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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第二章 夢
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第三十四話 フレンチネイル

 照明が落とされた薄暗い観客席の中で、色とりどりのサイリウムの光が揺らめいていた。

 流れてくる曲に合わせて、集まったファンが手に持ったサイリウムを動かしている。

 小さな劇場が、一人の女性の存在で一体となる。


 その中心にいるのが、この公演の主役である潮巡(うしおじゅん)というアイドルだった。

 ステージの上で、ポニーテールにした長い髪を揺らす彼女がその人だ。

 均整の取れた長い手足を使って、華麗にダンスを踊っている。

 ヘルシングの総選挙で三年連続一位に輝いたのも頷ける美貌の持ち主だが、年齢は二十歳(はたち)とまだ若かった。


 その時、観客達が持っていたサイリウムを一斉に赤色に切り替えた。

 次の曲に移り変わり、情熱的でどこか儚げなメロディが流れてくる。

 妙にこの会場に馴染んでいる小助(こすけ)は、絆(ばん)が色を変えるまでもなく、サイリウムを赤色にしていた。


 横に視線を向ければ、点点(てんてん)もすももと一緒にサイリウムを振っている。

 石川(いしかわ)や他の観客にバレないか心配したが、会場の視線は潮巡に注がれているので大丈夫そうだ。

 絆も視線をステージの上に戻し、透き通った彼女の歌声に耳を傾けた。


 フレンチネイル


 ねえ 赤い爪がセクシーって言ったの覚えてる?

 喜んでくれると思って 初めて行ったネイルサロン

 グラスを持つ指先は まるで自分の手じゃないみたいだった

 赤色の斜めフレンチネイル 気付いてくれるかな?


 くしゃっと笑った君の まっすぐな視線は あたしの手元

 きっと褒めてくれると思ったのに 

 グラスの底の氷 人差し指でぐるぐるかき回した


 わざわざ二人で会うってことは つまりはそういうことなの?

 期待してたのに 妹みたいって一言が頭から離れない

 もう ドリンクはセルフサービスね!


