第三十五話 対照的な二人
小助の尻尾問題だが、一度トイレに連れて行って、変身を解き、もう一度、変身させることで解決した。
元の小さな男の子の姿になり、一件落着だ。
潮巡のライブの帰り道、両手に紙袋を抱えた絆は悩ましげに言った。
「何だか悪いな。こんなにお菓子とかもらっちゃって……。小助のおかげかな?」
紙袋の中には、潮巡が食べきれないと言って渡してくれたお菓子が詰まっている。
「拙者は何もしてないでござる」
男の子に化けた小助は、すももと佳叶に手を繋がれてふらふらと歩いていた。
何となく眠そうな表情を浮かべながら。
やはり変身した状態を維持するのは体力を消耗するらしい。
「どう?」とすももは絆に笑い掛けた。「巡さん、いい人だったでしょ?」
「ああ、そうだな。意外って言うか……。すももが尊敬してるのが分かった気がする……。今度何かお礼しなきゃな。あっ……そう言えば、一つ訊きそびれたなー」
絆は未練がましく言った。
「何を?」
「ライブの途中で目が合った気がして……。本人に直接確認すればよかった」
何の他意もなく言ったつもりだったのだが、すももと石川は顔を見合わせて吹き出した。
そのまま道で立ち止まって、ゲラゲラと笑う。
「二人して何笑ってるんだよ!」
絆は顔が赤くなるのが分かった。
「ごめんごめん」すももは両手を合わせる仕草をする。「意外と純粋だなと思って……」
「うん」と石川も笑いすぎて出た涙を拭く。「多分、会場にいるファンの中にも同じこと思っている人たくさんいると思う……。巡さんのファンを落とすテクニックなんですよ」
「あっ……そういうこと……」と絆は肩を落とす。「俺の勘違いってわけね……」
要は、潮巡はステージに上がっている間、思わせぶりな視線を送り続けていたのだ。
観客席にいる全てのファンに向けて。
「やっぱりすごいな彼女……」と絆はため息を吐く。「すももじゃ、真似できないよな」
「そんなことないもん!あたしだって……」
どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
すももは小助から手を離し、ぷいと顔を背けてしまった。
「絆君を笑ったのは悪かったよ。でも、そんな言い方することないじゃない?あたしだって総選挙でいつか……」
「いつか?」
背を向けた彼女に問いかけると、すももはくるりと、こちらを振り返った。
「いつか……いつか総選挙で一位になる!それがあたしの夢」
同期の石川は一瞬だけ戸惑ったような表情をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「おー大きく出たね、すもも」
「佳叶も一緒に頑張ろうよ。二人でやればできる!」
「……うん。頑張ろう」
なぜか彼女の横顔は、少しだけ悲しそうな感じがした。
多分、すももと競合することに、後ろめたさを感じているのだ。
一人でそう納得すると、絆はおもむろに口を開いた。
「ふ~ん……そっか。二人はいろいろと考えているんだな……」
「絆君にだって将来の夢や目標くらいあるでしょ?」
機嫌を取り戻したのか、すももは笑いながら言った。
「俺はないよ。別に……」
口から出た言葉が冷たい感じになってしまい、少し後悔する。
「え?」と石川佳叶は怪訝な表情を浮かべた。
「絆殿?」
眠そうにしていた小助も、戸惑い気味に絆の方を見る。
「……ごめん。何でもない。二人とも頑張れよ。俺もマネージャーとして応援するからさ」
絆の言葉はどこか空虚な響きを孕んでいた。
目標を持って努力している彼女達の前で、絆はひどく惨めな気持ちになっていた。
自分には何もないからだ。
なりたい自分の姿が想像できず、淡々とした日常を送っている自分。
それがひどく愚かなことに思えた。




