心臓へ続く道
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それでは、どうぞお楽しみください。
扉の向こうへ入れるのは、5.7秒だった。
シグは正門から15歩離れ、2枚の鏡板を向けている。俺は右側管路の保守切替器へ結んだ細い管を、左手に巻いた。足元には折れた長剣。腰には小型刃。背中には、磨いた金属板を細長く切ったものを3枚差していた。
今日は中を見て、生きて戻る。シグと2人で通る道は、内側の筒と柱を見なければ作れない。拠点の菌床で食いつなげる日数にも、限りがあった。
『脈動まで10秒』
「入った後は」
『右壁へ寄ってください。前回の記録では、左右の壁に攻撃筒が数十本。中央の黒い柱は3本です』
「動くものを狙うか」
『都市防衛系統は侵入者を追尾します。封印系統は、中央線を越える接続物を排除すると推定します』
「推定か」
『内部記録はありません』
「十分だ」
『十分ではありません』
赤い光が街を脈打った。
『20秒』
俺は管を引いた。右側の封印表示が消える。23秒。都市防衛表示も消えた。
長剣の断面を床の継ぎ目へ差し込み、左足で柄を押す。扉が手の幅まで開いた。身体を横にして滑り込むと、右肩が石へ擦れた。
扉の内側へ入った時、シグの声が外から届いた。
『残り4.8秒』
長剣を引き抜く。扉が背後で閉じた。暗闇の中で、左右の赤い線が一斉に点いた。
暗視Lv.2を使う。通路は幅8歩ほど。正面へ24歩先に、もう1枚の扉がある。
右壁には細い攻撃筒が14本。左壁にも14本。黒い柱は通路の中央へ並び、床から天井まで伸びていた。柱の間には、薄い黒色の膜が張られている。
俺が右足を動かした瞬間、右壁の1本が回った。筒口の赤い光が胸へ向く。
床を蹴り、右壁へ身体を寄せた。赤い線が左脇を通り、背後の扉を叩く。熱ではない。石の表面が、内側へ抉れていた。
続けて左壁の2本が動き、筒口が俺を追ってきた。俺は背中の金属片を1枚抜き、中央へ投げた。赤い線が金属片を追う。
金属片が黒い膜へ触れる直前、中央の柱から黒い杭が伸びた。杭が金属片を貫く。遅れて、左右の赤い線が同じ場所へ入った。
黒い杭の表面が砕けた。柱全体が揺れる。
「届く」
攻撃範囲は重なっていた。だが、柱は止まらない。黒い杭が引き戻され、砕けた部分へ黒い液体が集まる。赤い線を受けた傷が、塞がり始めた。
左壁の筒が俺へ戻る。腰を落とした瞬間、右肩が引きつった。1本目の線は頭上を通った。2本目は避けきれない。
左前腕と右脇腹へ硬殻Lv.3を展開する。赤い線が左前腕へ当たった。殻は割れなかった。だが、衝撃で身体が壁へ叩きつけられ、右肩の奥が熱くなった。
息が止まる。筒口が3つ、こちらへ向いた。
俺は床を転がり、閉じた正門の下へ小型刃を差し込んだ。外へ向けて3回叩く。シグと決めた撤退合図だった。
『次の空白まで31秒』
声は扉越しに小さく聞こえた。31秒は長い。
2枚目の金属片を左へ投げた。左壁の筒が追い、中央の柱から黒い杭が出る。赤い線と黒い杭がぶつかった。今度は赤い線が逸れ、右壁の筒を直撃した。筒が根元から曲がり、1本止まる。
だが、残りは27本ある。
正面の扉まで24歩。走れば届く。だが、シグは通れない。
俺は正門の陰へ戻った。右肩を壁へつけないよう、左膝を床につく。筒は俺を狙い続けているが、正門の縁が射線を切っていた。赤い脈動が来るまで、呼吸を整えた。
『20秒』
外で保守切替器が動く音がした。
『23秒』
正門の固定が外れる。小型刃を隙間へ入れ、両手で押し上げた。右肩には力を入れない。扉が開き、外からシグの接続棒が差し込まれた。
『残り4秒』
俺は身体を滑らせた。シグが棒を引く。扉が閉じた。外へ戻った直後、右膝が床についた。
『右肩を確認します』
「戻れた」
『確認事項への回答ではありません』
右腕を胸の高さまで上げてみた。途中で鈍い痛みが走る。前回より低い位置だった。
左前腕の殻は消えている。皮膚に傷はないが、薬指と小指の感覚はさらに薄かった。
「左の指が、少し遠い」
『感覚低下の進行として記録します』
シグの青い光が、俺の左手から拠点の方角へ移った。
『拠点へ戻ります。都市防衛系統と封印系統の攻撃範囲が重なることを確認。赤色攻撃筒1本が停止。黒色封印柱は損傷後に自己修復』
「使える」
『再進入には反対します』
「今日は戻る」
◆
菌床の白い部分は、端から黒くなり始めていた。
食べられる層を金属板へ並べる。管路の熱が10回通るまで待ち、少量ずつ口へ入れた。苦みが強い。毒分解Lv.4が、腹の奥へ熱を作る。
