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封印の守り手

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

扉の向こうの足音は、9秒ごとに近づいた。


1回目は重い右足。2回目は、石を引っかくような左足。3回目だけ、音が止まる。


この扉の向こうが、竜心(りゅうしん)の内郭だった。そこまで届かなければ、南西の転移設備へ供給は戻らず、地上へ帰る道も開かない。


3回目の音が止まった直後、扉の中央が内側から膨らんだ。


俺はシグを左の壁際へ押した。金属と石が裂ける音がして、黒い爪が扉を貫く。爪は俺の胸の高さで止まり、ゆっくり引き戻された。


『攻撃間隔、9.2秒』


「足音と同じか」


『現時点では一致しています』


扉の表示は赤いままだった。


『封印守護体 待機解除』


その下に、欠けた文字が1行増える。


『神造獣(しんぞうじゅう)区分――封印外郭保持』


「生き物か」


『呼吸音を確認しています。機械のみで構成された対象ではありません』


扉の穴から、白い息が漏れた。湿った獣の臭いに、焼けた金属の臭いが混じっている。


腰の布包みには、出発前に焼いた菌が2日分ある。水は2筒。背後の通路では、赤い線と黒い杭(くい)がぶつかり続けていた。戻る道が使えるかは分からない。


「ここを開ける」


『正面端末は扉の右側です。接続した場合、私への帰還命令が増大する可能性があります』


「外から読める表示は」


『扉が破損したことで、一部が露出しています』


俺は爪が開けた穴へ近づいた。次の足音まで6秒。


穴の向こうに、円形の部屋が見えた。直径は30メートルほど。中央に黒い台座があり、その上へ白い獣が前脚を載せていた。


四足で、頭は低く、肩は俺の身長より高い。白い外殻の隙間から黒い毛が伸び、背中には7本の細い杭(くい)が刺さっている。杭(くい)から黒い管が伸び、中央の台座とつながっていた。顔の右半分は骨のような覆いに隠れ、左目だけが赤く光っていた。


足音が止まる。


「来る」


扉の前から離れた。黒い爪が穴を広げる。2撃目で、扉の右半分が内側へ折れた。


白い獣が頭を押し込んできた。口の奥に歯はない。代わりに、赤い光が集まっていた。床へ伏せる。細い光が頭上を通り、背後の壁へ穴を開けた。


『第2攻撃。爪撃から2.1秒後に口部から直線攻撃』


「3回目は止まるんじゃなかったのか」


『足音が3回目で停止します。攻撃が停止するとは記録していません』


「先に言え」


『現在記録しました』


獣が扉を押し広げる。背中の7本の杭(くい)が同時に赤く光った。黒い管が張り、獣の身体を後ろへ引く。前脚は扉の外へ出たが、後脚は中央の台座から10歩ほどしか離れていない。


「つながれてる」


『封印装置から供給を受けている可能性があります』


獣が前脚を振った。俺は左へ2歩ずれる。爪が床を抉(えぐ)り、砕けた石が左頬へ当たった。


長剣を獣の前脚へ打ち込む。刃は白い外殻で止まった。右肩へ衝撃が返る前に、手を離す。


獣は長剣を踏み、爪で折ろうとした。すでに短い刃が、さらに曲がる。俺は柄を左手で引いた。刃は抜けたが、欠けが1つ増えていた。


『外殻への有効損傷を確認できません』


「倒す相手じゃない」


『同意します。背部の接続管が伸びる範囲を確認してください』


獣が口を開いた。赤い光が集まる。


俺はシグとは逆の、右側へ走った。光が背後を追ってくる。右壁へ身体を寄せた直後、光が左脇を通り、折れた扉を焼いた。


獣が追ってきた。背中の管が張る。台座から12歩のところで、前脚が止まった。外殻の下で筋肉が盛り上がる。だが、後ろへ引く力の方が強い。


「12歩までだ」


『第3攻撃までの間隔、9.1秒。接続管の伸長限界は台座から約12歩』


獣は俺を見たまま、台座へ戻った。背中の杭(くい)から赤い光が流れ込み、白い外殻の傷が塞がっていく。俺がつけた傷ではない。古い亀裂が、呼吸と同じ速さで閉じていた。


『封印装置から修復供給を受けています』


「台座から離せば止まるか」


『接続管が切断されれば、修復供給は停止する可能性があります。ただし、封印装置の状態も変化します』


「扉はどこだ」


シグの接続棒が、獣の向こうを指した。円形の部屋の反対側。中央台座の後ろに、赤い管が集まる細い扉がある。獣の守る台座を回り込めば、約40メートル。


「お前はここで記録しろ」


『私を単独で残す判断に反対します』


「戦えないだろ」


『扉が完全に破壊された場合、退避場所がありません』


獣の足音が始まった。9秒。黒い爪が来る。


俺は扉の右側へ移り、硬殻(こうかく)Lv.3を左前腕と右脛(すね)へ展開した。爪を左前腕で受け流す。殻の表面を滑った爪が、壁へ刺さった。衝撃は肩まで届いた。だが、右肩の痛みは増えていない。


