↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/116

灰の村

ご覧いただきありがとうございます!

よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!


それでは、どうぞお楽しみください。

分かれ道に、2本目の石柱が立っていた。


休み小屋を出て2日目の昼前だった。炭運びの老人は、この道を東へ下れば2日で街道へ出ると言った。荷の中の食べる物は、もう数えるほどしか残っていない。寄り道をしている余裕は、どこにもないはずだった。


道はそこで二手に分かれていた。本道は東へ下り続け、細い方は南の谷へ折れている。石柱は石橋の袂(たもと)にあったものと同じ形で、膝ほどの高さの表面を苔(こけ)が覆っていた。


南を向いた面を、指でこそげた。矢の形が出てきた。その横に、2つの文字が彫られていた。


俺は、しばらく手を止めた。


『レイ。読み上げてください』


背中でシグが言った。


「灰鐘(かいしょう)」


『あなたの記録帳の、最初の頁(ページ)にある地名です』


「知ってる」


最初の頁(ページ)の2行目に、ミアの字で書かれている。『18歳。灰鐘村(かいしょうむら)の生き残り。』。俺はその1行を、何度も読んできた。読むたびに、自分のことが書いてあると分かった。分かるだけだった。


文字の下には、もう1つ図が彫られていた。丸の中に、放射状の線が何本か走っている。


『これは何ですか』


「車輪だ。荷車が通れる道、という印だと思う」


『南の道は、荷車の道ですか』


俺は細い道を見た。2本の轍(わだち)の跡が、かろうじて分かる。だがその間には草が腰まで伸び、道の真ん中から細い木が何本も生えていた。俺の背より高いものもある。


「だった、だな」


何年も、誰も通っていない。


『寄り道をしますか』


シグが聞いた。


「食料は」


『菌床(きんしょう)が今日の分で終わります。黒パンが1つ。クルミが2つ。水は十分です』


「荷車の道なら、どこかで大きな道へ下りてる。村から城塞へ荷を運んだはずだ」


『それは推定ですか』


「推定だ」


『遠回りになる可能性があります』


「分かってる」


俺は石柱から手を離した。


行って何かを思い出すとは思っていなかった。7歳より前のことは、探しても何も出てこない。黒淵(こくえん)へ落とされる前、浄化の前に身体を調べられ、イレーネに聞かれたときもそうだった。村の名前。山があった。鐘があった気もする。答えられたのは、それで全部だった。


「思い出しに行くんじゃない」


『では、何のためですか』


「記録帳に書いてある場所を、自分の目で見ておく」


シグは少し黙った。


『記録と照合する、ということですね』


「そういうことにしておけ」


俺は南の道へ足を踏み入れた。草が膝に絡み、左膝が鈍く痛んだ。


谷へ下りる道は、1時間ほどで開けた。


山に囲まれた、小さな窪地(くぼち)だった。底を細い沢が流れ、両側の斜面は灰色の岩肌が剥(む)き出しになっている。沢の石も、どれも同じくすんだ灰色だった。斜面の中ほどに横穴の入口が見え、打ちつけた板で塞いである。板は黒く腐り、半分落ちていた。


「鉱石を掘ってたんだな」


『岩肌の色と、沢の石の色が一致しています』


窪地(くぼち)の平らなところに、家の土台が並んでいた。四角く組まれた石が、草の中にいくつも続いている。壁も屋根もない。石の上に残っているのは、黒く焦げた柱の根元だけだった。


俺は目の布を外した。谷の中は日が遮られ、光は目に刺さらなかった。


『基礎と推定される石組みを数えます』


シグを背中から下ろすと、3本の脚が草を分けて進んだ。単眼が石組みを1つずつなぞっていく。


俺は立ったまま、谷を見回した。山があった。周りは全部、山だった。どの山を見ても、見覚えがあるとは思えなかった。


『38です』


「38軒か」


『家屋と推定される基礎が38。より大きな基礎が1。ほかに、用途の分からない石組みが5つあります』


大きな基礎は、窪地(くぼち)の真ん中にあった。近づくと、石組みの上に黒い塊が横たわっていた。俺の背丈ほどの高さの、口を開けた釣り鐘だった。地面に半分埋まり、縁から上へ太い亀裂が走っている。表面は、沢の石と同じ灰色の金属だった。


鐘はあった。


手を伸ばし、亀裂の縁に触れた。冷たい。表面はざらつき、指に灰色の粉がついた。それだけだった。鐘の音は浮かばなかった。この鐘の前に誰かと立った覚えも、見上げた覚えもない。


