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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第三章 悪夢
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第四十五話 任せとけ

「くっ……放してよ」


 石川佳叶(いしかわけいと)が暴れた拍子に、彼女の掛けていた伊達眼鏡(だてめがね)が、コンクリートの地面に落ちて割れてしまう。

 絆とゆかりは、あっさりとヴァンパイアの集団を倒して、彼女を捕まえた。

 忍者の脚力なら、一般人に追い付くなど容易(たやす)い。


「さあ、説明してもらいますよ」

 ゆかりの口調からは怒りがにじみ出ている。

 現役アイドルにも容赦なく、苦無(くない)を突き付け、もう片方の手で石川の腕を捻(ひね)り上げた。

 同級生のあまりの豹変ぶりには、絆も笑うしかない。


 絆は割れた眼鏡を拾い上げると、ためらいがちに口を開いた。

「ゆかり、ちょっと待ってくれ。いきなり呼び出されて、いまいち事情が分からないんだが……。一体何があったんだ?」

 絆は点点(てんてん)の式神(しきがみ)として、この場に召喚された。

 すももはその場にはおらず、なぜか石川がヴァンパイアをけしかけて絆達を襲わせたのだ。


「すももさんが攫われたんです」

 ゆかりは意を決して言った。

「一体、何で?ゆかりと点点がいて、何でそんなことに?」

「向こうを見よ有島絆」

 動揺している彼女に代わり、点点が言った。


 さっきから騒がしいと思っていたが、通りの向こうでは事故があったらしい。

 自動車が街路樹とぶつかったらしく、警察が実況見分(じっきょうけんぶん)を行っている。

 その周辺では黒山の人だかりができていて、カメラを手にしている人もいた。


「随分と大きな事故があったみたいだが?」と絆は首を傾げる。

「すももに車が突っ込んできたのじゃ」と点点が説明した。

「何?」

「儂とゆかりで何とか車からは守れた。じゃが、目を離した一瞬の隙に、すももは連れ去られてしまった。面目ない」


「そうだったのか……」絆はもう一度、事故現場に視線を向ける。「点点は悪くないよ。もちろん、ゆかりも。その状況じゃ、俺も彼女を守れたかどうか……」

 遠目に見ても、かなり大きな事故だったと分かる。

 ぞっとするものを感じながら、視線をすぐ近くにいた石川に移した。

「その車の運転手もグルか?」

「…………」石川は答えない。


「おそらく」と前置きをしてから点点は言った。「この娘は、予め車が来ることを知っておったのじゃろう」

 絆は思わず、手に持っていた眼鏡のフレームに力を込めた。

「どうなんだ石川?異論があるなら何とか言えよ」

「…………」彼女はやはり答えない。

「否定しないんだな?すももは友達だったんだろ?ずっと彼女を騙してたのか?」

「…………」

 石川は絆を見ず、ただ割れた眼鏡をじっと見つめている。


 そういえばと点点は思い出したように言った。

「この前ヴァンパイアが現れた時も、石川佳叶と別れた直後じゃったな……。ヴァンパイアに合図でも送っていたのか……?」

「言われてみれば、そうだな……」


 絆は前回の襲撃を思い返してみる。

 事務所に寄ると言って別れた石川の手には、スマートフォンが握られていた。

 あれは、点点の言う通り、仕事先の人ではなく、ヴァンパイア達と連絡を取っていたのかもしれない。


「まさか、こんな身近に『ヴァンパイア崇拝者』がいるとは……」

「違う」

 やっと口を開いたかと思えば、何とも素っ気ない返事だ。

「何が違うんだ?」と絆は声を荒げた。「ヴァンパイアに協力していたんじゃないのか?」

「自分から協力したっていうの?私はさせられていたの。誰が好き好んで、すももを売るような真似……。すもものことは今でも友達だと思ってる」


 石川は目に涙を浮かべていた。

 クールな彼女らしくない。

 彼女がプライベートで、よく眼鏡を掛けていたのは、本心を悟らせないようにするためだったのだろうか。


「それじゃあ何で?」と絆は質問を続けた。

「弟が……弟が奴らに捕まっていて……」

「弟?」

