第二十二話 ヴァンパイアの住まう館
ヴァンパイア・山岡匠晟は、有島という忍者を振り切って、仲間の待つ自動車に逃げ込んだ。
後部座席のドアを乱暴に閉め、運転手に告げる。
「出せ!」
「え?でも……あの二人は?」
「死んだ。早く!」
「は、はいっ!」
短いやり取りを交わすと、運転手は慌てて車を発進させた。
山岡は追っ手が来ないと分かると、安堵のため息を吐いた。
有島という忍者には、去り際に銃弾をお見舞いしてやったが、あの程度で死にはしないはず。
車は山岡の仲間が待つ東京都国立市の住宅街へと向かっていた。
山岡の背中には、有島の投げた手裏剣が刺さったままになっている。
タオルを使って直接、手で触れないようにしながら、慎重に金属の塊を取り除いていく。
義賀の手裏剣は銀でできているため、ヴァンパイアの肉体を蝕む効果がある。
痛みを堪え、何とか全ての手裏剣を取り終わることができた。
車内の床には血の付いた塊が乱雑に転がっている。
これらは全て山岡の背中に刺さっていたものだ。
ヴァンパイアは人間よりも再生能力に優れ、大半の傷はすぐ元通りになる。
しかし、銀製の武器でできた傷はなかなか再生しない。
血を飲んで再生能力を底上げする必要があった。
後部座席にあったクーラーボックスから血液パックを一つ取り出す。
山岡は牙でパックを噛み切ると、ジュースでも飲むように血を口に流し込む。
口周りが真っ赤に染まった。
何度か咳き込んだが、身体にエネルギーが充満していくのが分かった。
そのまま車を走らせること一時間。
そのころには山岡の傷は完全に再生していた。
国立市の閑静な住宅街にあるとある屋敷の前で、車は止まった。
「着きましたぜ山岡さん」
運転手に声を掛けられ、山岡は車内から外を覗き込んだ。
高い鉄柵に囲まれた巨大な豪邸が見える。
東京の景色には不似合いな洋館で、警備員が常駐していた。
マフィア映画に出てくるような物々しい雰囲気だが、山岡はここを仲間のヴァンパイアと共に根城にしていた。
「ご苦労さん」
山岡は運転手に礼を言うと、車を降りた。
門番に声を掛け、庭園を通って洋館の中に入って行く。
照明で照らされ、夜間でも庭の花がよく見えた。
手入れが行き届いているのが分かる。
真っ赤な薔薇の蕾が、花を咲かせる日を心待ちにしているかのようだ。
洋館の内部も庭園に劣らず、豪勢な造りになっていた。
玄関に入ってまず驚くのは、天井の高さだ。
見上げるほど高い天井にシャンデリアが吊るされている。
奥に入れば、壁には高価そうな絵画が飾られ、インテリアとして骨董品などが陳列されていた。
この屋敷の主は山岡のボスに当たるヴァンパイアで、かなりの資産家だった。
屋敷のインテリアは、わざわざ外国から輸入した高価なものばかりだ。
山岡はとある部屋の前で立ち止まる。
扉横の男達に声を掛けると、入室を許可された。
「唯川さん、ただ今、戻りました」
扉が開くなり、山岡は部屋の奥に立つ男に挨拶をする。
室内は書斎部屋で、中央に大きな机、部屋の壁側は一面の本棚になっていた。
間接照明の薄暗い室内にいたのは、見るからに怪しい男であった。
「おお、待っていましたよ」
仰々しく芝居がかった仕草をする彼こそが、この屋敷の主である唯川尊臣というヴァンパイアだった。
映画の世界から飛び出してきたかのような長いマントを羽織り、ヨーロッパの貴族が着ているかのような礼装に身を包んでいる。
革ジャンを羽織った山岡とは随分、装いが異なるが、現代のヴァンパイアは別にマントなど着る必要性はない。
唯川と初めて会った時は、何だこのコスプレ野郎はと思ったものだが、そんなことを口にすれば、山岡の命はない。
唯川は胸元まである長い髪を、気障な仕草で後ろにかき上げると、山岡のみすぼらしい服装を見て顔をしかめた。
「ひどい格好ですね。そんな格好で私のもとに来たのですか?」
「すみません。いろいろと手こずりまして……」
内心ムッとするのを堪え、山岡は媚びるように笑みを浮かべた。
忍者との戦闘で着ていたジャケットが破け、薄汚れた格好をしていたのは事実だ。
唯川は、そんな山岡から背を向けて窓の外に視線を移した。
「それで、私に報告することがあるんじゃないですか?まあ、訊かなくてもだいたい分かりますが……」
「天巫女の捕獲に失敗しました。それに、仲間を二人失いました。自分の責任です」
「忍者ですか?」
「ええ。天巫女にボディーガードが付いていました。先を越されたようです」
「ふうむ、困りましたね」唯川は溜息をついた。「これでは簡単に手が出せない」
「あの……どうしても生け捕りじゃなきゃ駄目ですかね?その場で殺すのなら、まだやりやすいんですが……」
実際、遠くから天巫女を狙撃するという手もあった。
だが、あくまで生け捕りを命じられていたので、山岡はアイドルをしているという天巫女に握手を申し出たのだ。
油断をした隙に連れ去る作戦だったが、護衛をしていた忍者に見事に阻まれてしまった。
山岡の言葉に気を害したのか、唯川はこちらを睨みつける。
「駄目です。もし彼女の身に何かがあれば、死ぬのはあなたの方ですよ」
彼の声色には隠しようのない怒気が含まれていた。
「……わ、分かりました。気を付けます」
どうやら山岡は命拾いしたらしい。
もし自分の放った銃弾が天巫女を貫いていたら、唯川に殺されていただろう。山岡は大きな身体を委縮させた。
「頼みましたよ。今度こそ成功させてくださいね」
唯川の手には赤い刀身の剣が握られていた。
彼が一振りすると、部屋に置かれていた彫像が真っ二つになった。
唯川の〈邪血術〉だ。
「も、もちろんです……。必ず……」
彼に逆らえば、山岡もあの彫像のようになるだろう。
「よろしい」唯川の手からはいつの間にか剣が消えていた。「何せあの方の指示なのですからね」
「あ、あの方?」
「『梟』ですよ」
「梟?あの人が動いているのですか?あの伝説のヴァンパイアが……」
「伝説とは随分オーバーですね」と唯川は笑った。
「梟といえば、〈ヴァンパイア・ギルド〉の創設者にして、全ヴァンパイアの頂点に立つ男……。伝説と言っても過言ではないでしょう?」
「まあ、そうですね。ですが、あなたが思っているより、ずっと親しみやすい方ですよ。今度、彼と久しぶりに会うことになっているのです。友人としてね」
「ははっ……それはすごい」
やはり自分の目に間違いはなかった。
この男に付いていけば、成り上がっていける。
そう山岡は確信した。




