第二十八話 意外にも……
今日はいつものように、すももをダンスのレッスンに連れて行かなければならない。
だが、その前に、秋場プロに呼び出されていたので、絆とすももは二人して事務所を訪ねた。
ゴスロリファッションの我らが社長に、すももは早速、用件を訊ねる。
「それで、今日は何のご用件だったんですか?」
「おお……そうだった」
秋場はすっかり失念していたらしく、思い出したように三枚のチケットを取り出して机に並べる。
「潮巡のソロライブのチケットだ。彼女から招待されたんだが、急な仕事が入って行けなくなってしまった……。よかったら、二人で行って来てくれないか?」
「へえ、いいんですか?」すももはパッと笑顔になる。「ありがとうございます~。嬉し~。巡さんは、あたしの目標の人なので」
巡さん?すももの目標?
絆が頭にクエスチョンマークを浮かべながら固まっていると、秋場がどうしたと声を掛けてくる。
「嬉しくないのか?無料だぞ無料。潮巡のイベントなんて、プレミア価格が付くくらい高いんだからな」
お金の問題なのかと思ったが、絆はそのことは口にせず、純粋な疑問を訊ねる。
「すみません。巡さんってどなたでしたっけ?そんなに人気のある人なんですか?」
絆の言葉に、秋場はため息をつき、すももは怒ったように絆の腕を掴む。
「えっ絆君……本気で言ってる?潮巡を知らないの?」
「ああ。悪いけど……」
「まったく……」と秋場は嫌味ったらしく言った。「一体誰が君を雇ったのか……。あっ……私か。潮巡というのは、ヘルシングの総選挙で一位を取った人気メンバーだよ」
秋場は一人でノリツッコミを披露したものの、結局は丁寧に教えてくれた。
基本的にはいい人だと思う。
「ああ、同じグループの人か……」絆は気まずさを紛らわすように頭を掻いた。「すみません。何も知らなくて……。でも、そんなに人気のアイドルから招待されるなんて、秋場社長はすごいですね」
「そうだろう。そうだろう」
おだてられて、秋場は満更でもなさそうだった。
「巡さんは秋場社長を尊敬してるから」とすももは絆に説明する。「社長は若い頃、人気アイドルだったの。ヘルシングの前身となるPCGっていうグループにいたんだから」
「ぴーしーじー?」
また覚えないといけない用語が出てきたな。
「プリティーキャット・ガールズ。略してPCGだ」と秋場が補足する。「自分で言うのもなんだが……昔、一世を風靡したアイドルグループだよ。惜しまれながら解散したが、その流れを汲む新しいグループとしてヘルシングが誕生した。そのヘルシングを一躍人気グループにした牽引役の一人が、潮巡というわけだな」
「へえ……」と絆は相槌を打つ。「ちなみに、秋場社長がグループにいた時って、おいくつぐらいだったんですか?」
「女性に年齢を訊くな。不躾な奴だな」と秋場は突っ込む。
絆は未だに秋場の年齢がよく分からなかった。
見た目だけなら、彼女は中学生くらいに見えなくもないからだ。
「まあ、とにかく」と秋場はチケットを三枚、二人に手渡す。「このチケットは二人にやる。私が若い頃の話をし出したら、きりがないからな。すももは、これからレッスンだし、私もいろいろと忙しい」
すももは二枚のチケットを握りしめて、秋場にお礼を言う。
「ありがたく行かせていただきます。一枚余ってますけど、誰か誘ってもいいですか?」
「すもものお母さんはどうだ?」と秋場は前のめりに言った。「実はそのつもりで渡したんだが……」
「一応、電話で訊いてみますけど、多分、来ないと思います」
すももからそう告げられ、秋場は少し悲しそうな顔をする。
「そう……か」
「何だよ、すもも。お母さんと仲悪いのか?」
絆は彼女の家族について、実は何も知らなかった。
冗談めかして訊くと、すももは少しムッとして答えた。
「そんなことないよ。でも、お母さん……あたしの芸能活動には反対してて……」
「えっ……そうなのか?」
少し意外な気がした。
すももはいい子そうに見えるし、てっきり家族も彼女のことを応援していると思ったからだ。
「実はそうなんだ」と秋場は肩を落とす。「本当は、ご自宅に伺って挨拶をしたいと思っているのだが、なかなか会っていただけなくてな……」
「いえいえ」とすももは慌てて否定する。「そこまでしていただかなくても……。あたし、もう成人してますから……。母に理解してもらえるように頑張ります」
秋場はふっと口元を笑みに浮かべ、愛娘を見るような優しい顔になった。
「そうか。頼むぞ。それなら、残るチケットは……ヘルシングの新人を誘ってあげたらどうだろう?先輩のステージを観るのも勉強になるだろ」
「そうですね。なら、佳叶を誘おうと思います。予定空いてるかなー?佳叶なら喜んでくれると思うんですけど……」
「うん。それがいい」
二人は秋場社長に礼を言って、事務所を後にした。
そのまま電車でダンススタジオに向かうと、すももはその場にいた佳叶に、チケットを手渡した。
佳叶は潮巡のライブのチケットだと知ると、クールな彼女に似合わず、喜んでくれた。
絆は彼女達のそんなやり取りを微笑ましく思いつつ、すももの母親との関係について考えていた。
母親の反対を押し切ってアイドルになったという、すもも。
家族との関係はうまくいっているのだろうか。
絆は心配になったが、結局、何も訊けなかった。
大きなお世話と突っ張ねられるのが怖かったのもあるが、実は自分の両親について訊かれるのが怖かった。
絆の両親は、すでにこの世にいなかったからだ。




