第二十三話 打ち解けた二人
護衛任務初日からヴァンパイアの襲撃に遭うという経験をして、絆はなかなか気の休まらない日々を過ごした。
また、いつ敵が現れるか分からないからだ。
隊の方にはもちろん報告したが、そのまま護衛を続行してくれと言われるだけで、何のフォローもない。
人手不足で仕方がないとはいえ、何て人任せな組織なんだと文句を言いたくなる。
その時、ふっと絆の脳裏に旧友の顔が浮かんだ。
絆と共に先月、忍者塾を卒業した蓮井ゆかりである。
三つ編みに眼鏡を掛けた同級生は、今頃どうしているだろう。
二人とも同じ十三中隊に配属されたものの、天巫女の護衛任務に気を取られ、しばらく彼女とは会えていなかった。
(たまには電話でもしてみるか……)
絆は鞄に手を突っ込み、普段使っていない方のスマートフォンを取り出した。
秋場プロから支給された端末とは別に、絆は忍者専用のスマートフォンを持っている。
義賀の里で開発された〈ファントム・フォン〉という機種である。
忍者同士の連絡に使用され、非常に高いセキュリティ性を兼ね備えている。
電話帳を開き、蓮井ゆかりの名前を見つけると、絆は迷わず通話のアイコンに指を伸ばす。
「絆君、お待たせ」
声がしたので、思わず振り返ると、頬に指が当たった。
マニュキュアをした女性の人差し指が、絆の視界に入る。
「おおっ……何だ、すももか。びっくりさせるなよ」
「忍者なのに背後を取られるなんて、修行不足だね」
「ほっとけよ」
内心、絆はショックを受けたが、あくまで冷静を装って、涼しい顔をする。
やはり慣れない任務で疲れているようだ。
すもものような素人相手に出し抜かれるなんて……。
一方、彼女は絆を負かしたのが嬉しかったのか、へらへらと笑っている。
「何そのスマホ?見たことない」
「ん?いや……里から支給されたやつだよ」
ファントム・フォンは市販のものと比べ、なかなかごつい見た目をしている。
「へえ?仲間の人に連絡でも、するつもりだったの?」
「別に」
意外と勘が鋭い彼女に驚きつつ、絆はファントム・フォンを鞄にしまった。
「何で隠すの?電話するんじゃなかったの?」
「大した用事じゃないし……」と絆は誤魔化す。「あまり人に見られたくない……」
急に騒がしくなったと思ったら、すももに続いて、レッスン場からヘルシングのメンバーが、ぞろぞろと出てくる。
ジャージ姿の女性達の頬は、赤く火照っていた。
「それより、随分とご機嫌だな?」と絆は訊ねる。「何かあったのか?」
すももは例のごとく、ダンス講師のKibunから、鬼のようなレッスンを受けていたところだ。
Kibunの指導は過酷なので、普段はもっとぐったりとしているのだが、今日は何だか妙にテンションが高い。
「えっへっへ」とすももは胸を張ってみせる。「訊きたい?訊きたい?実はさあ……」
「選抜メンバーに選ばれたんですよ、すもも」
声のした方に視線を向けると、同期の石川佳叶が姿を現した。
「選抜メンバー?」と絆は訊き返す。
「ああっもう……先に言わないでよ」すももは石川に小言を漏らす。「実はそうなの。あたし達、二人とも、初めて選抜メンバーに選ばれたんだ―。どう?すごいでしょ?」
「選抜メンバーってことは、新曲のプロモーション・ビデオに出られるってことか?」
絆はまだまだアイドルの知識が浅い。うろ覚えの知識で何とか話を合わせる。
「そう。他にもテレビとかイベントとかにも出ちゃうかもよ?」
すももはちょっぴり自慢気だ。
曲名すら決まっていないのに、発売に向けて、どんどん物事が進んでいき、絆は戸惑いを覚える。
「そうなのか?よくやったな。秋場社長にも報告しないとな」
「もっと褒めてもいいんだよ~」とすももはへらへらと笑う。
そんな二人を黙って見ていた石川は、ムッとしたように言った。
「何だかお二人さん。しばらく見ないうちに、随分と仲良くなったみたいだけど……。初めて会った時は、何だかぎこちなかったのに……。何かあったの?」
「い、いや……別に……」と絆は曖昧な返事をする。
確かに大分打ち解けたのは事実だった。
襲撃されたすももを助けたり、秘密にしていた絆の正体を明かしたりしたからだ。
とはいえ、そんなことは口が裂けても言えない。
石川はすももの友人とはいえ、部外者だからだ。
一応すももの方も、余計なことは言ってはいけないという自覚はあったらしい。
黙ってしまった絆の横で、必死に言い訳をする。
「違う違う。何もないから。ちょっといろいろあって、あたしの家に来たり……」
「え?え?家に?何で?」
石川は普段のクールな彼女らしからぬ、動揺した表情を浮かべた。
「だ、だから違うんだって。彼とは本当に何もないの!絶対に!誓って!何もないから!」
すももが大きな声を出すと、一瞬、スタジオの中が静まり返る。
絆は黙っていられず、彼女の腕を小突いた。
「あ、いや……すみません。彼女、何か勘違いしてるらしくて……。家なんて行ったかなー。そんなことないですけど……。あ、もうこんな時間か!」と絆はわざとらしく腕時計を見る。「もう行かないと。それじゃあ、失礼しました!ほら、行くぞすもも!」
もごもご言っている彼女の腕を引っ張って、無理やり引きずり出す。
「……怪しい」
一人残された石川は、ぽつりとそう呟いた。
絆は彼女の刺さるような視線を背後に感じながら、ダンススタジオを後にする。




