第二十話 契約の儀式
飲みかけのガラスのコップが、いつの間にか水滴で濡れていた。
絆は顔を上げて、リビングの壁に掛けられた時計を見る。
もうすぐ夜の十一時を回ろうとしている。
「もうこんな時間か」
と絆が呟くと、すももは慌てた様子で訊いてきた。
「あれ?終電って何時までだっけ?」
「一時ぐらいじゃないか?心配しなくても、俺ん家は歩いて行ける距離だから」
絆はコップに残った麦茶を飲み干し、狐のぬいぐるみに視線を向ける。
「それで?点点、契約がどうたら言ってなかったか?そろそろ帰りたいんだが……」
「うむ、分かっておる。実は、お主には儂の式神になってもらおうと思っての」
「ち、ちょっと待て。式神って俺が?」と絆は不平を漏らす。
「式神って?」とすももは点点に訊ねた。
「式神というのは、術者に仕える使い魔のことじゃ。本来は妖怪などを使い魔とするのじゃが、今回は有島絆に儂の使い魔となってもらう。式神として契約を結べば、術者は使い魔をいつでも呼び出せるようになる」
「つまり」絆は点点の意図を察して言った。「すももがピンチの時、点点が俺をいつでも呼び出せるようにしたいってわけか?」
「左様。何か不都合でもあるのかの?」
「いや、そういうわけじゃ……。俺は二十四時間、彼女のそばにはいられないからな。ただ、用事がある時に急に呼び出されるのは嫌だなーなんて……」
不満をやんわりと伝える絆に、点点は一喝する。
「我慢せい!お主は天巫女の護衛じゃろうが。プライベートなどない。任務中は常に彼女のことを考えよ!」
絆は自分よりも小さなぬいぐるみに、言われるがまま怒られた。
まあ、この長期任務を引き受けてしまった以上、こうなるのは薄々分かっていたのだが……。
「よく分からないけど……」すももは言った。「絆君がすぐ来てくれるようになるなら、そうしてほしい」
「分かったよ」と絆は肩をすくめた。「それで俺はどうすればいいんだ?」
「そうじゃな。お主はとりあえず服を脱いで待っておけ。上だけでいい」
点点の予想外の指示に、すももは急に慌て始める。
「ち、ちょっと!女の子の部屋で何をするつもり?」
絆も恥ずかしくなって、ネクタイを解いたところで手を止めた。
一方の点点は、変わらぬ声音で、すももに告げる。
「案ずるな。式神と契約を交わすには、簡単な儀式が必要なのじゃ。すももにも協力してもらうぞ」
「な、何を?何か変なこととかするつもりじゃ……」
顔を赤らめるすももを、点点は一蹴する。
「何か誤解をしているようじゃが、妙な真似はせん。有島絆、苦無を貸してくれんか?」
「お、おお」
絆は上着から苦無を一本取り出すと、点点にそれを渡した。
「うむ」狐は苦無を受け取って、絆に指示を出す。「お主は早よ服を脱げ。それから、すももは腕を出してテーブルの上に乗せよ」
点点の説明に困惑しながら、すももは訊ねる。
「左右どっちでもいいの?」
「どちらでもよい。袖はめくった方がよいな」
すももはトレーナーの袖をめくり、右腕の方をテーブルに乗せた。
彼女の白い肌が露わになる。
一方の絆は、上に着ていた服とボディーアーマーを脱いで、青白い肌を露出させた。
先程ヴァンパイアから受けた傷は、点点の不思議な術ですっかり完治している。
点点はよしと呟くと、苦無を手に取る。
「すもも、ちと痛いが我慢してくれ。この儀式には血が必要でな」




