第十四話 そんなつもりは……
アイドルグループ・ヘルシングには、ある掟がある。
それは恋愛禁止だ。
それがこのグループを清純派と言わしめる理由になっている。
一見、ギャルっぽい見た目の人気メンバー来美も、モデルのように華のある佳叶も、当然のように浮いた話の一つもない。
新人のすももにも、今までそのような話はなかった。
もちろん、これからも同じだ。
だが、駅まで歩く道すがら、有島は急にすももの手を取った。
目的地も告げぬままどこかへ連れて行こうとしている。
すももは不安になり、意を決して、彼の手を振りほどいた。
「ごめんなさい有島さん、あたしそんなつもりは……」
心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。
暗闇を照らす街灯が眩しかった。
二人はいつの間にか、人気のない駐車場まで来ていた。
「え?何が?」と有島は困惑した表情を浮かべる。
「えっと……その……何かエッチこととか考えてません?」
「考えてない!」
すももは有島が頭を抱えるのを見て、自分の早とちりに気付いた。
「それじゃあ一体、何の用……?」
「えっと……どこから話せばいいかな?自分は口下手な方なんで、あまり説明は得意じゃないんですが……。そうだ。点点に話してもらおうか……」
「点点!」
夢の中で天照が言っていた謎の言葉だ。
何故この新人マネージャーがその言葉を知っているのだろう。
すると、有島は友達でも呼ぶかのような気楽さでその言葉を口にした。
「おい、いるんだろ?出て来いよ点点!」
有島の言葉に反応したかのように、すももの肩から提げていた鞄が、もぞもぞと動き出す。
あまりに驚いて、思わず鞄を落としそうになった。
独りでにファスナーが開かれ、鞄の中からひょっこりと顔を出したのは、ずっと前に拾った狐のぬいぐるみだ。
「ふう。やっと出れたわい。遅かったな有島絆」
尊大な口調でぬいぐるみが喋った。
ぬいぐるみが動いて、言葉を発することも驚きだったが、有島のことを知っていることにさらに驚いた。
「悪かったな点点。しかし、こういう形で再会することになるとはな」
「そうじゃな。まさかお主が天巫女の護衛役に抜擢されるとは」
「とぼけるなよ。点点が俺を護衛に推薦してくれたって聞いたぞ」
狐のぬいぐるみと有島は、どうやら面識があるようである。
有島は、にたにたと笑みを浮かべているし、狐のしっぽは嬉しそうに左右に振れている。
「知り合いだったの?」
すももは有島とぬいぐるみを交互に見る。
「ええ。点点は歴代の天巫女に仕えてきた神の使いですから……」
すももは鞄から顔を出す狐を見つめる。
「点点……君のことだったのね?何で今まで黙ってたの?どうして、ぬいぐるみなのに動けるの?もしかしてロボット?」
狐のぬいぐるみは触ると柔らかく、中に機械が入っているようには思えなかった。
どういう仕組みなのだろう。
「ロボットなどではない」と点点はきっぱりと否定する。「天照大神に仕える使いじゃ。そして、お主は天照大神に選ばれた天巫女なのじゃ」
「天巫女……。夢の中で女神さまが言ってた。天照に仕える巫女になってほしいって……」
「そうじゃ、すもも。お主は天巫女。今まで黙っていてすまない。全ては里から護衛が来てから話そうと思っておった」
「護衛?有島さんのこと?」すももは信じられないように首を振る。「天巫女って、そんなに危険な仕事なの?それなら悪いけど無理だよ。何をするのか知らないけど。あたしはアイドルをしてるの。こう見えて忙しいんだから。他を当たって」
「そう心配しなさんな。お主の安全は儂と有島絆が保証しよう。儂は神の使い。きっと有難い御利益があるぞ。実際、儂を拾ってから、すももの仕事運は急上昇のはずじゃ」
「そ、そういえば……」
すももには思い当たる節があった。
上京したものの、ひたすらレッスンばかりの日々が続いていたのに、最近は少しずつ個人の仕事を貰えるようになってきていた。
「俺の方からも頼みます」と有島は頭を下げる。「内野さんを危険にさらすような真似はしません」
戸惑い気味にすももはマネージャーに視線を向ける。
護衛というが、有島はお世辞にも強そうには見えなかった。
照明の下で、彼の青白い肌は一層際立っている。
だが、すももの考えを読んだかのように、点点は言った。
「こう見えて彼は強い。義賀の里の優秀な忍者じゃ。必ずやすももを守ってみせるだろう」
「に、忍者!?有島さんが……」
真新しいスーツを着た彼が、照れたようにこちらに視線を向けている。
忍者が存在することにも驚きだが、不器用そうな有島にそのような秘密があったとは……。
「黙っていてすみません」と有島は謝った。「マネージャーとして秋場プロに就職したのは、内野さんに接近するためです。護衛がやりやすいように」
すももの中で彼に関する謎が、いろいろと解けた気がした。
アイドルに興味がなさそうな有島が、マネージャーをしている理由……。
それはすももを守るためだった。
それに、有島がすももに過去を話したがらないのは、忍者であるのを隠すためだろう。
「ち、ちょっといいですか?」すももは言った。「護衛って言いますけど、有島さんは何と戦ってるの?あたしは命を狙われる筋合いはありません」
「そうですね」言いながら、有島は暗がりに視線を向ける。「説明するより、実際に見てもらった方が早いかもしれません」
すももは頭に疑問符を浮かべる。
有島は何を見ているのだろう。
すると、鞄の中にいた点点が、いきなり飛び出して、コンクリートの地面に着地する。
「気を付けるんじゃ。お主の意思に関わらず、すももは天巫女に選ばれた。命を狙われる立場になったと思え」
すももは、そんなこと言われてもと嘆いたが、どうやら点点の言う通りらしい。
すももはすでに争いの渦中にいて、闇の世界の住人の戦いに巻き込まれる運命なのだ。
有島が見つめるその先から、ぬっと人影が姿を現す。
街灯に照らされたその姿を、すももはまじまじと見つめた。




