第四十五話 任せとけ
「くっ……放してよ」
石川佳叶が暴れた拍子に、彼女の掛けていた伊達眼鏡が、コンクリートの地面に落ちて割れてしまう。
絆とゆかりは、あっさりとヴァンパイアの集団を倒して、彼女を捕まえた。
忍者の脚力なら、一般人に追い付くなど容易い。
「さあ、説明してもらいますよ」
ゆかりの口調からは怒りがにじみ出ている。
現役アイドルにも容赦なく、苦無を突き付け、もう片方の手で石川の腕を捻り上げた。
同級生のあまりの豹変ぶりには、絆も笑うしかない。
絆は割れた眼鏡を拾い上げると、ためらいがちに口を開いた。
「ゆかり、ちょっと待ってくれ。いきなり呼び出されて、いまいち事情が分からないんだが……。一体何があったんだ?」
絆は点点の式神として、この場に召喚された。
すももはその場にはおらず、なぜか石川がヴァンパイアをけしかけて絆達を襲わせたのだ。
「すももさんが攫われたんです」
ゆかりは意を決して言った。
「一体、何で?ゆかりと点点がいて、何でそんなことに?」
「向こうを見よ有島絆」
動揺している彼女に代わり、点点が言った。
さっきから騒がしいと思っていたが、通りの向こうでは事故があったらしい。
自動車が街路樹とぶつかったらしく、警察が実況見分を行っている。
その周辺では黒山の人だかりができていて、カメラを手にしている人もいた。
「随分と大きな事故があったみたいだが?」と絆は首を傾げる。
「すももに車が突っ込んできたのじゃ」と点点が説明した。
「何?」
「儂とゆかりで何とか車からは守れた。じゃが、目を離した一瞬の隙に、すももは連れ去られてしまった。面目ない」
「そうだったのか……」絆はもう一度、事故現場に視線を向ける。「点点は悪くないよ。もちろん、ゆかりも。その状況じゃ、俺も彼女を守れたかどうか……」
遠目に見ても、かなり大きな事故だったと分かる。
ぞっとするものを感じながら、視線をすぐ近くにいた石川に移した。
「その車の運転手もグルか?」
「…………」石川は答えない。
「おそらく」と前置きをしてから点点は言った。「この娘は、予め車が来ることを知っておったのじゃろう」
絆は思わず、手に持っていた眼鏡のフレームに力を込めた。
「どうなんだ石川?異論があるなら何とか言えよ」
「…………」彼女はやはり答えない。
「否定しないんだな?すももは友達だったんだろ?ずっと彼女を騙してたのか?」
「…………」
石川は絆を見ず、ただ割れた眼鏡をじっと見つめている。
そういえばと点点は思い出したように言った。
「この前ヴァンパイアが現れた時も、石川佳叶と別れた直後じゃったな……。ヴァンパイアに合図でも送っていたのか……?」
「言われてみれば、そうだな……」
絆は前回の襲撃を思い返してみる。
事務所に寄ると言って別れた石川の手には、スマートフォンが握られていた。
あれは、点点の言う通り、仕事先の人ではなく、ヴァンパイア達と連絡を取っていたのかもしれない。
「まさか、こんな身近に『ヴァンパイア崇拝者』がいるとは……」
「違う」
やっと口を開いたかと思えば、何とも素っ気ない返事だ。
「何が違うんだ?」と絆は声を荒げた。「ヴァンパイアに協力していたんじゃないのか?」
「自分から協力したっていうの?私はさせられていたの。誰が好き好んで、すももを売るような真似……。すもものことは今でも友達だと思ってる」
石川は目に涙を浮かべていた。
クールな彼女らしくない。
彼女がプライベートで、よく眼鏡を掛けていたのは、本心を悟らせないようにするためだったのだろうか。
「それじゃあ何で?」と絆は質問を続けた。
「弟が……弟が奴らに捕まっていて……」
「弟?」
「私が協力しないと弟が殺される。すももには悪いと思ったけれど、仕方なかったの」
そこまで言って、彼女はダムが決壊したかのように泣き始めた。