「扉の陰なら、口の攻撃は当たらない」


『爪撃は到達します』


「9秒ごとに避けろ」


『私の移動速度では困難です』


俺は床へ落ちていた扉の破片を立てた。幅はシグの仮設躯体(くたい)より少し広い。壁と破片の間へシグを入れ、外側を折れた扉の金属枠で支える。


「爪が来たら、反対へ動け」


『戦闘への参加ではありません』


「記録しながら避けるだけだ」


『その定義には同意できません』


「でもやる」


『否定はしません』


足音が止まった。爪が来る。


シグは左へ動いた。扉の破片が爪を受け、石壁へ押しつけられる。仮設躯体(くたい)には届かない。2.1秒後、口の赤い光が破片の上を通った。


『第4攻撃。前回と同一順序』


「次も同じなら入る」


俺は扉の穴から、円形の部屋へ入った。足元には、白い外殻の破片と黒い毛が積もっている。暗視(あんし)Lv.2でも、部屋の奥は赤い脈動に揺れて見えた。


獣は中央台座へ戻っていた。背中の杭(くい)が光り、顔がこちらへ向く。


『次の爪撃まで6秒』


シグの声が扉越しに届いた。俺は右へ走る。獣が追う。


『3秒』


前脚が上がった。爪が振り下ろされる前に、左へ切り返す。床が砕けた。


『口部攻撃まで2.1秒』


赤い光が集まる。俺は中央台座を間に挟んだ。光は台座へ当たらなかった。獣は首を振り、射線を外へずらした。封印装置を傷つけないよう動いている。


「台座は攻撃しない」


『守護対象として認識している可能性があります』


俺はさらに右へ回った。獣が追い、背中の管が伸びる。台座から8歩、10歩、12歩。管が張り、獣の動きが止まった。距離を2歩開けると、獣は戻った。追ってこない。


「これじゃ離れない」


『接続管を切断しますか』


「切れば、俺を追わなくなるかもしれない」


『攻撃対象より封印装置を優先しています』


獣は台座へ戻り、背中を向けた。7本の管が緩む。接続を守るなら、管へ触れれば止めに来るはずだ。


俺は小型刃を抜き、台座へ3歩近づいた。


獣が振り返った。足音はない。爪が、横から来る。


予兆が変わった。左腕を引き、後ろへ倒れる。爪が胸の前を通り、白い衣の胸元が裂けた。避けきれなかった先端が、右脇腹をかすめる。皮膚が開き、熱が流れた。深くはない。


「台座に近づくと周期が消える」


『記録しました。守護対象への接近時は即時攻撃』


獣が前脚を引いた。俺は離れる。9秒の足音が戻った。


周期があるのは、侵入者を追う時だけだ。台座を守る時は、待たない。


「管を切らない」


『別の方法を提示してください』


「切るふりをする」


俺は小型刃を台座へ向けたまま、外周へ下がった。


獣が身体を低くする。背中の管が張るより先に、床を蹴った。一直線に来る。


俺は台座から離れる方向へ走った。獣は止まらない。10歩、11歩、12歩。接続管が張った。いつもなら、そこで止まる。


俺は小型刃を振り上げ、管へ投げる動きを見せた。


獣がさらに前へ出た。1本目の管が、根元から抜けた。黒い液体が床へ散る。


獣が吠えた。音ではなく、胸の中へ重い振動が来た。残る6本の管が赤く光る。


『封印供給上昇』


「まだ足りない」


俺は後ろへ走った。獣が追う。2本目が抜けた。3本目は途中で裂けた。背中の杭(くい)から赤い光が漏れ、外殻の修復が止まった。


だが、獣の速度は落ちない。むしろ速くなった。


『次の爪撃まで4秒』


周期が半分以下になっている。


右へ曲がった。白い爪が左肩をかすめ、衣と皮膚が切れる。血が腕へ流れた。


硬殻(こうかく)Lv.3を左肩から背中へ広げる。次の突進を受ける前に、壁際へ寄った。


獣が頭から突っ込んでくる。俺は最後の瞬間に左へ跳んだ。白い外殻が壁へ衝突し、4本目と5本目の管が抜けた。


残り2本。獣は倒れない。頭を振り、俺へ向き直る。赤い左目の光が弱くなっていた。


『封印装置からの供給、初回観測時の31%』


「シグ、扉へ行け」


『私と出口扉の間に対象がいます』


「俺が外へ引く」


部屋の反対側へ走った。獣が追う。残る管が伸び、背中の杭(くい)が外れかけた。6本目が抜ける。


