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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第二章 夢
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第三十三話 しおじゅん

 ヘルシング専用の劇場〈ヘルシング・シアター〉は、秋葉原(あきはばら)駅から徒歩十分くらいの距離にある巨大なディスカウントストア内にあった。

 会いに行けるアイドルがキャッチフレーズのヘルシングは、定期的にこの劇場で公演を行っている。


 気掛かりだった小助(こすけ)についてだが、無事に会場に入ることができた。

 未就学児ということで、追加料金も掛からなかった。

 ただし、座席に着く際は、小助には誰かの膝の上に乗ってもらうことになるが……。


「絆(ばん)殿、重くはござらんか?」

「いや、大丈夫だ」

 結局、小助は絆の膝の上に乗せた。

 もう少し小さな子供に変身してもらってもよかったかもしれない。

 三人の座席は会場内で真ん中辺りに位置し、絆は通路側を陣取った。

 隣りにはすももが座り、彼女を挟んで石川佳叶(いしかわけいと)が座った。


 会場内は開演を待ちわびるファンの熱気に包まれていた。

 季節外れの暑さのせいかと思ったが、やはり潮巡(うしおじゅん)のファンが原因だろう。

 駅前にいたグッズを身に纏(まと)ったファンが、この中では珍しく感じない。

 すももと石川佳叶もお揃いのライブTシャツを着ている。


「何だよ二人そろって……」と絆は思わず笑った。「随分と気合入ってるな……」

「せっかくだから楽しもうと思って……」とすももは言った。

「同じく……」と石川も頷く。


「絆君も楽しんだらいいじゃない。はい、これ」

 そう言って、すももは鞄の中から二本の棒のようなものを取り出す。

「何じゃこれは?」

 絆の代わりに受け取った小助は、両手に持った棒を適当に振る。

「ファンの人がライブで振るやつだろ?」と絆は答える。


 その棒はボタンを押すと、光る仕組みになっていた。

 しかも、いろいろな色に切り替えができるらしかった。


「サイリウムだよ」とすももは教えてくれた。「曲に合わせてその棒を振って、アイドルを応援するするの」

「周りの観客を見て、真似していれば大丈夫だと思うよ」

 石川佳叶もそう付け加えた。


 観客は潮巡を観に来ているわけで、他の観客など気にはしないだろう。

 彼女の言う通り、初心者は周りの客の真似をしていればいい。

「……だってさ小助」と絆は膝の上の式神の頭を撫でつつ、周囲に視線を巡(めぐ)らせた。


 会場に集まっている潮巡のファンには申し訳ないが、絆の関心は彼女ではなく、すももの安全をどう確保するかだった。

 会場は、会いに行けるアイドルがコンセプトだけあって広くはなかった。

 二百~三百人くらいが収容できる劇場で、客席と舞台が近いのが特徴だ。

 後ろの方には立見席(たちみせき)もあり、すでに会場は満員である。


 護衛任務の観点から言えば、本当はすももを人の集まる場所に行かせたくはない。

 とはいえ、せっかくの招待を断ることもできないし、致し方ないだろう。

 会場にはちゃんと警備員も常駐していて、入場の際には手荷物検査もある。

 スタッフの人達を信用するしかない。


「よいしょっと……」

 ふと隣りに視線を向けると、すももは鞄の中から点点(てんてん)を出していた。

 膝の上に乗せて、サイリウムを握らせている。

 その様子を見て、石川はいぶかしげな表情を浮かべた。

「な、何してるの?」

「え?いや……一緒に巡さんを応援できたらなって……」


 恐らく点点にも舞台が見えるようにする、すももなりの配慮なのだろうが、事情を知らない人間からすれば奇妙な行動に映る。


「最近よくその人形、持ち歩いてるよね、すもも。たまに人形にも話し掛けたりしてるし……。一人暮らし始めて、独り言増えたんじゃない?」

 苦笑する石川に、すももは言い訳がましく言った。

「そ、そうかな?一人で寂しいのかもね……」

 石川佳叶にじっと見つめられて、点点は気まずそうだ。

 人形のふりを続けるのも、なかなか大変だろう。


「そういえば石川さん?」絆は機転を利かせて言った。「潮巡ってどんな人なんですか?確か同じ事務所でしたよね?シールエンターテイメントっていう……」

「え、ええ」石川は少し戸惑い気味に絆の方を見る。「巡さんは私の事務所の先輩になります。実はライブに招待されるの別に初めてじゃなくて、何度か観させてもらってるんですよ。巡さんは……物腰が柔らかい人ですね。忙しい方だから、実は私もあんまり話したりしたことないですけど……」


 新曲の発売が近付いているということで、すももや石川は、ここのところレッスンに明け暮れている。

 だが、潮巡は未だに姿を見せず、絆にとって彼女は未知の存在だった。


「そうなんですか?」

 絆の中で疑問が解決されるのは、もう少し後になりそうだ。

「はい。私達のような新人メンバーにとって、『しおじゅん』が憧れの人なのは、今も昔も変わっていません」

 石川の口から出てきた言葉の意味を、絆は咄嗟(とっさ)に理解できなかった。

「しおじゅん?」


「もうっ!巡さんのことだよ」

 すももに突っ込まれて、絆は理解する。

 『うしおじゅん』を縮めて、『しおじゅん』ということらしい。

「ああ、悪い悪い。今だに、メンバーの名前とあだ名と顔が一致しなくてな……」


 ちなみに、すももはファンから『すも子(こ)』、佳叶は『ケイちゃん』などと呼ばれている。

 そんな話をしていると、会場からアナウンスが流れてきた。いよいよ開演時間である。

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