十九話 かつての約束
階段を登って上へ行くと、そこは見たこのない場所だった。ヒノに訊いてみても、ここは通っていないと言う。
「ここからどうにかして、三人と合流せねばな」
「だな。ギンのやつ、余計なこと言って二人にボコられてなければいいけど……」
最悪、ギンだけどこかに置き去りにされているってこともなくはない。本気でウザくなったら、さおりん先輩辺りが放り出しそうだ。流石に貴重な回復役を、置いてきぼりにはしないと思うけど……
それからしばらく、オレ達はほとんど無言でダンジョン内を進んで行く。倒したモンスターが二十を超えた辺りで、突然ヒノがぽつりと訊いて来た。
「そう言えばはーちゃん、覚えているか? 小学一年生の頃、授業参観の時に書いた作文のことを」
「なんだよ突然。作文? テーマってなんだっけ」
「将来の夢だ」
将来の夢、ねえ……なんて書いたか、さっぱり覚えていない。今オレがなりたいものは公務員だけど、さすがに小学生の頃、そんな夢のないことは書かねえだろ。つーか、オレの昔の性格からして、もっと荒唐無稽なことを書いたはずだ。バカだったし。
「ちなみにヒノはなんて書いたんだ?」
「はーちゃんのお嫁さん」
「……」
喰い気味に即答されて、なんと返していいものか迷う。
どうしよう、オレ全く覚えてない。そんなこと言ってったっけ? 言ってたら、相当からかわれていたと思うんだけど……
「ちなみにそれをバカにしたやつには、こっそり天誅を下しておいた」
「……ど、どのような?」
「知りたいか?」
「いえ遠慮しておきます」
怖い! 怖いよ‼ なんで満面の笑みなの!? マジでなにしたんですかヒノさん……
過去の同級生が哀れになるが、それよももっと大事なことがある。どうしてヒノは、今そんな話をして来たか、だ。
「あのさ、ヒノ……」
「なんでこの話をいきなりしたか、か?」
「あ、ああ」
察しのいいヒノは、オレの疑問を正確に当ててみせた。その気になれば察しがいいんだから、もっとそれを別のところでも活用してほしいものだ。ノリで行動するんじゃなくて。
「……お姫様を助けることができるような勇者、だよ」
「はい?」
「はーちゃんの将来の夢だ」
そ、そんなこと書いたんだっけ!? さすがは昔のオレ。大真面目にそんなことを書いていたとは……
昔の自分に呆れ返るオレだったが、ヒノの顔は至って真面目だ。
「私はそれを聞いた時、すごいと思ったんだよ」
「すごい? なんで?」
「だってそうだろう? はーちゃんの夢は、誰かを助けたいってことだった。確かに勇者と聞くと幼稚なような気もするが、本質はすごいと思う。私は自分の将来に、他人がいることを全く想定していなかったからな」
「それは……」
どう、なんだろう。オレとしては多分、バッタバッタと敵を薙ぎ倒す勇者が、カッコイイとかそんな理由で書いたんだと思う。時代的にそんな感じのゲームにハマっていた頃だったし。
「ま、私は所詮そんなものだってことだ」
「それはほら、昔の話だし」
「今も大して変わらんよ。周りは見えていないし、過去ばかりにしがみつく。十年も前の約束なんて、無効だろうにな」
「……約束?」
あれ、なんだろう。何かが引っかかる。十年前の約束……?
オレが首を傾げるのを見たヒノは、なぜだかとても悲しそうな顔をした。
「あんなもの、覚えているわけもないよな。すまない、妙なことを言って」
「……一応訊くけど、それどんな約束?」
「本当に些細な、守れるはずもない約束だったんだ。……私がはーちゃんを、勇者にしてあげる。そう、言ったんだ」
「あ……」
私がはーちゃんを、勇者にしてあげるね! だから、私のこと――
「思い出した、あれは……」
そうだ。十年前、オレは確かにヒノと約束をした。ヒノが、オレを勇者にする。そしてオレは、ヒノのことを――
「お姫様にして、一生守ってあげる」
「ああ、そうだ」
「お前、まさか……」
こちらを見るヒノは、どこか寂しそうで。その顔を見ると、胸が締め付けられた。
「そうだよ。私が異文化研究部を創ったのは、そのためだ。異世界に行く研究をするために、な」
そんな約束を守るために、ヒノはずっと……そんなの普通だったら絶対ムリなのに。それでもヒノは、約束を守ろうとした。どれほど難しくても、ヒノは諦めなかったのだ。
それを知って、なんとも言えない気持ちになる。この世界に来たしまった原因は、オレにもあったと言うことになるのだから。
「私が約束に固執し過ぎたせいで、みんなを巻き込んでしまった。はーちゃんにも、悪かったと思って――いや、違うね。ごめんね、はーちゃん」
久しぶりに聞く、ヒノの昔の言葉遣い。いつの頃からか、ヒノは今の喋り方になった。それはそれでヒノに似合うからとスルーしていたけど、いったいどうしてだったんだろう。
「ヒノ、お前なんで」
「わからないなら、教えてあげない。でもこれまでのこと全部、私のワガママのせいってのは間違いないの。だからもう、私はリーダーとかやめた方がいいと思うんだ。というわけで、はーちゃんが部長やってほしいな」
「……わかったよ」
そこまで言われては、了承するしかないじゃないか。
「オレもリーダーってのは向いてないだろうけど、精いっぱいやってみるさ」
「うん、頑張ってね、はーちゃん」
誠に勝手ながら、今からオレが部長だ。それでなにが変わる、というわけでもないだろう。責任が増えただけとも言える。
「じゃ、ちゃちゃっとこのダンジョンクリアしますか!」
部長としての初仕事。『仲間と合流せよ』開始だ!




