第12話:死んだ狐の声
倉庫の内部は、白い光で満たされていた。
どこまでも清潔で、どこまでも冷たい。床には一滴の油汚れもなく、壁の端末にはセイントアントラー社のロゴが浮かんでいる。下層区の工場とは違う。ここでは、汚れさえ許可制なのだとセキは思った。
彼は換気ダクトから降り、影に身を沈める。ヴェラは音もなく後に続いた。ブンは小型ドローンの信号に紛れ、監視カメラへ偽の映像を流している。
「録画開始。音声も拾っています」
倉庫中央では、シルバーファング・パックが銀色のケースを前に立っていた。カエルは笑っている。レクサは壁際で腕を組み、ドレンは端末を覗き込み、ガルークは報酬ケースの数を数えていた。ミラだけが、落ち着かない様子で耳を伏せている。
白いスーツの鹿型職員が言った。
「実験体の投入、ゲート反応、すべて確認済みです。セキ個体は消失。記録処理も完了しています」
実験体。
その言葉が、セキの胸の奥を静かに裂いた。
カエルが頷く。
「約束の報酬を」
ケースが開く。中には大量のクレジットチップと、黒い結晶が入っていた。
「こいつがあれば、俺たち一気に上へ行けるな」
ドレンが笑う。
「そのための犠牲だ」
カエルは穏やかに言った。
その瞬間、セキの中で何かが静かに決まった。彼は通信回線に割り込んだ。倉庫全体のスピーカーが、短くノイズを吐く。
そして、声が流れた。
「俺の名前を、勝手に使うな」
全員が動きを止めた。
セキは影から一歩出た。黒いフードを外す。割れたバイザーに青い光が灯る。雨で濡れた黒銀の尻尾が、床に水滴を落とした。
ミラが息を呑む。
「セキ……?」
ドレンの顔から血の気が引いた。
「嘘だろ」
カエルだけが、無理に笑おうとした。
「生きていたのか。よかった。私たちは――」
「黙れ」
セキの声は大きくなかった。だが、倉庫の白い光が一瞬だけ揺れた。
「お前が俺を悼む言葉を使うたびに、俺の死を二度盗んでいる気がする」
ヴェラが影から現れ、刀を抜く。ブンが高らかに宣言した。
「ブン確認。死亡報告、修正開始」
セキはカエルを見た。
「ただいま、シルバーファング」




