↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンシング・ヘルシング  作者: 逸見 秋仁
第一章 忍者とアイドル
PR
19/50

第十八話 消えないにおい

 繁華街で山岡(やまおか)というヴァンパイアが発砲したというのに、渋谷(しぶや)の街は何事もなかったかのように平常運転だった。

 せわしなく人が行き交い、煌々(こうこう)とした照明が夜の街を照らしている。

 ヴァンパイアが施した人払いの結界の効果だ。

 ちょっとした争いぐらいでは、まず気付かれることはない。

 絆(ばん)も何食わぬ顔をして、すももと一緒に帰路につく。


 絆は彼女の部屋の前まで送り届けると、それじゃあまた明日と扉を閉めた。

「ちょっと待った!」

 すももは勢いよく扉を開けて叫んだ。

「静かにしろよ」と絆は小声で注意する。「もう遅い時間だ」

 時刻は夜の十時を回っていた。

 集合住宅なので、近所迷惑になる。


「ご、ごめん……。絆君、一旦中に入ってよ。いろいろと訊きたいこともあるし……。それに、またヴァンパイアが来るかもしれないでしょ」

「それなら大丈夫。ヴァンパイアは住人に招かれないと家の中に入れないんだよ。ヴァンパイアに掛けられた一種の呪いだな」

「呪い……」とすももは繰り返した。

「それに、点点もいることだしな……。点点が来てから今日をのぞいて、危なかったことは一度もないはずだ」

「そうだけどさ……」


 すももは不安げに絆を見やる。

 何となく納得がいっていないといった表情だ。

 すると、先に部屋に入っていた点点がひょっこりと顔を出す。

「すももが怖がるのも無理ないわい。彼女は、まだほとんど何も知らないのじゃ。彼女が納得するまで説明してやるのが筋というもの」

 夜中に女の子の部屋に上がるのは、まずいのでは……。


 絆が逡巡(しゅんじゅん)していると、点点が続けて言った。

「そうじゃ有島(ありしま)絆。忘れておった。天巫女の護衛をやるなら、儂とある契約を交わさないといかんのじゃ」

「契約って何の?あー仕方ない……。それじゃあ、すもも、しばらくお邪魔させてもらっていいか?用件が済んだらすぐ帰るから」

 絆は念のため、下心はないというアピールをしておいた。

 自分はあくまで護衛上の都合で彼女の自宅に上がるのだ。


「どうぞ。ちょっと散らかってるけど、上がって。あ、玄関の鍵閉めておいてね」

「あ、ああ」言われるがまま、絆は扉を閉め、鍵を掛けた。「お、お邪魔しま~す」

 革靴を脱いで、恐る恐るすももの部屋に足を踏み入れる。

「適当に座ってて」すももは言った。「何か飲む?麦茶あるけど」

「うん。ありがとう」


 彼女は冷蔵庫を開け、水だしポッドを取り出す。

 点点がてくてく歩いてリビングの椅子にちょこんと座ったので、絆も隣りに腰掛ける。

 すももの部屋は、引っ越してきたばかりのように段ボールが至る所に積み上がっていて、お世辞にもきれいとはいえなかった。

「あははは……」すももは苦笑しながらテーブルにコップを二つ並べる。「上京してからほとんど片付けてなくて……。佳叶(けいと)にも注意されたんだけどさ」

「石川(いしかわ)さん?自宅に呼ぶくらい仲いいのか?」

「うん、そうだよ。この間もうちで佳叶とゲームした」


 散らかったリビングのテレビ台には、最新のゲーム機が収納されている。

 コントローラーもいくつか見える。

 すももは麦茶を入れたコップを絆の前に出した。

 点点がじっと水だしポッドを見つめているので、すももは訊ねる。

「点点も……飲む?……というか飲めるの?」


 彼は不思議な術を使うとはいえ、その身体はぬいぐるみで、食べ物を飲み食いできるようには見えない。

「できるぞ。まあ、何も食べなくても死にはしないが……」

「そうなんだ。不思議~」すももは驚いたように点点を見つめる。「コップで飲む?それとも、小皿か何かに移した方がいいかな?」

「コップでよい」

「そう?」

 すももはガラスのコップに麦茶を注ぎ、点点に差し出す。


 器用な手つきで麦茶を飲む神の使いは、コップの中身を半分ほど飲み干すと、本題に入ろうと切り出した。

「さて、まずは何から話すかのう」

「点点、いい?」すももは開いている席に腰を掛けると、手を上げて訊ねた。「忍者とヴァンパイアが戦ってるのは、何となく分かったけど、何であたしが命を狙われることになるの?天巫女(あまみこ)って何?」

「うむ。それは、天巫女がヴァンパイアにとって危険な存在だからじゃよ」

「危険?」

「天巫女は天照大神(あまてらすおおかみ)に仕える巫女のこと。それは太陽を司る神に仕えるということ」


 点点の言葉を引き継いで、絆はすももに説明する。

「ヴァンパイアは映画などで描かれるように太陽に弱い。日の光を長時間浴びたら、ヴァンパイアは死んでしまう。太陽には科学的には説明できない、神聖な力が宿ってるらしいんだ。だけど、その力は何もしないと段々と弱まってしまう」

「その力を維持するため」点点は言った。「祈りを捧げる役割を担うのが天巫女じゃ」

「それが天巫女の役割?でも、何であたしなの?忍者の人がやればいいじゃない?」


 確かに、と絆は頷く。

「でも、それは無理なんだ。忍者の一族は長い歴史の中で多くの人の命を奪ってきた。もちろん、ヴァンパイアのような妖怪もだ。神に祈りを捧げるのは、血で手が汚れているような人間じゃなく、里の外部で普通に暮らしている者でないと……」


「絆君も……その……」

 すももは言いにくそうに視線を逸らした。

「何だよ?」

「人を殺したことはあるの?」

「……あるよ」絆も彼女の方を見ずに言った。「これでも忍者だからな。ヴァンパイアなんて何体葬ったか分からない。少しは分かったか?すももが巫女に選ばれた理由が……」


 台所の蛇口から、水がぽつぽつと垂れているのが見える。

 おそらく絆の手は、いくら洗っても血の臭いを完全に消すことはできない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。