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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
序章 コサージュ
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第二話 桜の木の下で

「どうでした?」


 五十分の試験を終え、辻(つじ)先生が教室を後にすると、ゆかりが絆(ばん)の席の方にやって来た。

「思ったより簡単だったな……。基礎的な問題ばかりだったし……」

「後半の方は、いくつか難しい問題もありましたけどね……」

 謙遜してはいたが、彼女は〈妖怪学(ようかいがく)〉の試験で、いつも絆よりも成績がよかった。


「次の試験は何だっけ?」

 絆は大きな欠伸をする。

 徹夜をしていたので、寝不足だった。

「〈忍術〉の実技試験ですよ有島君。二時限連続の」


 二人が話しているうちに、教室からはどんどん人がいなくなっていた。

「今日はそれで最後だったな。早く忍者装束に着替えないと……」

 絆はスポーツバッグを手に取った。中には忍者装束と忍具一式が入れられている。


 二人は校庭のすぐ近くにある更衣室へ向かった。

 絆は男子更衣室に入るなり、そそくさと制服を脱いだ。

 バッグから忍者装束を取り出してパンツの裾に脚を通す。


 忍者装束といっても、戦国時代のような古風なものではない。

 二十一世紀の忍者装束は、どちらかというと軍服のようなデザインで、防刃防弾の機能を併せ持った特殊なベストを着用するスタイルだった。

 腰の部分にはホルスターを装着し、忍具などを収納できるようになっていた。


 絆は準備を終え、更衣室を出る。校庭にはすでに三年生の塾生達が集まっていた。

 実技の授業などで使用される校庭は、ごく普通の学校のものと変わらないように見える。

 だが、実際は、忍者が使用するための器具が、校庭の隅に置かれたままになっていた。

 例えば、的として使われる丸太が、何本も積み重ねられていた。

 今回の試験で使用するのだろうか。


「有島君」 


 声の主は、女子更衣室で着替えを終えたばかりの、ゆかりだった。

 絆は駆け足で彼女のもとに向かう。

 彼女は学校指定のくノ一(くのいち)用の忍者装束に身を包んでいた。

 女性用は動きやすさを重視し、布の面積がやや小さい仕様になっている。

 一年生の時は、そのデザインに若干不満げだった彼女だが、今はもう慣れたのか、恥ずかしがる様子はない。


 始業のチャイムが鳴り、校庭に忍者装束を着た実技試験の担当教諭がやって来る。

 大股で歩くその姿は〈妖怪学〉の辻先生とは対照的である。


「おはよう。みんな集まってるな」


 まだ二十代の若手教師は、女子の塾生からも人気である。

 塾生の中には熱い視線を彼に向ける者もいたが、ゆかりは特にそんな風でもなく、淡々と挨拶を交わす。


「おはようございます居関(いぜき)先生」


 他の塾生たちも、おはようございますと返事をした。

 その様子をにこやかに見つめる居関先生は、試験内容をよく通る声で話し始める。


「よし、早速だが〈忍術〉の試験を始めよう。今回は卒業前の最後の試験だし、奇をてらわずシンプルにいこうと思う。名前を呼ばれた者同士で対戦してもらい、その忍術の技巧で採点する。勝ち負けで卒業の可否は問わないが、勝った者により高い点数を与える」


 塾生同士で対戦する類の試験は、これまで何度もあったので、正直驚きはあまりない。

 先生も塾生達なら分かってるはずだと、細かい説明は省略していた。

 居関は持参した手作りのくじを、おもむろに取り出す。

 そのくじには出席番号が書かれていた。


「組み合わせは私が決めると不平が出そうだから、いつも通りくじで決めるぞ」


 居関は箱の中の棒を取り出した。

 出席番号を読み上げられたのは、絆とゆかりだ。


「まずは有島と蓮井(はすい)だな。それじゃあ、二人以外は邪魔にならないように校庭の隅で待機。対戦が終わったら、また別のペアを呼ぶからな」


 集合していた塾生達は校庭の隅の方に散開する。

 いきなり名前を呼ばれるとは、思っていなかったので少々戸惑った。

 対する彼女の方は、こともなげに自身の装備を確認している。

 居関の指示で、絆とゆかりは、校庭の中央付近に引かれた二本の線に、それぞれ待機する。

 試合の審判を務める居関は、絆とゆかりの中間点付近に立った。


「二人とも準備はいいか?」

 居関は塾生達が頷くのを確認すると、勢いよく挙げた腕を下ろした。

「試合開始!」


 合図と同時に、ホルスターから苦無(くない)を取り出して、右手に構える。

 ゆかりとは何度も修行しているが、実は直接戦った経験はあまりない。

 とはいえ、手の内はおおよそ知っているので対策はできる。

 すると、ゆかりは手始めとばかりに、いくつもの手裏剣(しゅりけん)を次々に投げつけてくる。

 絆はそれらを苦無で叩き落としていく。


 その時、不意に攻撃が止んだ。

 目の前の手裏剣に気を取られ、ゆかりの姿を完全に見失う。

 だが、微かに漂ってくる彼女の匂いに、絆は即座に振り返った。

 斜め後ろから突き出される苦無の一撃。

 ゆかりは瞬時に絆の背後に回っていたのだ。


 ――ドスッ!


 ゆかりは同級生の絆を容赦なく苦無で刺した。

 観戦していた塾生達から、どよめきが起こる。

 だが、ゆかりは苦無を引き抜くと、きょろきょろと校庭を見回す。


「どこに?」


 実は、ゆかりが刺したのは絆ではなかった。

 とっさに〈身代わりの術〉を使い、絆は校庭の隅に置かれている丸太と入れ替わっていたのだ。

 審判を務める居関先生は、その様子を採点してノートに書き込む。

 一応、先生からも評価を貰えたらしい。


 絆は校庭に植えられた桜の木の下から、ゆかりの様子を窺い、反撃の機会を探る。

 絆の居場所はバレてはいないらしいが、居関先生だけは、一瞬だけ絆のいる方に目を向けた。

 

 だが、ふと彼女の手元を見ると、素早い動作で印を組んでいるのが分かった。

 彼女の両手は〈甲(きのえ)〉の印、〈丙(ひのえ)〉の印、〈乙(きのと)〉の印と流れるような動作で印を結んでいく。

 絆はとっさに彼女の意図に気付き、その場から離れようとする。

 だが、ゆかりの術が発動する方が速かった。


 絆の頭上にある桜の木が突如として、鞭のようにしなり、太い枝を叩きつけてくる。

 攻撃を避けきれないと判断し、すぐさま受け身を取った。

 かなりの衝撃が両腕に伝わってくる。

 骨は折れていないものの、肘が痺れてじんじんとしている。


(油断したな……。〈木従(もくじゅう)の術〉か……)


 彼女が使用した術は木遁(もくとん)に属する忍術であった。

 忍術には複数の属性が存在し、いずれかの属性を〈忍術〉の授業を通して習得することになる。

 そして、絆が習得したのは……。

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