第三十八話 ヴァンパイアの正体
「事務所?忍者の?」
すももは、いつもより早く迎えに来た絆にそう訊ねる。
昨日、『しおじゅん』のライブに一緒に行ったというのに、そんなことは一言も聞いていない。
「もう。もっと早く言ってくれたら、よかったのに……」
「ごめんごめん。言うの忘れてた。本当は俺一人で行ってもいいんだけど、すももと離れるのは心配だし……。同じ隊の人にも、天巫女様を紹介したいしさ」
絆が大げさな言い方をするので、すももは止めてよと嫌がった。
「う~ん……正直なところ全然、巫女になった気がしないんだよね。今だに巫女装束すら着たことないし……。一応、点点からいろいろ教えてもらってはいるんだけど……」
すももはそう言いながら、すぐ近くにいる点点に視線を向ける。
「大丈夫じゃ。直に里に行く機会も来よう。その時は、里の者に着付けてもらおう」
というわけで、すももは都内にあるという忍者の事務所に、初めて訪れることになったのだが、その事務所がこんな身近な場所とは思いもしなかった。
自宅の近くにあるとは聞いていたが、ここは、すももの所属する秋場プロの事務所が入居するビルではないか。
「俺も初めはびっくりしたけど」と絆は言った。「秋場プロの上の階が義賀が借りてる事務所なんだ」
「でも、上の階は使われてないみたいだったよ。いつ行っても、もぬけの殻だし……。気味が悪いから、秋場社長も近付くなって……」
すももが行くと、ビルの三階にあるオフィスの扉には、いつも〈CLOSED〉の表札が掛けられていた。
絆は肩をすくめる。
「まあ、任務で忙しくて、忍者は事務所には、ほとんど来ないからな。俺も顔を出すのは久しぶりだ。それじゃあ、行くぞ」
そう言うと、絆はスタスタと雑居ビルの中に入ってしまった。
すももは慌てて彼の後を追いかける。
***
「いや~新しい天巫女様~。お会いできてうれしいです~。わたくし、〈中忍〉の江隅と申します~。ようこそ十三中隊へ~」
事務所にいたくノ一の江隅から、思わぬ歓待を受け、すももは戸惑ってしまった。
それだけ、義賀の里にとって、天巫女の存在が大きいということだろうか。
「そんなに喜んでいただけるなんて……」とすももは、はにかんだ笑みを浮かべる。
「当然ですよ~」と江隅はうんうんと頷いた。「天巫女様がおられなければ、義賀は成り立ちませんから。もちろん、点点もね。久しぶりじゃない?元気にしてた?」
江隅は点点と顔見知りだったらしい。
彼を見つけるなり、旧友と再会したかのような口ぶりになる。
絆やゆかりも、そうだったように。
点点は歴代の天巫女に長年仕えてきたと言っていた。
すももは前任者のことは知らないけれど、巫女が新しく変わっても、点点はずっと変わらない。
それが一種の安心感を忍者達に与えているらしかった。
「儂は心配せずとも元気じゃよ」と点点は尻尾を振ってみせる。「それにしても、お主らは老けたな」
「はっはっは。相変わらずだな点点は……」
そう言ったのは、絆の上司のダンディーなおじ様だった。
強面だったが、点点の毒舌を笑って流せるくらい心が広い人物のようだ。
「飛崎が中隊長とは……時が流れるのは早いのう」
点点は、しみじみとして言った。
すももは、そんな彼らのやり取りを聞いて、ほっこりした。
秋場から近付いてはいけないと言われていたビルの三階だが、いざ中に入ってみると、案外うちの事務所と変わらない普通の場所だった。
机やPCが並べられたありふれたオフィスだが、この場にいる人間は、すももを除いで忍者だった。
「ああ。時代は常に移り変わっていくものらしい」飛崎は両手を組み合わせたまま言った。「新たな天巫女様が現役アイドルとはな……。確か、天巫女様が所属されているのは、『ヒールシング』とかいうグループでしたかな?」
「ヘルシングです」
すももは苦笑して飛崎の視線を受け止める。
「おっと……失礼」と飛崎は慌てて謝罪する。
「お主はやはり年を取ったようじゃのう」と点点は嫌味を言った。
「すみませんね天巫女様」と江隅が続く。「中隊長は最近の流行に疎くて……」
「いえいえ……」とすももは謙遜した。「綴りが読みにくいから、よく間違われるんです。それに、『様』は止めてください。忍者のことは何も分からない素人なんで……」
「それなら、すももちゃんでもいいかしら?」
江隅は人懐っこい笑顔を見せる。
「ええ、ぜひぜひ」とすももはにっこり笑う。「もちろん、中隊長さんも……」
間違いを指摘されて、恥ずかしそうにしていた飛崎も、笑顔を見せる。
「う、うむ。そうか……。では私もそう呼ぶとしよう……」
絆も口元に笑みを浮かべるが、やるべきことを思い出したように表情を引き締めた。
「それで中隊長?例の件について……何か分かりましたか?」
「ああ……すももちゃんを襲ったヴァンパイアのことか……」
飛崎も真顔になり、パソコンを操作し始める。
デスクにあった複写機が稼働を始め、中から一枚のプリントが出てきた。
そのA4用紙を、飛崎は絆に渡す。
「君が言っていた山岡というヴァンパイアは、この写真の人物だろう?」
絆が持っていた紙をすももは覗き見る。
点点もどれどれと顔を近付ける。
そこに写っていたのは、見覚えのあるスキンヘッドの男だった。
「ええ、間違いありません」と絆は答える。「でも、写真なんてよく手に入りましたね。ヴァンパイアは写真に写らないはずでしょう?」
「ああ」と飛崎は頷く。「普通のカメラにはな。だが、対ヴァンパイア用の特殊なカメラを使用すれば不可能ではない。その写真は数日前に撮られたものだ。どうやら、この近辺を出入りしているらしい。気を付けろよ」
「……はい」
絆はどことなく顔色が悪かった。
「君の報告を受けて、こちらもいろいろと調べはしたんだが、奴に関しては情報が少ない。どうやらヴァンパイアになって間もないらしくてな……。すまない。何か分かったら、また改めて連絡しよう」
絆は納得したように頷く。
だが、すももには気に掛かることがあった。
「ちょっと待って。ヴァンパイアって生まれた時から、ヴァンパイアなんじゃないの?」
「え?」と飛崎は驚いたように瞬きした。
「ヴァンパイアになって間もないってどういうこと?山岡って人は、どう見ても若くは見えなかったよ」
すももが絆に視線を向けると、彼は意外そうな表情を浮かべる。
「言ってなかったっけ?ヴァンパイアは元々は人間なんだよ」
「ええっ!そうなの?」
すももはこの場にいた全員の顔を順番に眺める。
反応を見る限り、知らなかったのは、すももだけらしい。
「あたし、てっきり……」
すももはショックを受けて言葉を失う。
あまり深く考えなかったけど、絆はすももを助けるために、ヴァンパイアを二体殺している。
言い換えれば、それは元人間を二人殺めたということだ。
「すもも」と点点がじっと視線を向けてくる。「一度ヴァンパイアになった人間を元に戻す方法はない。有島絆はお主を助けるために戦ったまでじゃ」
「うん、分かってる」すももは頷いて笑顔を見せた。「ちょっと驚いちゃって。忍者の皆さんのことは信用してるんで、気にしないでください」
すももの言葉に、忍者の三人は、ほっとしたように頷く。
自分の一言で、驚かせてしまったことに、申し訳なく思う。
それと同時に、天巫女様とちやほやされて、浮かれていてはいけないなと思った。




