第8話:ブラックケンネル・ガレージ
ヴェラを加えた三人は、霧の中を進んだ。
レイヤー000は迷宮ではなかった。もっと悪い。ここは、誰かが忘れた場所の寄せ集めだった。昨日まで存在した路地、十年前に閉鎖された駅、百年前の病室、そしてまだ建てられていないはずの塔。そのすべてが、壊れた記憶のように繋がっている。
「ここは墓場だな」
セキが呟く。
ヴェラは首を横に振った。
「墓場なら、名が刻まれる。ここは廃棄場だ」
その言葉に、セキは何も言えなかった。
やがて彼らは、一つの古いシャッターの前に辿り着いた。黒い犬の頭を模した看板が、半分だけ傾いている。ネオンは死んでいたが、近づくと微かに青く瞬いた。
《施設登録:ブラックケンネル・ガレージ》
《所有者未設定》
《アーカイブキーを確認》
ブンがセキの肩で跳ねた。
「提案。所有者登録を行います」
「俺でいいのか?」
「他に候補者はいません。競争率ゼロです」
セキは苦笑した。
シャッターに手を置く。黒い鈴が光り、重い扉がゆっくりと上がった。
中は暗かった。
壊れた車両、古い工具台、止まった自販機、埃をかぶったソファ。天井から吊るされたランプが一つだけ揺れ、やがて弱々しく灯る。
そこは立派な基地ではなかった。
豪華な拠点でもなかった。
けれど、壁があった。屋根があった。座れる場所があった。誰かに追い出されず、息をしてもいい場所があった。
セキは入口で立ち止まった。
胸が痛んだ。
なぜか、泣きそうになった。
ブンが静かに言う。
「所有者、セキ。登録完了」
ヴェラはガレージの中央に立ち、周囲を見回した。
「ここから始めるのか」
セキは頷いた。
「ここから始める」
彼は埃まみれのソファに腰を下ろした。体中が痛む。心はまだ壊れている。けれど、完全に空っぽではなかった。
ここは、捨てられたものたちの場所だ。
ならば、自分にはふさわしい。
セキは小さく息を吸い、黒い天井を見上げた。
「俺は、ここを家にする」
その言葉に、死んでいたネオンが一瞬だけ強く光った。