涙と鼻水で濡れた顔は、現役アイドルだとは思えないくらい、ひどい有様だ。
「ゆかり、もういい」見ていられず、絆は言った。「彼女を放してやれ」
「え、ええ……」
ゆかりも同じ考えらしく、素直に絆の言うことに従った。
石川は、そのまま崩れるように地面に座り込んで泣き続ける。
とても逃亡ができるような状態ではない。
絆は膝を付いて、彼女に視線を合わせるように問いかける。
「俺達はすももを助けに行く。どこへ連れて行かれたか、心当たりはないか?」
「でも……」石川は涙を手で拭う。「弟はどうなるの?そんなことしたら、あいつらに殺されちゃうかもしれない」
「大丈夫」と絆は笑顔を見せる。「あんたの弟は必ず助けるよ。この通り、俺もゆかりも結構強いんだぞ。見てろよ、ほら……」
絆は手に持っていた彼女の眼鏡を一振りする。
その瞬間、絆は印を組まずに忍術を発動させた。
〈医する手の術〉である。
レンズに入ったひびは、元通りきれいになった。
「直っただろ?」
そう言って、絆は石川に眼鏡を返す。
「あ、ありがとう」
戸惑い気味に受け取った彼女は、ようやく泣き止んでくれた。
「それで、弟の名前は何ていうんだ?」
「望」
「望か。分かった。任せとけ」
絆は石川に頷いてみせると、ゆかりに視線を向けた。
彼女も絆と同じ気持ちらしく、頷き返してくれた。
「さてと……」そう言って、絆は立ち上がる。「石川、俺達に協力してくれないか?すももの居場所に心当たりは?」
「……ある」石川は鼻をすすると、短く答えた。「東京都の郊外に奴らのアジトがある。唯川って奴の家がそうよ」
「唯川?ヴァンパイアなのか?てっきり山岡って奴が、すももを攫ったのかと……」
「山岡のボスが、唯川っていうヴァンパイアなの。他にも仲間がたくさんいる。おそらく山岡は、すももを連れて戻ってるはずよ。唯川の待つ大っきな豪邸にね」
石川が大袈裟に言うので、絆は訊き返した。
「豪邸?そんなに大きいのか?」
「ええ。周りの家と比較しても、あいつの家だけ飛び抜けてたわ。まるでヨーロッパの貴族が住んでるお屋敷を、そのまま日本に持って帰ったみたいな……」
「実際に行ってみれば、すぐに分かりそうですね」ゆかりは顎に手を当てて頷く。「それで?そのヴァンパイアのアジトはどこに?」
「えっと……待って。確かスマホにメモが……」
すっかり落ち着いた石川は、メモが記された画面を表示させて見せてくれた。そこは国立市にある閑静な住宅街だった。
「……場所は分かった」と絆は言った。「どうする?俺達だけで乗り込むか?」
「いえ」ゆかりは首を横に振った。「それは危険でしょう。唯川という名なら私も聞いたことがあります。とりあえず、有島君は飛崎中隊長に連絡を……」
「そうだな」絆はファントム・フォンを取り出すが、操作するのは躊躇われた。「しかし、嫌だなー。護衛対象が連れ去られたなんて言ったら、護衛から外されるんじゃないか?」
仮にすももを連れ戻したとしても、絆が彼女の護衛を続けられる保証はない。
「ごめんなさい。私のせいで……」
石川は俯き加減に謝った。
「いや、別に……。石川のせいじゃ……」
さっきまで彼女を責めていたものの、彼女の悲しそうな顔を見ると、罪悪感のようなものを感じてしまう。
そんな絆を、点点がぴしゃりと戒めた。
「そのような心配は、すももを連れ戻してからにせい」
「そ、そうだな」
絆が頷くと、ゆかりは庇うように言った。
「今回の件は私が招いたことですよ有島君。処分を受けるのは私の方です。飛崎中隊長が何か言ってきたら、私が代わりに頭を下げます」
「ゆかり……」
反論しようと思ったのだが、このまま押し問答をしていても埒が明かない。
絆は今度こそファントム・フォンの電話帳を開く。
飛崎の名前を見つけると、通話アイコンにそっと触れた。
どうやら今夜は長い夜になりそうだ。




