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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第三章 悪夢
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第四十三話 ごめんね

 今日の佳叶(けいと)は元気そうで、すももは、ほっとした。

 この間のレッスンでは体調不良を訴えていたからだ。


 プレゼントに悩んでいると相談すると、佳叶はネクタイなんてどうかなと助言してくれた。

 確かに、絆(ばん)はいつも同じネクタイをしていたので、いいかもしれない。

 ゆかりも賛同してくれたので、三人でデパートの紳士服売り場に行く。


 すももとゆかりは、デパートの店員が選んでくれたものの中から、一つ選んで購入した。

 佳叶もいいと思うよと褒めてくれる。

 お金はすももとゆかりで折半することにして、店を後にした。


 絆は喜んでくれるだろうか。

 すももはプレゼントを大事に鞄にしまった。

 プレゼントは誕生日当日、すももから絆に渡すことになりそうだ。

 当日、ゆかりは絆と会えるか分からないとのことだったので、彼女に託されたのだった。


 デパートから最寄り駅へ向かう途中、佳叶は落ち着かない様子だった。

 寒いのか、しきりに腕を擦っている。

 まだ本調子ではないのだろうか。


 すももは気になって彼女に言った。

「佳叶、今日はありがとう。体調大丈夫?ちょっと冷えてきたかな……」

 日が沈み、気温も少し下がってきたかもしれない。

「ううん」と佳叶は首を振る。「何でもないよ。今日は朝から撮影で疲れちゃっただけ」


 ゆかりは特に気にした様子もなく、大変ですねと相槌を打っていた。

 基本的に佳叶は、すもものように元気なタイプではないが、彼女はやっぱり少しおかしかった。

 一年以上、同じグループで過ごしてきたから分かる。

 佳叶は何かで悩んでいる。それが仕事のことなのか、私的なことなのか、すももには分からなかったけれど……。


「佳叶!」

 すももは黙っていられずに友人の名前を呼んだ。

「すももさん?」

 何の事情も知らないゆかりが首を傾げている。


 名前を呼ばれても、佳叶はすぐには気付かなかったが、ハッとして彼女は振り返った。

「どうしたの二人とも?急に立ち止まったりして……」

 駅前ということもあり、人通りが多かった。

 三人を避けるように、通行人は通り過ぎていく。

 歩道のすぐ横では、車道を通る自動車のヘッドライトが点灯し始めていた。


「佳叶、本当に大丈夫なの?」

 すももは意を決して言った。

「何が?」

 佳叶は掛けていた伊達眼鏡(だてめがね)を指で押し上げる。


「こんなところで言うことじゃないかもしれないけど、相談なら乗るよ」

「すもも」ふっと佳叶は笑った。「本当、こんなところで言うことじゃないよ。蓮井(はすい)さんも困ってるじゃない」

「あっ……いえ、私は別に……」

 ゆかりは気まずそうに立ち尽くしていた。


 すももだって、そんなことは分かっている。

 分かっているが、放ってはおけないから、言うのだ。


 その時ふと、すももの頭に、つい先日の光景が蘇る。

 佳叶のスマホに保存されていた一枚の写真。

 更衣室でたまたま見てしまったその写真には、ハンサムな男の子の姿があった。

 彼女の弟だ。

 名前は忘れてしまったけれど、佳叶は彼と仲がよかった。


 何で今そんなことを?

 すももにも理由は分からない。

 だが、訊かずにはいられなかった。

「佳叶……最近、いつ弟と会った?」


 唐突なすももの発言に、彼女はぽかんと口を開けて目を見開いた。

「いきなり……どうしたの?」

 何かを言いたげな様子だったが、結局は口を閉ざして、佳叶は一言だけ言葉を返した。

「すもも……ごめんね」


 その直後、視界が眩(まばゆ)い光で覆われた。

 一瞬、すももには何が起こったか分からなかった。


「いかん!」


 鞄の中にいた点点の声が聞こえて、すももは正気に戻る。

 目の前に飛び出してきたのは一台の乗用車だ。

 車が歩道に乗り上げて、速度を落とさずに突っ込んできている。


 すももは突然のことに動けなかったが、起こった出来事ははっきりと認識することができた。

 まるでスローモーション映像のように。

 真っ先に動いたのは点点だった。

 鞄から飛び出した狐は、すももの服に噛みついて、力任せに横に押し倒す。


 その近くでは、ゆかりが手の指を高速で動かしている。

 忍術を使用する際にやるハンドサインのようなものだ。

 両手を組み合わせ、親指を立てて合わせた不思議なポーズのまま、ゆかりは術名を口にする。


「〈木従(もくじゅう)の術〉!」


 地面に倒れたすももは、半身を起こした状態で、世にも不思議な光景を目にする。

 歩道脇に植えられていた街路樹が、突然動き出したのだ。

 鞭のようにしなり、突っ込んできた自動車を払うかのように、木の幹が体当たりする。

 駅前は突然のことに騒然となった。

 ものすごい轟音が響き、周囲にいた通行人が驚いて足を止める。


 すももは荒い呼吸を繰り返しながら、その光景を見つめていた。

 どうやら自分は九死に一生を得たらしい。

 意外と冷静な自分に驚きつつ、状況を確認する。


 歩道に乗り上げてきた乗用車は、街路樹にぶつかった状態で停止している。

 その衝撃で車の正面は大破し、木の幹は折れ曲がっていた。

 事故後の様子だけ観察すると、あたかも車が街路樹に衝突したかに見える。

 でも実際は、不思議な力で動き出した木の幹から、自動車にぶつかっていた。


(みんなは?)


 すももは転んだ時に、腕や腰を痛めてしまったものの、大したことはなかった。

 幸い巻き込まれた通行人はいない。

 車を運転していた人はどうだろう。

 すももは運転席に視線を向ける。


 すると、そこはもぬけの殻だった。

 ひびが入ったフロントガラスの向こう側には運転手の姿は見えない。

 扉は開いた状態で、いつの間にか外に出ていたらしい。

 

 その時、すももの背後から気配を感じた。

 ゆかりか佳叶とだろうと思って振り返ろうとしたら、伸びてきた手に口元を押さえられる。

 その大きな手にはハンカチが握られていて、布地からは薬品の臭いがした。


「……あれ?」


 その臭いを嗅いだ途端、すももは強烈な眠気に襲われて、そのまま瞳を閉じてしまった。

 誰かに担がれるような感覚がしたものの、身体に力が入らずに、何もできなかった。

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