第十二話 来美と佳叶
有島は、なかなか自分のことを話そうとはしなかった。
まるで、すももに正体を隠そうとしているように……。
それから、ヘルシングについても彼はあまり知らないようだった。
自分で言うのもなんだけど、ヘルシングは国民的アイドルグループなのに……。
「自分のいた学校は……すごい田舎にあって……」
有島はそう言って誤魔化したが、すももは納得がいかなかった。
「それじゃあ何で有島さんは、芸能事務所のマネージャーになろうと思ったんですか?」
「う~ん……すみません。ちょっといろいろ事情がありまして」
結局すももは、有島の素性を引き出すことができなかった。
有島は、すもものムッとした表情に気付くと、持ちますよと言って、衣装の入ったバッグを持ってくれた。
撮影用の衣装に、レッスン着が入っていて、実は少し重たかった。
「ありがとうございます」
すももは機嫌を直して、素直にお礼を言う。
有島は別に悪い人ではないのかもしれないが、すももの中では、よく分からない人だった。
だが、秋場社長は芸歴二十年以上のベテランだ。
彼女が選んだ人なのだから、有島を信じてみてもいいのかもしれない。
二人は電車を乗り継ぎ、今度は都内にあるダンススタジオへとやって来た。
すでにメンバーの多くは集まっている。
芸能人ということもあり、簡単な変装をしている娘も多かったが、すももは特別何もしていない。
スタジオの中を覗くと、一人黙々と自主練習をしているメンバーがいた。
激しいステップを身軽にこなし、長い髪を振り乱している。
「彼女は?」と有島が訊ねた。
「リーダーの向坂来美先輩。総選挙三位の人気メンバーです」
「へえ……。総選挙ってヘルシングの人気投票のことでしたっけ?」
「そう。でも、ただの人気投票じゃないですよ。総選挙で上位に入れば、選抜メンバーになって新曲のプロモーションビデオに出たり、テレビにも出演したりできちゃいます」
「内野さんは何位だったんですか?」
「総選挙にはまだ出たことないです。でも、今年はあたしも総選挙に挑戦したいなーと思ってます。大変だと思いますけど、先輩達みたいな人気メンバーになりたいですし……」
踊りを続ける来美に熱い視線を向ける。
年上の彼女は、清純派アイドルらしからぬセクシーなレッスン着に身を包んでいた。
幼さの抜けない自分とは違い、大人っぽく見えた。
すももは新しいマネージャーを紹介したくて声を掛けようとしたが、来美は取り込み中で難しそうだった。
ダンスの講師と何やら真剣に話し込んでいる。
何となく身体の中が熱くなるのを感じていると、唐突に首筋がひんやりとして、すももは仰け反ってしまった。
「ひゃっん!」
有島かと思ったが、違った。
すももが振り返ると、ペットボトルを持ったまま笑うメンバーの姿が……。
「あははは。ごめん、すもも。取り込み中だった?」
「ちょっと佳叶!」
すももは怒って友人を押し返す。
「そう怒りなさんな。飲み物買ってきたよ」
佳叶からスポーツドリンクを渡されて、すももは機嫌を取り戻した。
「ありがとう」
「それで、そちらは?すみません。飲み物は二人分しか買って来てなくて……。というか、何で男の人が?」
佳叶はすももに接する時とは対照的に、有島には露骨によそよそしく接した。
「彼女は男の人が苦手なの」
身構えるような有島に、すももは耳打ちをする。
「そ、そうなんですか?」と有島も一応、納得してくれたらしい。
「佳叶、紹介するね。秋場プロの新しいマネージャーさん」
すももの言葉に続き、有島が頭を下げる。
「有島です。よろしくお願いします」
こちらこそと佳叶も頭を下げるが、どことなく警戒感は消えてはいない。
「シールエンターテイメント所属の石川佳叶です。すももとは仲良くさせてもらってます」
佳叶は、すももと同じく芸歴一年足らずの新人アイドルだった。
すももは初めて会った時、モデルさんのようなきれいな娘だなと思った。
色白ですらりとした体型の佳叶は、何を着ても様になる。
実際、彼女はアイドルの傍ら、モデルの仕事も積極的にこなしていた。
彼女の唯一の欠点は、男の人が苦手ということだろう。
すももは有島の自己紹介もそこそこに、先程の仕事の礼をした。
「そうだ。佳叶ありがとうね。佳叶が選んでくれたワンピース、撮影に使わせてもらった」
「そっか。よかった。すもも、そろそろ着替えないと。レッスン始まっちゃうよ」
「そうだね。それじゃあ、有島さん、私達は着替えてくるんで」
すももは有島にそう告げると、荷物一式を持って、佳叶と一緒に更衣室に向かった。




