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ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第二章 夢
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第二十二話 ヴァンパイアの住まう館

 ヴァンパイア・山岡匠晟(やまおかしょうせい)は、有島(ありしま)という忍者を振り切って、仲間の待つ自動車に逃げ込んだ。

 後部座席のドアを乱暴に閉め、運転手に告げる。


「出せ!」

「え?でも……あの二人は?」

「死んだ。早く!」

「は、はいっ!」

 

 短いやり取りを交わすと、運転手は慌てて車を発進させた。

 山岡は追っ手が来ないと分かると、安堵のため息を吐いた。

 有島という忍者には、去り際に銃弾をお見舞いしてやったが、あの程度で死にはしないはず。

 車は山岡の仲間が待つ東京都国立(くにたち)市の住宅街へと向かっていた。


 山岡の背中には、有島の投げた手裏剣(しゅりけん)が刺さったままになっている。

 タオルを使って直接、手で触れないようにしながら、慎重に金属の塊を取り除いていく。

 義賀(ぎが)の手裏剣は銀でできているため、ヴァンパイアの肉体を蝕む効果がある。

 痛みを堪え、何とか全ての手裏剣を取り終わることができた。

 車内の床には血の付いた塊が乱雑に転がっている。

 これらは全て山岡の背中に刺さっていたものだ。


 ヴァンパイアは人間よりも再生能力に優れ、大半の傷はすぐ元通りになる。

 しかし、銀製の武器でできた傷はなかなか再生しない。

 血を飲んで再生能力を底上げする必要があった。

 後部座席にあったクーラーボックスから血液パックを一つ取り出す。

 山岡は牙でパックを噛み切ると、ジュースでも飲むように血を口に流し込む。

 口周りが真っ赤に染まった。

 何度か咳き込んだが、身体にエネルギーが充満していくのが分かった。


 そのまま車を走らせること一時間。

 そのころには山岡の傷は完全に再生していた。

 国立市の閑静な住宅街にあるとある屋敷の前で、車は止まった。


「着きましたぜ山岡さん」


運転手に声を掛けられ、山岡は車内から外を覗き込んだ。

 高い鉄柵に囲まれた巨大な豪邸が見える。

 東京の景色には不似合いな洋館で、警備員が常駐していた。

 マフィア映画に出てくるような物々しい雰囲気だが、山岡はここを仲間のヴァンパイアと共に根城にしていた。


「ご苦労さん」


 山岡は運転手に礼を言うと、車を降りた。

 門番に声を掛け、庭園を通って洋館の中に入って行く。

 照明で照らされ、夜間でも庭の花がよく見えた。

 手入れが行き届いているのが分かる。

 真っ赤な薔薇(ばら)の蕾(つぼみ)が、花を咲かせる日を心待ちにしているかのようだ。


 洋館の内部も庭園に劣らず、豪勢な造りになっていた。

 玄関に入ってまず驚くのは、天井の高さだ。

 見上げるほど高い天井にシャンデリアが吊るされている。

 奥に入れば、壁には高価そうな絵画が飾られ、インテリアとして骨董品などが陳列されていた。


 この屋敷の主は山岡のボスに当たるヴァンパイアで、かなりの資産家だった。

 屋敷のインテリアは、わざわざ外国から輸入した高価なものばかりだ。

 山岡はとある部屋の前で立ち止まる。

 扉横の男達に声を掛けると、入室を許可された。


「唯川(ゆいかわ)さん、ただ今、戻りました」


 扉が開くなり、山岡は部屋の奥に立つ男に挨拶をする。

 室内は書斎部屋で、中央に大きな机、部屋の壁側は一面の本棚になっていた。

 間接照明の薄暗い室内にいたのは、見るからに怪しい男であった。


「おお、待っていましたよ」


 仰々(ぎょうぎょう)しく芝居がかった仕草をする彼こそが、この屋敷の主である唯川尊臣(たつおみ)というヴァンパイアだった。

 映画の世界から飛び出してきたかのような長いマントを羽織り、ヨーロッパの貴族が着ているかのような礼装に身を包んでいる。

 革ジャンを羽織った山岡とは随分、装いが異なるが、現代のヴァンパイアは別にマントなど着る必要性はない。

 唯川と初めて会った時は、何だこのコスプレ野郎はと思ったものだが、そんなことを口にすれば、山岡の命はない。


 唯川は胸元まである長い髪を、気障な仕草で後ろにかき上げると、山岡のみすぼらしい服装を見て顔をしかめた。


「ひどい格好ですね。そんな格好で私のもとに来たのですか?」

「すみません。いろいろと手こずりまして……」


 内心ムッとするのを堪え、山岡は媚びるように笑みを浮かべた。

 忍者との戦闘で着ていたジャケットが破け、薄汚れた格好をしていたのは事実だ。

 唯川は、そんな山岡から背を向けて窓の外に視線を移した。


「それで、私に報告することがあるんじゃないですか?まあ、訊かなくてもだいたい分かりますが……」

「天巫女(あまみこ)の捕獲に失敗しました。それに、仲間を二人失いました。自分の責任です」

「忍者ですか?」

「ええ。天巫女にボディーガードが付いていました。先を越されたようです」

「ふうむ、困りましたね」唯川は溜息をついた。「これでは簡単に手が出せない」

「あの……どうしても生け捕りじゃなきゃ駄目ですかね?その場で殺すのなら、まだやりやすいんですが……」


 実際、遠くから天巫女を狙撃するという手もあった。

 だが、あくまで生け捕りを命じられていたので、山岡はアイドルをしているという天巫女に握手を申し出たのだ。

 油断をした隙に連れ去る作戦だったが、護衛をしていた忍者に見事に阻まれてしまった。

 山岡の言葉に気を害したのか、唯川はこちらを睨みつける。


「駄目です。もし彼女の身に何かがあれば、死ぬのはあなたの方ですよ」

 彼の声色には隠しようのない怒気が含まれていた。

「……わ、分かりました。気を付けます」


 どうやら山岡は命拾いしたらしい。

 もし自分の放った銃弾が天巫女を貫いていたら、唯川に殺されていただろう。山岡は大きな身体を委縮させた。

「頼みましたよ。今度こそ成功させてくださいね」

 唯川の手には赤い刀身の剣が握られていた。

 彼が一振りすると、部屋に置かれていた彫像が真っ二つになった。

 唯川の〈邪血術(じゃけつじゅつ)〉だ。


「も、もちろんです……。必ず……」

 彼に逆らえば、山岡もあの彫像のようになるだろう。

「よろしい」唯川の手からはいつの間にか剣が消えていた。「何せあの方の指示なのですからね」

「あ、あの方?」

「『梟(ふくろう)』ですよ」


「梟?あの人が動いているのですか?あの伝説のヴァンパイアが……」

「伝説とは随分オーバーですね」と唯川は笑った。

「梟といえば、〈ヴァンパイア・ギルド〉の創設者にして、全ヴァンパイアの頂点に立つ男……。伝説と言っても過言ではないでしょう?」

「まあ、そうですね。ですが、あなたが思っているより、ずっと親しみやすい方ですよ。今度、彼と久しぶりに会うことになっているのです。友人としてね」

「ははっ……それはすごい」


 やはり自分の目に間違いはなかった。

 この男に付いていけば、成り上がっていける。

 そう山岡は確信した。

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