 気持ちを確かめたくって 彼の手を握ってみた

 やっぱり気付いてくれない 真っ赤なフレンチネイル

 泣いたらだめだって 分かっているのに

 顔を上げたら 笑顔でなくちゃ

 きっと きっとね


 歌い終わった潮巡は、歌詞に感情移入しているのか、感極まった表情で笑顔を見せる。

 その時、ふいに絆の視線と彼女の視線が合わさった気がした。

 いや、まさかな……。


 ***


 潮巡が自身の持ち歌やヘルシングの曲を歌い上げ、最後の曲が終わると、観客席から割れんばかりの「しおじゅん」コールが起きた。

 ファンに惜しまれながら、彼女は舞台袖に姿を消す。

 会場の照明が明るくなり、場内アナウンスが流れる中、観客達が席を立ち始める。 

 彼女のライブは大成功と言えるだろう。


 そんな中、絆達はライブ終了後、関係者ということで劇場の控室に案内された。

 華やかな舞台とは異なり、小道具などが置かれたままになっている室内で、潮巡は待っていてくれた。

 舞台袖に消えた時の衣装のまま。

 彼女の指先は、彼女の代表曲と同じように真っ赤なマニキュアが塗られていた。


「来てくれたのね、すも子ちゃん、ケイちゃん……。Tシャツありがとう」

 潮巡は後輩達のライブTシャツに気付いて笑顔になった。

 すももと佳叶(けいと)も笑顔を返して会釈する。

 憧れの先輩を前にして、二人は少し緊張気味だった。


「それから、えっと……」

 潮巡の視線が、アイドル二人の横にいた絆へと移った。

 間近で見る潮巡は本当にきれいな人だった。

 肩や胸元を大胆に露出した衣装のため、目のやり場に困る。


「秋場(あきば)プロダクションの新人マネージャー有島絆(ありしまばん)です。今月から内野(うちの)すももの担当になりました。今後ともよろしくお願いします」

 絆はどぎまぎとしながら簡単な自己紹介をする。

「まあ、秋場プロの……。シールエンターテイメントの潮巡です。私の方こそよろしくお願いしますね有島さん」


 すると、タイミングを見計らっていたように、彼女の斜め後ろに控えていた女性が一歩前に出る。

 その女性の手には、名刺が握られている。

「担当マネージャーの水野藍子(みずのあいこ)です。今後とも弊社の巡をご贔屓(ひいき)に……」

「あ、えっと……」絆は慌てて名刺を取り出して彼女に渡した。「こちらこそ……。わざわざご丁寧に。すみません。不慣れなものですから……」

「いえいえ、構いませんよ。秋場プロさんとは長いお付き合いですから。それに有島さんはまだまだお若いようですし……」


 苦笑を浮かべる水野に、絆は愛想笑いを浮かべるのが精いっぱいだった。

 さすが売れっ子アイドルのマネージャーだけあって、仕事のできそうな雰囲気が漂っている。

 潮巡の美貌に見とれている場合ではない。


「それから……可愛いお客さんね」

 潮巡は小助に微笑んで、その場にしゃがんだ。

「有島小助でござる」と人間のふりをした式神(しきがみ)が挨拶をする。

「甥っ子です」と絆は言った。「どうしても来たいっていうので……」


「小助君」すももは式神の背中をポンと押した。「今日ですっかり巡さんのファンになったみたいで……。ライブの間、一生懸命サイリウム振ってたんですよ」

「そうなの?」と潮巡はご機嫌な様子で訊ねた。「小助君、楽しんでくれたかな?」

「楽しかったでござる」と小助は本当に楽しそうに言った。


 すっかり小助は大人達のアイドルになっていた。

 室内は和やかな雰囲気だ。

 子供ってずるいよなと絆は思う。

 だが、見てはいけないものが視界に入り、思わず声を漏らした。

 小助の履いているズボンのお尻辺りから、尻尾が出ていたのだ。


「あっ!」


 すももの張り上げた声が室内に響く。

 彼女も気付いたらしい。

 すももは絆よりも早く、小助を後ろから抱きしめた。

 これなら尻尾は見えなくなる。


 和やかだった雰囲気が一変。

 微妙な空気が流れる中、佳叶が友人を気遣うように訊ねた。

「ど、どうしたの?すもも、急に大声なんて出したりして……」

「ううん」すももは首を勢いよく左右に振った。「何でもない!何でも!小助君、どうしたのかな疲れちゃった?」

「何じゃすもも殿?拙者は疲れてなど……」


 狸の妖怪は、変身が解けつつあることに気付いていないらしい。

 鈍い奴だなと絆は内心で舌打ちをしつつ、潮巡と水野に言った。

「すみません。もうそろそろお暇(いとま)させていただいてもよろしいですか?」


 絆は小助に無言の圧力を与える。

 それとなく尻尾が出てるぞと伝えようとした。

「はっ……」

 すると、ようやく伝わったらしく、小助は両手をお尻に当てる。

「せっ拙者……眠くなってきた……でござる……」


「まあまあ大変!」潮巡は両手をポンと合わせる。「もう少しゆっくりお話しできたら、よかったんだけど……。今度ライブの感想教えてね、すも子(こ)ちゃん、ケイちゃん」

「慌ただしくてすみません巡さん」

 すももは小助の背後にぴたりとくっついたまま言った。


「いいのよ。来てくれただけで嬉しいわ。秋場さんにもよろしく伝えてね」

 潮巡はすももにウインクすると、今度は同じ事務所の後輩に向き直った。

「ケイちゃんはどうする?このまま、すももちゃん達と帰る?」

「そう……ですね。そうさせてもらいます。今日はご招待ありがとうございました」

 石川佳叶は考えるような仕草をした後、先輩に頭を下げた。

 潮巡は微笑んで頷くと、再び両手をポンと合わせた。

「そうだ。せっかくだからお土産(みやげ)、用意しなくちゃね。差し入れをいただいたんだけど、私一人では食べきれないから、受け取ってもらえる?お母さん、お願い」


「分かったわ」水野は頷くと、部屋の外に出た。

 その後ろ姿を見つめながら、絆は首を傾げる。

「お母さん?」

「ああ、ごめんなさい。マネージャーの水野は私の母親なんです」

「へ、へえ……そうだったんですか?」


 ということは、潮巡の本名も水野というのだろうか。

 本名を訊くのは、あまりにぶしつけな気がして、絆はそれ以上のことは訊けなかった。

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