第9話:消えた狐の帰還
三日後、アステリア・デンの下層では、セキの死亡報告が処理された。
公式記録にはこう書かれている。
《ダイバー、セキ。ヴォイドゾーン13にて単独行動。回収不能》
たった二行だった。
彼の人生は、二行で終わったことにされた。
ブラックケンネル・ガレージの端末でそれを見たとき、セキは不思議なほど静かだった。
「怒らないのか?」
ヴェラが尋ねた。
セキは画面を見つめたまま答える。
「怒ってる。でも、今は怒り方が分からない」
ブンが隣で小さく頷く。
「感情処理中。推奨、温かい飲料」
「自販機、動くのか?」
「現在、毒性のない液体を生成できる確率、42%」
「やめておく」
短いやり取りの後、セキは立ち上がった。
「街へ戻る」
ヴェラの目が細くなる。
「早すぎる」
「分かってる。でも情報がいる。俺を殺した依頼主が誰なのか。シルバーファングが何を得たのか。デッドケンネル・ゲートが何なのか」
セキは古いコートを羽織った。バイザーの亀裂はまだ残っている。だが、その奥に灯る青は以前よりも深かった。
「もう、ただの荷物持ちじゃない」
下層区ネオンバロウに戻ったとき、街は何も変わっていなかった。
屋台の匂い。安い音楽。喧嘩する獣人たち。巨大スクリーンに流れる企業広告。誰もセキが死んだことを知らない。知っていても、気にしない。
それが一番痛かった。
世界は、自分が消えても回る。
だが同時に、セキは理解した。
ならば、こちらも世界に許可を求める必要はない。
彼はフードを深く被り、情報屋が集まる裏通りへ向かった。
その途中、巨大モニターにシルバーファング・パックの映像が映った。カエルが笑顔でインタビューを受けている。
《危険区域から貴重資源を回収した英雄チーム》
セキの足が止まる。
画面の中のカエルは言った。
「失った仲間もいます。彼の勇気を、私たちは忘れません」
セキの手が震えた。
忘れない?
その口で?
ヴェラが隣で静かに言った。
「命令を」
セキは息を吐いた。
「まだだ」
彼の声は低かった。
「まず、全部奪われた証拠を集める。あいつらが俺を忘れないと言うなら――」
セキは画面の中のカエルを見上げた。
「本当に忘れられない夜を、くれてやる」




