第十七話 新しい天巫女
スキンヘッドのヴァンパイア山岡は、絆に向けて発砲すると、そのまま尻尾を巻いて逃げ出した。
点点が結界を張って天巫女を守っている以上、手が出せなかったようである。
「痛って……」
絆は仰向けになってアスファルトの地面に寝転んだ。
幸い山岡の銃弾は致命傷にはならなかった。
絆はスーツの下に、義賀製のボディアーマーを装着していたからだ。
放たれた銃弾はアーマーがほとんど弾いてくれた。
だが、一発だけ腕に銃弾がかすめ、血がどくどくと流れている。
倒れたまま絆は視線を動かし、周囲を確認する。
敵はもう完全に撤退したらしい。
山岡の取り巻きだったヴァンパイアは、青い炎を出して、燃えている。
ヴァンパイアは死後、灰になって消えてしまうのだ。
絆が腕を押さえたまま瞳を閉じると、大丈夫かと言って、駆けつけて来たのは点点である。
内野も遅れて絆の様子を見に来た。
動揺しているらしく、足取りは弱々しい。
「有島さん……私のせいで……。死なないで……」
「そ、そこまで重傷というわけじゃ……」
内野からは、何発も銃弾を受けたように見えたのかもしれない。
絆はまぶたを開けて、釈明する。
「下に防弾服を着てるから大丈夫です。一発だけ腕にかすってしまいましたけど……」
彼女は拍子抜けしたように絆を見つめる。
「一応、訊くけど……これってテレビのドッキリ企画とかじゃないですよね?」
内野は目の前の出来事を、現実だと認識できていないらしい。
泣いていたかと思えば、今度は絆を疑い始める。
「カメラなんてないでしょう。今、起こっていることは全て現実です。痛っ……」
興奮して声を荒げたら、痛みがひどくなってきた。
「ご、ごめんなさい。あ、あたし……自分でも何が何だか分からなくて……。どうしたらいいんだろ?そ、そうだ!救急車呼んだ方がいいですよね?」
内野は慌てた様子でスマホを取り出そうとする。
だが、点点がそっと彼女をたしなめた。
「いや、儂に任せてくれんか?この程度の傷、儂にかかれば医者は無用じゃ」
狐のぬいぐるみは自慢げに言う。
点点は神の使いだ。
絆の知らない不思議な術を使う。
「……そっか。なら、頼んでもいいかな?」
致命傷とはいえないまでも、絆は痛みと痺れで腕をまともに動かすことができなかった。
「任せるのじゃ」と狐は頷く。
「点点、お願い」
すももが祈るように言うと、神の使いは地面に横たわる絆に寄り添い、傷口を確認した。
点点のつぶらな瞳から淡い光が放たれ、絆の腕に照射される。
「温かい……」
不思議な光に包まれて、痛みがみるみるうちに引いていく。
「終わったぞ」点点の目の光が消えた。「ほれ、動かしてみよ」
「よし……」と絆は肘を曲げたり伸ばしたりする。「完全に治ったみたいだな。さすが点点。もう大丈夫そうだ」
絆は起き上がって、スーツに付いた土埃を払った。
元気になった絆とは対照的に、内野すももは脱力して地面にぺたりと腰を下ろす。
緊張の糸が切れたらしい。
「どうなってるの?もうあたしには何が何だか……」
「えっと……立てますか内野さん?」
絆は気を遣って手を差し伸べたのだが、不機嫌な彼女はバチンと手をはじいた。
「その変な敬語は止めて!」
「でも……自分は一応、内野さんのマネージャーですから……」
「いいから。あたし達、同い年なんでしょう。あなたが言っていることが本当なら」
彼女の言い方には棘があった。
絆がまだ隠し事をしている、とでも言いたいのだろうか。
「分かった。敬語は止めにしよう。同い年というのは本当だから。嘘じゃない。それで、何て呼べばいいかな?」
「すももでいいよ。ファンの人やメンバーからは『すも子』って呼ばれることが多いけど」
「すも子?恥ずかしいし、すももでいいかな?確か石川さんも、そう呼んでたし……」
「それじゃあ、あたしも名前で。呼び捨てもなんだし、絆君で」
すももは絆の手を取って、起き上がった。
さっきまで不機嫌そうだったのが嘘だったみたいに。
軽快な仕草で、お尻の埃を払って、いいでしょと絆に詰め寄ってくる。
「いや、職場では名字で呼んでくれないか?妙な勘違いされても困るし……」
「だ~め。変な勘違いって何?アイドルとマネージャーが仲良くしたらいけないの?大丈夫だよ別に」
「はあ」と絆は曖昧に頷く。
「それじゃあ、よろしくね絆君。それに点点も」
すももは絆ににっこりとほほ笑み、狐のぬいぐるみを抱き寄せた。
点点は子犬のようにしっぽを揺らしている。
夜の街灯で照らされた彼女達は、神々しくさえ思えた。
巫女服を着ていないのに、巫女と神の使いからは、後光が差しているようにも見える。
(これが新しい天巫女か……)
前任の巫女は、絆が忍者塾を卒業する同時期に退任した。
彼女とすももは何となく似た雰囲気を感じる。
前任の巫女に仕えた点点も、同じことを思っているに違いない。
だから彼はこれほど嬉しそうなのだ。




