第十六話 最初の任務
義賀忍軍・第十三中隊に配属され、最初に課せられた任務。
それは内野すももをヴァンパイアから守ることだった。
絆は秋場プロダクションにマネージャーとして潜入を果たし、内野に自身の正体を明かした。
だが、それも束の間、内野すももがヴァンパイアの襲撃を受けた。
渋谷の繁華街にもかかわらず、絆達がいる駐車場は人気がほとんどなかった。
近くを通りかかった人々も、騒ぎに気付く様子はない。
(人払いの結界か……)
ヴァンパイアなどの妖怪は、様々な妖術を使う。
妖怪が長い間、その存在を知られなかったのは、その妖術のおかげである。
革の手袋を付けた両手に苦無を構えると、絆はそのまま三人組の男から視線を離さなかった。
男達がヴァンパイアであることはすぐに分かった。
彼らからはむせ返るような血の臭いがしたからだ。
とりわけスキンヘッドのヴァンパイア山岡からは臭った。
山岡は後ろにいる二人に目配せをする。
それを合図にヴァンパイア達が絆に襲い掛かってきた。
駆け出した二人組が左右から挟み込むように接近してくる。
三対一。
数の上では絆は不利だ。
だが、ヴァンパイア達の動きは遅かった。
訓練を積んできた絆の敵ではない。
手首のスナップを利かせて、二本の苦無を左右同時に投げる。
「ぐわっ!」
直後、二人のヴァンパイアがアスファルトの地面に崩れ落ちた。
頭に苦無が突き刺さったまま、ぴくぴくと痙攣している。
ヴァンパイアは人間よりかなり丈夫にできているものの、頭を貫かれたらさすがに死ぬ。
絆はスーツの内側に隠してあるホルスターから、苦無をもう一本取りだすと、相手に見せつけるように構えた。
「銀製の苦無か……。なかなか嫌な武器だ」
スキンヘッドのヴァンパイアは拳を構えたまま、なかなかこちらに近付いてこなかった。
黒光りした絆の苦無を警戒しているようだ。
絆が使用しているこの苦無は、山岡が言うように銀で表面をコーティングされており、対ヴァンパイアを想定したものである。
「試してみるか?」
絆は足を踏み込んで、一気に山岡との距離を詰めた。
苦無を持った右手を一閃する。
しかし、山岡は意外にも素早い身のこなしで攻撃をかわす。
彼の着ていた革製のジャケットに切れ目が入ったものの、ぎりぎりのところで避けられてしまった。
山岡は長い腕を振り回すように殴りかかってくる。
絆は咄嗟に身を屈めてこれを回避する。
スーツを着たままだと、やはり動きにくい。
絆はズボンが破れそうになるほど脚を水平に伸ばして、ヴァンパイアに足払いした。
「うおッ……」
山岡はバランスを崩して地面に倒れる。
絆は素早く山岡に馬乗りになった。
右手に持った苦無を両手で構え直す。
そのまま振り下ろすつもりだったが、男がジャケットの内側に手を突っ込んでいるのに気付いた。
黒光りした金属の塊が視界に入る。
「しまっ……」
絆は即座に横に飛ぶ。
破裂音が鼓膜を震わせた。
スキンヘッドのヴァンパイアが目の前で銃を発砲したのだ。
絆は地面を転がり、銃撃を回避した。
間一髪どこにも、かすっていない。
いくら鍛えているとはいえ、至近距離で撃たれたら、無事では済まないだろう。
その直後、山岡は素早い動きで起き上がり、拳銃を両手で構えた。
絆にとどめを刺す気かと思ったが、ヴァンパイアは別の人間に標準を合わせている。
山岡の視線の先にいるのは……。
「内野!逃げろ!」
絆は咄嗟に苦無を投擲。
山岡の腕を狙い、拳銃から放たれる弾丸の軌道を逸らそうとした。
――パンッ!パンッ!
再び乾いた破裂音が周囲に響く。
直後、山岡がうめき声をあげてうずくまる。
スキンヘッドのヴァンパイアは苦無が腕に刺さっている。
絆の攻撃が命中したのだ。
絆はすぐさま視線をヴァンパイアから護衛対象に移す。
内野すももの正面にいたのは、狐のぬいぐるみ点点だった。
点点を中心にガラスのように透明な結界が展開され、二発の銃弾を見事に防いでいた。
すももは腰を抜かして、地面に転んではいたが無傷である。
「有島絆!こちらは大丈夫じゃ。その男を逃がすでない!」
絆は点点の言葉に頷く。
内野には彼がいるから大丈夫だろう。
山岡は痛みを堪えながら銀製の苦無を乱暴に抜き取る。
傷口からは血液だけでなく、白い湯気が立っていた。
ヴァンパイアは銀に触れると火傷をしてしまうのだ。
「待て!」と絆は男に呼び掛ける。
山岡は内野すももを諦めて、逃げる気らしい。
無防備に背を向けて走り出した。
絆はホルスターから手裏剣を取り出す。
苦無と同様にこれも銀でできていた。
義賀の里で使用される手裏剣は、十字架のように棒状の刃物を交差させたデザインになっている。
――シュッ!
風を裂くような音を響かせ、絆が放った手裏剣が飛翔する。
スキンヘッドのヴァンパイアの背中に手裏剣が次々に命中する。
敢えて急所は外した。
男には訊きたいことがあったからだが、これが思わぬ致命的なミスに繋がった。
男は銃を持っている。
分かっていたはずなのに、絆はすぐさまスキンヘッドのヴァンパイアを仕留めなかった。
(……しまった!)
気付いた時には遅い。
男は振り向きざまに銃を取り出し、再び発砲した。
絆は被弾し、その場に崩れ落ちる。
その様子を見ていた内野すももが悲痛な声を上げた。
絆が瞳を閉じる前に見たのは、目を見開いた彼女の泣き出しそうな顔だった。
(そんな顔でこっちを見るな)
そう言おうとしたが、絆は痛みで言葉が出なかった。




