第7話:雪豹の亡霊
ブンの修復が終わる頃、レイヤー000の霧が動き始めた。
遠くで、刃が床を擦る音がする。
セキは身構えた。ブンが彼の肩に飛び乗り、小さなライトを点ける。
霧の中から現れたのは、白銀の毛並みを持つ雪豹の女性だった。
長いコートは破れ、片手には細い刀が握られている。刀身には青白い電流が走り、彼女の瞳は冬の湖のように静かだった。
「識別を求める」
彼女は言った。
「ここはどこだ。私は、なぜまだ存在している」
セキは喉を鳴らした。
「俺はセキ。ここは……たぶん、レイヤー000」
「レイヤー000」
雪豹はその言葉を繰り返す。
ブンが小さく鳴った。
「アーカイブ個体を確認。名称、ヴェラ・V・フロスト。元都市防衛特殊部隊所属。公式記録、削除済み」
「削除……」
ヴェラは眉を寄せた。
その瞬間、彼女の周囲に映像の断片が浮かんだ。燃える駅。倒れる仲間。閉じられる隔壁。通信越しの声。
――彼女を消せ。記録ごとだ。
ヴェラの手が震えた。だが彼女は泣かなかった。ただ、深く息を吸い、刀を鞘に収めた。
「君が、私を呼び戻したのか」
セキは答えに詰まった。
「たぶん。でも俺にも分からない」
「目的は?」
その問いは鋭かった。
目的。
セキはすぐに答えられなかった。復讐。生存。帰還。怒り。悲しみ。胸の中には多くのものが渦巻いているのに、言葉にするとどれも薄くなる。
やがて彼は言った。
「俺は……消されたくない。俺みたいに消されたやつらも、なかったことにされたくない」
ヴェラは黙ってセキを見た。
長い沈黙の後、彼女は片膝をついた。
「ならば、私は君の刃となろう」
セキは驚いた。
「そんな簡単に信じるのか?」
ヴェラは静かに首を振る。
「信じるのではない。選ぶのだ。私を消した街ではなく、私の名を呼んだ君を」
その言葉は、セキの胸にゆっくり染み込んだ。
名を呼ぶ。
ただそれだけのことが、ここでは救いになるのだと、彼は初めて知った。




