第三十話 行き当たりばったり
寝室から騒がしい物音が聞こえてくる。
クローゼットから服を引っ張り出しているようだ。
「外で待ってようか?」と絆は扉越しに訊ねる。
「いいよ。遠慮しなくて。すぐ終わるから」
すももがいいと言うので、絆はリビングで待たせてもらうことにした。
「やれやれ……」と椅子に腰掛ける。「おい、いつまで、にらみ合ってるつもりだ?」
大急ぎで準備をする、すももをよそに、両者は互いに退こうとはしない。
「じゃが、絆殿!」と小助が言う。「こやつ、嘘をついております」
「嘘?」と絆は首を傾げる。
「そうじゃ。絆殿がこやつの式神になったなどと……」
小助が絆に事情を説明すると、点点が鼻で笑った。
「嘘ではないわ。有島絆は儂の式神となった」
「そんなの嘘じゃ」と小助が言い返す。
絆は頭を抱えながら、自身の式神に事情を説明する。
「小助、点点が言っているのは本当だ。天巫女の護衛のために、俺は点点の式神になった。今度、服を脱いで背中の五芒星を見せようか?」
「な、何じゃと……」
ショックを受けたような小助に、点点は満足げな笑みを浮かべる。
「つまり、お主は間接的に儂の式神ということ。儂の言うことは大人しく聞かねばのう」
「ぐぬぬ……」と悔しそうな表情を浮かべる小助。
「悪いけど、そういうわけだから」と絆は式神に声を掛ける。「まあ、これも天巫女を守る任務のためだ。しばらくの間、我慢してくれ」
「絆殿がそう言うなら」と小助は一応、納得してくれた。「天巫女様をお守りする間は、文句は言うまい……」
二匹が和解したその時、見計らっていたかのように、すももの部屋の扉が開かれた。
外着に着替えた彼女が、リビングに顔を出す。
「お待たせ。ごめんね待たせちゃって」
すももは寝ぐせを隠すためか、キャップ帽をかぶり、服装は適当にパーカーにジーンズと地味な装いだった。
レッスンに行く時のような色気のない格好だ。
「とてもアイドルには見えないな」と絆はため息を吐く。
ステージの上でフリフリな衣装を着て踊る彼女からは、なかなか想像ができない姿だ。
すももは普段はあまりスカートは履かず、ボーイッシュな格好を好んだ。
おまけに、今日は化粧すらしていない。
「いいの」とすももは拗ねたように言う。「これなら誰も、ファンの人はあたしだって気付かないでしょ?」
「そうだな」と絆は椅子から腰を上げる。「それじゃあ行くか?」
「うん。何とか間に合いそうじゃない?点点、鞄の中入って」
そう言うと、すももは持っていた手提げ鞄のファスナーを開ける。
点点はすっかり定位置になったその中に収まる。
動いていなければ、点点はただのぬいぐるみにしか見えない。
「それから……この子はどうするの絆君?会場に連れて行くのは、難しいんじゃない?」
すももはフローリングの床にたたずむ小助を見て、首を傾げる。
ペットに見えなくもないが、イベント会場はペット禁止だろう。
「小助には、とりあえず帰ってもらおうかな?」と絆は言った。「もう用事はないし……。もし何かあれば、また呼び出すかもしれないけど……」
式神というのは、必要な時に呼び出す使い魔のことなので、絆は別に間違ったことは言っていない。
だが、小助は不服らしく、絆におねだりをする。
「もう少し一緒にいては駄目か絆殿?せっかく東京に来たのじゃ。もう少しこの街を見てみたい。それに、アイドルのライブとやらにも興味がある」
主に従順な小助には珍しく、式神はなかなか帰ろうとはしなかった。
そんな小助をやれやれと点点が注意した。
「これ小助、わがままを言うでない。お主がいると目立つではないか?」
「まあまあ点点」とすももは神の使いをなだめる。「せっかく来てくれたんだからさ」
「仕方ない」と絆はため息をついた。「すももがそう言ってることだしな。小助、一緒に来るなら、何か別の姿に変身してくれ。そのままだと、さすがに無理だ」
「変身?」とすももは驚く。
「ああ。小助は狸の妖怪だから、いろいろなものに化けれるんだ」
「じゃあ人間の子供に化けたらどうかな?それなら一緒にライブも楽しめるじゃない?」
すももの提案は面白い案だったが、一つだけ問題があった。
「チケットはどうするんだよ。一枚足りないぞ」
「三歳児くらいなら大丈夫かもよ?膝の上に乗せれば、一人分の座席で済むし……」
「う~ん……そもそも子供連れって会場に入れるのかな?ちょっと自信がないが……」
絆は悩ましげにフローリングの上の狸を見つめる。
「とりあえず会場に行ってみようよ。駄目なら、その時に考えればいいよ」
行き当たりばったりな、すももの計画に苦笑しつつも、絆は頷いた。
「そうだな。とりあえず、その案でいくか。よし、小助。三歳児ぐらいの小さな子供に化けてみてくれないか?」
「分かったでござる」と小助も納得してくれた。「では、いきますぞ」
そう言って、小助は空中で一回転。
ポンッと音を立て、煙の中から現れたのは小さな人間の男の子だった。
真っ赤なトレーナーを着た姿は、どことなく小助を連想させる。
「どうじゃ?」
小助が胸を張ってみせると、すももは彼の頭を撫でてあげた。
「おお、可愛い。すごいね小助君。これなら誰も妖怪だとは思わないよ」
「へっへっへ……」
小助は恥ずかしそうに、鼻の頭を指で擦った。
「まあまあじゃな……」と点点は素っ気なく言った。
「それじゃあ、もうそろそろ行かないと……」すももは部屋に掛けられた時計を見る。「友達と待ち合わせをしてるの」
「そうなのでござるか?」
「ああ」と絆は式神に頷いた。「出発しよう」
「うん。行こ行こ」
すももは寝坊をしたというのに、ご機嫌な様子で玄関に向かった。
自宅の鍵をくるくると回しながら鼻歌を歌っている。
彼女の肩に提げた鞄からは、点点の狐耳がひょっこりと垣間見えていた。
絆は呆れたように彼女の後ろ姿を眺めながら、小助の手を取って玄関を出た。