「私が協力しないと弟が殺される。すももには悪いと思ったけれど、仕方なかったの」

 そこまで言って、彼女はダムが決壊したかのように泣き始めた。

 涙と鼻水で濡れた顔は、現役アイドルだとは思えないくらい、ひどい有様だ。


「ゆかり、もういい」見ていられず、絆は言った。「彼女を放してやれ」

「え、ええ……」

 ゆかりも同じ考えらしく、素直に絆の言うことに従った。


 石川は、そのまま崩れるように地面に座り込んで泣き続ける。

 とても逃亡ができるような状態ではない。

 絆は膝を付いて、彼女に視線を合わせるように問いかける。

「俺達はすももを助けに行く。どこへ連れて行かれたか、心当たりはないか?」


「でも……」石川は涙を手で拭う。「弟はどうなるの?そんなことしたら、あいつらに殺されちゃうかもしれない」

「大丈夫」と絆は笑顔を見せる。「あんたの弟は必ず助けるよ。この通り、俺もゆかりも結構強いんだぞ。見てろよ、ほら……」


 絆は手に持っていた彼女の眼鏡を一振りする。

 その瞬間、絆は印を組まずに忍術を発動させた。

 〈医(い)する手の術〉である。

 レンズに入ったひびは、元通りきれいになった。


「直っただろ?」

 そう言って、絆は石川に眼鏡を返す。

「あ、ありがとう」

 戸惑い気味に受け取った彼女は、ようやく泣き止んでくれた。


「それで、弟の名前は何ていうんだ?」

「望(のぞむ)」

「望か。分かった。任せとけ」

 絆は石川に頷いてみせると、ゆかりに視線を向けた。

 彼女も絆と同じ気持ちらしく、頷き返してくれた。


「さてと……」そう言って、絆は立ち上がる。「石川、俺達に協力してくれないか?すももの居場所に心当たりは?」

「……ある」石川は鼻をすすると、短く答えた。「東京都の郊外に奴らのアジトがある。唯川(ゆいかわ)って奴の家がそうよ」


「唯川?ヴァンパイアなのか?てっきり山岡って奴が、すももを攫ったのかと……」

「山岡のボスが、唯川っていうヴァンパイアなの。他にも仲間がたくさんいる。おそらく山岡は、すももを連れて戻ってるはずよ。唯川の待つ大っきな豪邸にね」

 石川が大袈裟に言うので、絆は訊き返した。

「豪邸?そんなに大きいのか?」

「ええ。周りの家と比較しても、あいつの家だけ飛び抜けてたわ。まるでヨーロッパの貴族が住んでるお屋敷を、そのまま日本に持って帰ったみたいな……」


「実際に行ってみれば、すぐに分かりそうですね」ゆかりは顎に手を当てて頷く。「それで?そのヴァンパイアのアジトはどこに?」

「えっと……待って。確かスマホにメモが……」

 すっかり落ち着いた石川は、メモが記された画面を表示させて見せてくれた。そこは国立(くにたち)市にある閑静な住宅街だった。


「……場所は分かった」と絆は言った。「どうする?俺達だけで乗り込むか?」

「いえ」ゆかりは首を横に振った。「それは危険でしょう。唯川という名なら私も聞いたことがあります。とりあえず、有島君は飛崎(とびさき)中隊長に連絡を……」

「そうだな」絆はファントム・フォンを取り出すが、操作するのは躊躇(ためら)われた。「しかし、嫌だなー。護衛対象が連れ去られたなんて言ったら、護衛から外されるんじゃないか?」

 仮にすももを連れ戻したとしても、絆が彼女の護衛を続けられる保証はない。


「ごめんなさい。私のせいで……」

 石川は俯き加減に謝った。

「いや、別に……。石川のせいじゃ……」

 さっきまで彼女を責めていたものの、彼女の悲しそうな顔を見ると、罪悪感のようなものを感じてしまう。

 そんな絆を、点点がぴしゃりと戒めた。

「そのような心配は、すももを連れ戻してからにせい」


「そ、そうだな」

 絆が頷くと、ゆかりは庇うように言った。

「今回の件は私が招いたことですよ有島君。処分を受けるのは私の方です。飛崎中隊長が何か言ってきたら、私が代わりに頭を下げます」

「ゆかり……」


 反論しようと思ったのだが、このまま押し問答をしていても埒が明かない。

 絆は今度こそファントム・フォンの電話帳を開く。

 飛崎の名前を見つけると、通話アイコンにそっと触れた。

 どうやら今夜は長い夜になりそうだ。

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