第四十話 ばったり
ヘルシングの新曲『最後のワンフレーズ』の発売が近付いてきて、メンバー達は気合いが入っていた。
すももは休みの日でも歌の練習を欠かさなかったくらいだ。
デモ音源の入ったMP3ファイルを繰り返し聞いて、口ずさんでいる。
おかげで、絆も歌詞を完全に覚えてしまった。
そして、今日はいよいよ新曲の収録に臨む。
絆はすももを連れて、都内にあるレコーディングスタジオにやって来た。
ヘルシングは選抜メンバーだけでも二十人以上いるので、一曲収録するだけでも、なかなか時間がかかる。
メンバーを分散し、日を分けて収録したものを、後で全員で歌っているようにするのだとか。
すももは個室に籠り、プロデューサーの指示に従いながら、マイク前で歌わされていた。
彼女は完ぺきに歌い上げているように聞こえたのだが、そのプロデューサーは何度もやり直しを指示している。
音楽の知識が全くない自分には分からない世界である。
すももはプロデューサーの小言にめげることなく、長時間に及ぶレコーディングを無事に終えることができた。
帰る際には笑顔を見せて、スタジオを後にする。
絆はそんな彼女に感心しつつ、玄関を出たところで声を掛けた。
「すももは最近、頑張ってるよな」
「何、急に?」と彼女は困ったように言った。「別に普通だよ。それに絆君だって、一生懸命やってくれてるじゃない?もちろん、ここにはいないけど小助君もね?」
式神の狸は、東京には来ているものの、訳あってここにはいない。
すると、小助の名を聞いた点点が、自分も忘れるなとばかりに顔を出す。
「儂は?」
「もう本当、やきもち妬きだよね点点は。小助君にすぐ対抗心を出すんだから」
老人のような話し方をする割に、子供のような奴である。
絆が苦笑を浮かべていると、唐突に通行人から声を掛けられた。
「やっぱり有島君にすももさん、それに点点さんも。こんにちは」
「……ゆかりか?」
彼女は足音を立てずに歩く癖があり、接近に気付きにくい。
絆は焦って、点点をすももの鞄の中に押し込もうとしたが、手を離して引っ込めた。
「まったく、お主は……。儂はこれでも神の使いじゃぞ」
「悪かった」と絆は点点に謝る。
「こんにちは」すももは笑顔でゆかりに応じた。「ゆかりさんもお仕事の帰りですか?」
「すももさん達も?奇遇ですね。今日はお昼で上がりなんです」
「それならお昼、食べに行きません?」すももはゆかりを誘った。「レコーディングが終わって、お腹空いちゃいました」
「レコーディング?大変ですねー。ぜひぜひ」
とゆかりは頷くが、絆は考えるように頭を擦った。
「俺、どうしようかな……」
「どうかしたんですか?有島君も一緒に行きましょうよ」
「いや、実は……小助を事務所に置いてきちゃって……。俺達だけ食事に行くのは……」
「置いてきた?」とゆかりは眉をひそめる。
「うん。俺に変化してもらって、事務仕事を代わりにやってもらってるんだ。そうすれば、すももの傍にいてやれるし……」
「呆れた……。彼は元々、山で暮らす妖怪ですよ。あまり無理をさせるのは感心しません」
「分かってるよ」と絆は言い返した。「それじゃあ、そういうわけだから、俺は事務所に戻るわ。食事は二人と点点で行って来てくれ。それでさ、すももの護衛なんだけど……」
絆が言いにくそうに言うと、ゆかりは快く応じてくれた。
「ええ。構いませんよ。前にも言いましたけど、私と有島君は同じ班ですから。すももさんの護衛任務を支援する義務があるのです。困った時は同じ班の私を頼ってください」
「そっか。でも、悪いな……。ゆかりも最近忙しそうなのに……」
「ちゃんと休んでますから、今日一日くらい大丈夫ですよ」
「ゆかりさんが、護衛をしてくれるなら安心だね」
すももは、この提案に好意的らしい。
「それ、どういう意味だよ?」
彼女の言葉に、絆はムッとする。
「別に変な意味はないけど……。男の子がいると、遠慮しちゃうこともあるじゃない?」
遠慮しちゃうこと?
絆は首を傾げたが、あまり追及はしなかった。
そのやり取りを見守っていた点点は、やや不機嫌そうにそっぽを向く。
「儂も男の子なんじゃけどな」
「ああ、ごめんごめん。忘れてた」
すももは鞄の中にいる狐を撫でつける。
ゆかりはその様子を苦笑を浮かべながら眺めていたが、思い立ったように言った。
「それじゃあ、すももさん、点点さん、そろそろ参りましょう」
天巫女と神の使いはそれぞれ頷く。
絆は同期の彼女に視線を向けると言った。
「うん。頼んだぞ、ゆかり」