最後の1本だけが、獣の背骨近くから台座へつながっていた。


獣の足が止まった。頭が下がる。外殻の隙間から、黒い毛と血が見えた。


殺せるかもしれない。だが、倒せば何が起きるか分からない。討伐しても、扉が開くとは限らない。


俺は長剣を下げた。


「来い」


小型刃を最後の管へ向ける。獣の左目が強く光った。最後の力で踏み込んでくる。


俺は管から離れる方向へ走った。獣が追う。最後の管が、台座から抜けた。


赤い光が消えた。中央台座の上で、7つの穴が同時に閉じる。部屋の反対側にある扉が、開き始めた。壁に表示が浮かぶ。


『封印外郭保持対象、離脱』


『内郭経路、緊急閉鎖まで18秒』


「シグ!」


仮設躯体(くたい)が壁際から出た。


獣は俺の前にいる。供給を失っても、立っていた。爪が床を掻(か)く。だが、追撃の前に呼吸が乱れた。


俺は獣の右側を回り、中央台座へ戻った。


『12秒』


シグが開いた扉へ向かう。補助輪が床の溝へ落ち、速度が落ちた。獣がシグの音へ顔を向ける。


俺は長剣で白い外殻を叩いた。


「こっちだ」


刃は通らない。それでも、獣は俺へ向き直った。


爪が来る。左前腕へ硬殻(こうかく)Lv.3を集中した。受け止めず、外側へ流す。爪が床へ刺さった。


『7秒』


俺は柄を獣の関節へ押し込み、身体を横へずらした。獣が腕を引く。長剣が挟まれた。刃から硬い音がして、亀裂が根元まで走る。抜けない。俺は手を離した。


『4秒』


シグが扉を越えた。俺も走る。


後ろで獣が長剣を噛(か)み砕いた。金属片が背中へ当たる。扉の内側へ滑り込んだ。


『1秒』


シグの接続棒が、壁の閉鎖器を押した。扉が降りる。白い爪が隙間へ入った。


俺は左足で爪を蹴り返した。扉が閉じた。


向こう側で、獣が壁へ身体をぶつけた。1回。2回。3回目は来なかった。


俺は左肩を押さえた。出血は続いているが、深くない。右脇腹の傷も、衣の内側だけを濡らしていた。左腿(もも)は熱を持っている。右肩は動く。


「記録は」


『封印守護体、神造獣(しんぞうじゅう)区分。攻撃周期は通常9.1〜9.2秒。爪撃から2.1秒後に口部攻撃。封印装置への接近時は周期を無視。供給接続7本を失い、外郭保持範囲から離脱。未討伐です』


討伐通知は出ていない。能力値も変わらない。それでいい。


「食料は」


『携行分2日。背後の菌床(きんしょう)へ戻れる保証はありません』


「自己治癒(じこちゆ)Lv.1は使わない」


『同意します。先に止血と固定を行います』


シグが左外装の隙間から細い留め具を出した。布を肩へ当て、固定する。


シグの指は冷たかった。手当てされた時の温かさを比べようとしても、何も浮かばない。それでも、布を強く結びすぎるなと言われたことは覚えていた。


俺は結び目を少し緩めた。


『固定が緩みました』


「これでいい」


『記録します』


封印の守り手は倒さなかった。長剣も失った。それでも、最後の扉は越えた。


前方の通路には、赤い光が流れている。57秒ごとの脈動ではなかった。もっと速い。鼓動に近い間隔で、床と壁が明滅している。


通路の先は円形に開け、その中央に、心臓のような黒い塊が浮かんでいた。まだ遠い。それでも、脈打(みゃくう)つたびに胸の奥まで振動が届いた。


シグの接続棒が、前方へ持ち上がる。今度は帰還命令だけではない。雑音の間に、シグのものではない低い声が混じった。


『――アルド』


あの黒い竜と同じ呼び方だった。誰の声かは分からない。俺は止血した左肩から手を離した。


答えはしない。転移設備へ供給を戻すまで、聞くべきものは決めていた。


通路の先で、黒い心臓がまた脈打(みゃくう)った。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!


第1話はこちら → (https://ncode.syosetu.com/n3368ms/1)

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