第三十二話 今さら引き返せない
「ん?何やつ!」
小助は何者かの気配を察知し、後ろを振り返った。
絆は咄嗟に点点をすももの鞄の中に押し込む。
「え?なんかごめん……」
そこにいたのは、ヘルシングのメンバーで、すももの友人の石川佳叶だった。
どうやら声を掛けようとしたところで、小助から不審者扱いされて戸惑っているらしい。
点点には気付いてないようだ。
「ああ、佳叶。おはよー」とすももは何事もなかったように笑顔を見せる。
「お、おはよう。有島さんが来るのは知ってたけど、まさか子供連れなんて……。可愛い子だね。名前は?何歳?」
石川は警戒気味の小助に笑い掛けた。
視線を合わせるかのように、その場にしゃがみ込む。
彼女は意外にも子供好きらしい。
「小助」と絆は式神の背中を叩く。「ここへ来る前に話したすももの友達だ。挨拶は?」
やっと警戒感が抜けたらしく、小助は笑顔を見せて、石川に向き直る。
「有島小助でござる。歳は……えっと……三歳になる」
小助が指で三を示すと、可愛い~と石川は笑顔になった。
「小助君か……。珍しい名前だね。それに、変わった喋り方……。私はすももお姉さんの友達の石川佳叶。よろしくね」
彼女が差しだした手を、小助は握り返す。
「よろしくでござる」
「小助君とお兄さんはどういう関係なのかな?兄弟?それとも親戚?」
石川がちらりとこちらに視線を向けてくるので、絆は言った。
「親戚の子です。今ちょうど自分の家で預かってて……」
「そうなんですか……」石川は今度はすももの方を見る。「でも、ヘルシング・シアターって子供大丈夫なのかな?」
「分かんない」とすももは笑った。「とりあえず行って確かめてみようかなって……」
「無責任な……」呆れたように石川はため息を吐く。「万が一、駄目ならどうするのよ。まあ、ここまで来ちゃったら今さら引き返せないよね」
そう言うと、石川佳叶は立ち上がった。
すももと並んで立つと、石川の方が頭一つ分くらい背が高い。
スレンダーな彼女はカジュアルな装いだったが、モデル業もしているだけあって、服装には気を遣っている感じがする。
カーディガンにロングパンツを合わせ、頭には、つばが短めの帽子を被っていた。
「とりあえず、会場まで行こう」
絆が呼び掛けると、すももは素直に頷いた。
「うん」
一方の石川は視線をこちらに向けて、意外な反応を示した。
「そういえば……有島さんの私服初めて見たかも……」
「え?」
絆が驚いていると、何でもないですと彼女は手を振った。
確かに、今日の絆はスーツを着ていなかった。
いつも仕事現場にはネクタイを締めていくが、今日はジャケットの下はTシャツで、足元は革靴の代わりにスニーカーだ。
どこか変なところがあるだろうかと、自分の格好を見返す。
だが、そんな絆をよそに、石川佳叶は小さな小助に手を差し伸べる。
彼女は小助と手をつないで、すももと一緒に歩いて行ってしまった。
アイドルに挟まれて歩く小助は、ご機嫌な様子である。
「おい!置いて行くなよ」と絆は慌ててみんなを追った。
男嫌いだという石川佳叶は、絆にとってはよく分からない謎の存在だった。
小助には母親のような優しさを見せる一方、絆にはどこかよそよそしい。
だが、そうかと思えば、絆の服装を気に掛けているのだった。