違和感に気づいたのは、土台の石を見て回っているときだった。


焼けた石が多すぎた。


家の土台は、どれも黒く焦げていた。それはいい。家が燃えれば、土台も焼ける。だが、焦げ方が深すぎる。土台の石が熱で割れ、ところどころ層になって剥(は)がれていた。


「シグ。養護院の竈(かまど)の石は、毎日火を焚(た)いても、ここまで割れなかった」


『竈(かまど)の火より高い温度で焼かれた、ということですか』


「それに、全部だ」


俺は沢の向こうを指した。


「沢の向こう岸の家も、同じように焼けてる。風で火が移ったなら、沢を越えた先は焼け方が弱くなるはずだ」


『38の基礎の焦げ方に、目立った差はありません』


「村の端から端まで、同じだけ燃えた」


焦げた柱の根元に指をかけると、炭になった木が崩れて落ちた。


『あなたの推定を聞かせてください』


「推定はない。変だと思っただけだ」


魔物は火を使わない。少なくとも俺は、火をつける魔物を知らない。それ以上は考えなかった。考える材料がなかった。


骨は、鐘の周りに集まっていた。


最初は、白い石だと思った。草の間から、形の揃わない白いものがいくつものぞいている。1つを持ち上げると、軽かった。獣の頭の骨だった。狼に似ているが、牙が上下に2列ある。その隣にも、また隣にもあった。


『同じ形の頭骨が、ほかにもあります』


シグの単眼が、草の間を順に照らした。


『頭骨と推定されるものが、少なくとも27。形状から、3種類以上。すべて人間のものではありません』


「27」


俺は頭骨を下ろし、周りを見た。


38軒の村だ。大人が100人いたかどうか。鉱石を掘る男たちと、薬草を摘む女たちと、子供と年寄り。その村が、これだけの魔物を殺せたとは思えなかった。


骨を1つずつ見ていった。矢の跡がない。鏃(やじり)が刺さったままの骨もない。刃が当たった切り口も見つからなかった。代わりに、太い脚の骨が真ん中で折れていた。頭骨の1つは、横から押し潰されたように割れている。


枝で、骨の下の土を掘った。草の根の下から、黒い層が出てきた。灰だった。骨は、その灰の上に載っていた。


『骨が、灰の層の上にあります』


「村が燃えた後で、死んだってことだ」


『その推定は、観測と矛盾しません』


もう1つ、気づいたことがあった。


牙が、残っていた。2列の牙も、爪のついた足の骨も、そのままだった。山で獲った魔物の牙や皮は、売れる。兵が魔物を倒せば、倒したものは持ち帰る。


ここでは、誰も持ち帰らなかった。


村の東の端に、低い盛り土が並んでいた。


石を1つずつ載せただけの墓だった。数えかけて、やめた。名前を刻んだ石は1つもない。


俺はその前に立った。どれかに、俺の父親と母親がいるのかもしれない。いないのかもしれない。どれが誰かは分からない。分かったとしても、俺はその顔を知らない。


『レイ』


「何だ」


『あなたの心拍が、少し上がっています』


「歩いたからだ」


『そうですか』


シグはそれ以上聞かなかった。


墓から目を離し、鐘の方を振り返った。


養護院で、年上の子供たちが話していたのを覚えている。俺が見つかったとき、魔物の死骸に囲まれて座っていたと。傷ひとつなく、泣きもしなかったと。だから、あいつは呪われている。村を食わせて、自分だけ残ったのだと。


その話を、俺は疑ったことがなかった。自分が覚えていない以上、否定する材料もなかった。


だが、今は1つだけ分かる。


鐘の周りに転がっている骨の数を、7歳の子供が生き延びられる数だとは、どうしても思えなかった。


「シグ。誰が、これを殺した」


『不明です』


「そうだな」


俺も知らない。知らないことが、今までより少しだけ重かった。


日が山の端にかかると、窪地(くぼち)の中は早く暗くなった。


俺は鐘の土台の陰に火を起こさずに座り、残りの菌床(きんしょう)を食べた。これで終わりだった。黒パンは明日に残した。荷車の道が明日のうちに大きな道へ出なければ、その先に食べる物はない。


記録帳を開き、最初の頁(ページ)の2行目を指でなぞった。『18歳。灰鐘村(かいしょうむら)の生き残り。』。それから後ろの空いた頁(ページ)を開き、炭筆を当てた。


『落下から推定338日。灰鐘村(かいしょうむら)の跡。家の土台38。割れた鐘が1つ。何も思い出さなかった』


『焼けた石が多すぎる。村の端から端まで、同じだけ焼けている』


『魔物の骨が多すぎる。27以上。灰の上にある。矢と刃の跡がない。牙が残っている』


『誰が殺したのか、分からない』


書き終えてから、しばらく最後の1行を見ていた。


『記録しました』


「お前の方には、何と残した」


『あなたが書いたことと、あなたが墓の前で3分11秒立っていたことです』


「そこまで要るのか」


『あなたが何も思い出さなかったことも、ここへ来たことも、事実です』


俺は記録帳を閉じた。


夜風が窪地(くぼち)を下りてきて、割れた鐘の口の中で低く鳴った。


音と呼べるほどのものではなかった。それでも俺は、しばらくその方を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。