝らした。
一行が訪れたのは、国立市にある閑静な住宅街。
石川佳叶の話が事実なら、ヴァンパイアのアジトがあるはずだが……。
「うん。間違いない」と石川は言った。「あそこ!あの建物だよ!」
彼女は腕を伸ばして、とある建物を指差した。
他の住宅から少し離れた場所に、その建物はあった。
林に隣接した西洋風の大きな屋敷である。
「分かった。一旦、様子を見よう」
絆は少し離れた林の中で石川を下ろした。
その近くでゆかりも足を休める。
二人ともさすがに息が上がっていた。
外はひんやりとしていたものの、額には汗を浮かべている。
「ふう、やれやれ……」と点点もゆかりの鞄から外に出て来た。
三人と一匹は木の茂みに隠れ、洋館の様子を窺った。
絆達がいる場所は、斜面になっているので全体を見渡すことができる。
「おー何だか……物騒なのが、たくさんいるな」と絆はぼやいた。
この距離だと人間かヴァンパイアか識別は難しいが、屋敷の周辺には警備員がうろうろしている。
やはり他の住宅とは明らかに様子が異なっている。
「どうするの?」と石川佳叶は絆に視線を向ける。
「援軍が来ることになってる。だから、今はとりあえず待機。俺達は上司の指示に従う。何かあれば、電話をくれと言われてるけどな……」
「そう」と彼女は理解を示した。
「ごめんなさい石川さん」とゆかりは謝った。「すぐにでも助けに行きたいのですが……」
「別に……」と彼女は戸惑った表情を浮かべる。「蓮井さんが謝ることじゃ……。その……唯川って奴には気を付けて。あの男は仲間のヴァンパイアからも怖がられていた……」
「唯川か……」と絆は考えるように言った。「山岡よりも厄介そうだ……。中隊長の話では、『梟』とも繋がりがあるとか……」
「そのようですね」ゆかりは曖昧に頷く。「唯川は百年以上も生きるヴァンパイアで、過去に〈中忍〉を殺めたことがあるようです。私達では対処できないかも……」
「ああ、分かってるよ。だから、こうして応援を待って……ん?何だ?」絆は身を乗り出して、屋敷の様子を窺う。「何だか……急に騒がしくなってきたぞ。何かあったのか?」
屋敷から黒服の男達が大勢、出て来ると、トラックの荷台に荷物を積み上げ始めた。
「引越し?」と石川佳叶が首を傾げる。「でも、こんな時間に?」
わざわざ日が沈んでから準備を始めるのは、彼らがヴァンパイアだからだろうか。
「おそらく逃げるつもりなんだ」と絆は答える。「同じ場所に留まっていると、特定されてしまうからな。そろそろ潮時と見て、場所を移す気なんだろう」
「有島君」とゆかりは慌てた様子で言った。「このままでは応援が集まる前に、すももさんを連れ去られてしまいますよ」
「望……」と佳叶も不安げに弟の名前を口にする。
このまま悩んでいても、埒が明かない。悩んだ末に、絆は言った。
「……応援は待ってられない。俺はすももを助けに行く。もちろん、石川の弟も……」
「うむ。それなら儂も行く」
点点はやる気満々だったが、その言葉にゆかりは噛みつく。
「ち、ちょっと点点さん……あなたまで?もう……まさか二人して正面から乗り込む気ではないでしょうね?」
ゆかりの言い方には棘があったが、絆は気にしなかった。
「心配するな。すももと望君は必ず助けるが、深追いはしない。自分のできる範囲で、連中の出発を少しでも遅らせるつもりだ。不安なら、ゆかりは援軍の到着を待っていてくれ」
絆はそれだけ言うと、手袋を付け直し、自身の装備を確認し始めた。
手裏剣や苦無などの忍具のストックは充分にあるし、問題なさそうだった。
ゆかりはそんな絆の様子を見て、大きなため息をついた。
「分かりました。それなら私も行きます。そもそも、すももさんを攫われたのは私のミスですから。それに、あなたに借りを作るのは何だか嫌ですし……」
そこまで言って、ゆかりは地べたにどかっと座り、絆と同様に戦いの準備を始める。
忍具をいじる二人を唖然として見つめながら、石川は困惑した表情を浮かべている。
「あ、あのさ……みんなそろって行っちゃうなら、私はどうしたら?」
「とりあえず、石川はここで待機」と絆は短く答える。「援軍が来たら、その人達に事情を説明してくれないか?」
「うむ。今はその方がよいじゃろう」と点点は言った。「一人になってしまうが、お主は大丈夫かの?」
「え、ええ」と石川は頷く。「ヴァンパイアは私を味方だと思ってるはずだから……。あ、あの……みんな死なないでね」
心配そうな視線を向ける彼女に、絆とゆかりは顔を見合わせる。
ゆかりはふっと笑みを浮かべて、石川佳叶に大丈夫ですよと声を掛けた。
「私達はまだまだ新人ですが、こう見えて大きな修羅場をくぐり抜けてきましたから」
「まあ」絆は肩をすくめる。「俺が殉職しても、仲間の忍者が来るだろうから心配は……」
「あなたはどうして、そんな縁起の悪いことを言うんですか!?もう、準備は済みましたね?そろそろ行きますよ」
そう言って、ゆかりは腰を上げる。
今日、出会った時のまま、彼女はスーツ姿だったが、いつでも戦える準備は整っていた。
絆も装備の確認は終わった。すぐにでも出発できる。
「ああ、そうしよう」と短く答えた。
石川佳叶を残して、絆とゆかり・点点は、木の茂みから飛び出した。
暗闇に紛れて急襲を掛けるが、屋敷の住人達は夜の世界の住人である。
さすがに夜目が利くらしい。
絆達の姿はすぐに住人達に気付かれた。
騒然とする敷地内で、戦いの火蓋が切って落とされる。




