第三十一話 いざ秋葉原へ
絆とすももは、石川佳叶と待ち合わせをしている秋葉原駅までやって来た。
オタクの街としても知られる『アキバ』には、ヘルシングのファンの聖地とも言える場所があった。
駅の改札をくぐり、絆とすももが並んで歩くその間には、人間の子供に化けた小助がいる。
二人に手を繋がれて歩く式神は、本物の子供のようにはしゃいでいる。
「おおっ!ここが『アキバ』でござるか」
休日ということもあり、駅前は行き交う人々で混雑していた。
秋葉原はアニメなどの作品の舞台となったこともあり、近年はオタクと呼ばれる人だけでなく、観光客にも人気だ。
外国から来る人も増えていて、賑わいを見せている。
小助は物珍しそうに周辺の景色に視線を向けていたが、たまたま近くを通りかかった若者のグループに目を留めた。
「彼らは何者でござるか?」
「随分と奇妙ななりをしておるのう」
点点は人形のふりをしたまま、声だけ発した。
絆の目から見ても奇妙な一行に、何と答えたものかと悩んでいると、すももは笑いをこらえるように言った。
「巡さんのファンの人達だね。ほら、巡さんのグッズをたくさん身に付けてるでしょ?」
駅前に集まっていた若い男女は、潮巡のファンの人達らしく、Tシャツやピンバッジなどのグッズを全身に身に纏い、まるで鎧で武装をしているかのようだった。
近くにいた外国人のグループも、彼らを見て、くすくすと笑っている。
「東京はいろいろな人がおるんじゃな……」
驚く小助の横で、絆は静かに頷く。
「あ、ああ……。そうだな……」
秋葉原駅周辺は、異様な熱気に包まれているように感じた。
誇張な表現かもしれないが、アイドルのイベントというのは、絆にとって未知の世界なのだった。
「これも一種の信仰心なのじゃろうか?」と点点も何やら哲学的なことを言っている。
「そんなオーバーな……」とすももは笑った。「推しを応援したいっていう純粋な気持ちだと思うけど……。そう言うあたしも、巡さんのTシャツ着て来ちゃった、ほら」
すももはそう言うと、おもむろに羽織っていたパーカーのファスナーを下ろした。
「……っ」と絆は息を呑む。
すももは下に潮巡のライブTシャツを着ていたのだが、服の下の大きな膨らみで、シャツは大きく膨れ上がっていたのだ。
絆は空を見上げ、息を吐き出す。
すももは小柄な体格には似合わず、大きなものを持っているらしい。
「ん?どうしたの?」
すももはポカンとした表情で、再びファスナーを上げる。
「いや、何でもない」
絆は日差しに顔をしかめつつ、下心を誤魔化すかのように視線を上に逸らした。
だが、腕を引っ張られて、再び視線を下に向ける。
「それで絆殿?すもも殿の友人と待ち合わせをしているのでござろう?」
人間の子供に化けた小助が、下から絆を見上げていた。
「ああ、うん。彼女とは〈ヘルシング・シアター〉で落ち合うことになってて……」
「何じゃそれは?」
戸惑う小助に、すももは説明をしてあげた。
「あたしが所属してる、ヘルシングっていうアイドルグループの専用の劇場。普段はあたしもそこに出演してるの。今日はお客さんとして行くんだけどね」
「ほう……。それじゃあ、まずはそこに向かえばいいのじゃな」
小助が理解したところで、一行は駅から離れて目的地のヘルシング・シアターを目指す。
秋葉原の電気街を、絆は小助を挟んで、すももと並んで歩いた。
さまざまな店舗が軒を連ねているこの通りには、さまざまな看板広告が設置され、人々の購買意欲を掻き立てていた。
電気街というだけあって、家電量販店やPCパーツを扱う店が多かったが、ドラッグストアやディスカウントストアなども目立つ。
たまたま通りかかったドラッグストアの看板には、見覚えのある女性の広告がでかでかと飾られていた。
絆は思わず立ち止まり、自身の式神に声を掛けて教えてあげた。
「小助、彼女が今から観に行くアイドルの潮巡だぞ」
看板の女性は、白いノースリーブのワンピースを着ていた。
爽やかな印象を与える表情で、通行人に笑みを浮かべている。
スプレー缶が一緒に写っているので、制汗剤の広告のようだ。
銀イオンを配合していて、効果が長続きすると謳われていた。
「ほー彼女がそうか……」と小助は物珍しげに視線を看板に向けている。
「潮巡っていろいろな広告に出てるんだよな。さすが人気アイドルというべきか……」
ここへ来る途中、電車内の中吊り広告でも絆は彼女の姿を目撃していた。
「すごいよね。あたしと同じグループなんだもんね」
感心する彼女に絆は言う。
「すももはまだデビューして一年くらいなんだろ。まだまだこれからだよ」
「そうだといいんだけどねー。なかなか、あたしのような新人だと巡さんと話す機会すらなくて……。でも、あの広告の制汗剤はあたしも持ってるよ。銀イオンのやつ……」
「自慢にはならないだろ」と絆は笑う。「まあ、銀を含んでるらしいから、ヴァンパイアには効くかもしれないけどな」
「あ~そうなんだ~」とすももは驚く。「銀なら何でも効くのね。みんながいるし、使う機会はなさそうだけどね」
すると、彼女の言葉に反応するように、点点が鞄の中から、ひょっこりと上半身を出す。
手には例の制汗剤を持っている。すももの鞄の中に入っていたものだろう。
「これのことかの?」
「あ~それそれ~」
すももは笑っているが、こんな人通りの多い場所で点点には出て来てほしくはなかった。
「おい点点!静かにしてろ」と絆は注意する。
「おお、すまんすまん」と点点は謝る。
「ん?何やつ!」
その時、小助は何者かの気配を察知し、後ろを振り返った。