シグは菌床の残量と、これまでの摂取量を並べた。
『現在の成熟部分は、通常摂取で推定8日分です』
「新しい層は」
『成長しています。ただし、黒変が前回測定より6%拡大しています』
「管路の熱が強くなったせいか」
『可能性があります。断定できません』
右肩の固定を外した。腫れはない。だが、腕を胸の高さまで上げると、肩の奥に硬い痛みが残った。このまま次へ入れば、長剣を押し込む動作で悪化する。
菌を2食分近く食べ、水を飲んだ。右肩へ自己治癒Lv.1を8秒だけ使う。
傷の奥が脈打った。止めても反応は続く。熱が肩から胸へ広がり、腹が急に空になった。シグの『1分』で水を少し飲む。『2分40秒。反応低下』と告げられる頃には、汗が首を流れていた。
『3分18秒。停止を確認』
右腕を上げる。痛みが出る位置は戻った。治ってはいない。食べた菌の量だけが減った。
『今回の消費を反映します。通常摂取へ換算し、成熟部分は推定6日分です』
「もう1回使えば」
『同程度の使用で4日分。戦闘後の追加摂取量を含めれば、それ以下です』
「新しい菌が育つまで」
『現在の成長速度では5日以上。黒変が続けば延長します』
再挑戦して傷を増やし、また自己治癒Lv.1を使えば、戻った後に食べる分がなくなる。あと何度でも試せる場所ではない。
俺は記録帳へ書いた。
『東側正門内。攻撃筒28本、うち1本停止。封印柱3本。攻撃範囲は重なる。成熟菌床、通常6日分。短時間の自己治癒をもう1回使えば4日分以下』
「次で通す」
『成功率を算出できません』
「何が足りない」
『封印柱を損傷させても修復します。1本ずつ攻撃を重ねた場合、食料が先に尽きます』
「同時に壊す」
『都市防衛系統はレイを追尾します。封印系統は中央線へ入った物体を排除します』
「なら、俺が中央を走る」
『反対します』
「柱の間へ入って、筒の射線を重ねる」
『複数方向から攻撃を受けます』
「全部は避けない。柱に当てる」
『右肩と左腿の損傷が再発する可能性があります』
「分かってる」
『理解と許容は同一ではありません』
俺は記録帳を閉じた。
「シグを通す幅が必要だ」
『私を外へ残し、レイだけが進入する選択肢があります』
「ない」
『転移供給の回復を優先するなら、合理的です』
「お前の記録が必要だ」
それだけではなかった。だが、言葉にする必要はない。
シグの青い光が、閉じた記録帳へ向いた。
『次回は、撤退可能時間を先に設定します』
「57秒を2回」
『長すぎます。1回です』
「柱を3本壊すには足りない」
『破壊ではなく、制御を奪わせます。停止した攻撃筒は、封印柱からの反撃を受けた直後に都市防衛系統から切り離されました。3本の柱へ別方向の攻撃を同時に当てれば、都市防衛系統が損傷設備を再編する可能性があります』
「筒を守るために、柱を敵と判断する」
『可能性です』
「それでいい」
俺たちは鏡板を3枚へ増やした。攻撃筒の向きを外から確認するため、左右と中央へ置く。長剣には細い管を2本結んだ。投げた後、引く方向を変えるためだ。
シグは57秒の間に動く順番を記録した。最初の7秒で正門を通過。右側の射線を中央柱へ重ねる。次に左側を奥の柱へ向ける。最後の柱は、正面扉の前で誘導する。失敗したら、次の空白で撤退する。それ以上は続けない。
「撤退の合図は同じだ。3回叩く」
『記録済みです』
翌日、左腿の熱が下がったことを確かめた。成熟菌床を食べ、水を満たす。自己治癒Lv.1は使わない。
東側正門へ戻った。シグは15歩後方にいる。
『脈動まで10秒』
俺は管を引いた。23秒後、2つの表示が消える。正門を開け、内側へ入った。赤い攻撃筒が回る。
中央の黒い膜へ、長剣を投げた。黒い杭が伸びる。同時に、俺は右へ2歩動いた。
右壁の筒が俺を追い、赤い線を放つ。俺は左へ倒れ込んだ。赤い線が黒い杭へ当たる。2本目、3本目も同じ位置へ入った。
黒い杭が砕け、手前の柱へ亀裂が走った。柱から別の杭が右壁へ伸び、攻撃筒3本をまとめて押し潰す。右壁の赤い表示が点滅した。
『損傷設備を確認』
壁面から古い音声が流れる。
『都市防衛対象を再設定』
「1本」
長剣へ結んだ管を引く。刃が黒い膜から外れ、左側へ跳ねた。俺も左へ走る。
左壁の筒口が追ってくる。正面から黒い杭が伸びた。左足で床を蹴り、3歩右へずれる。
赤い線が杭を削った。さらに4本が奥の柱へ重なる。黒い柱の表面が割れ、反撃の杭が左壁へ突き刺さった。攻撃筒の根元が引き裂かれる。
『封印設備からの攻撃を確認』
『都市防衛対象を追加』
左右の筒が、俺ではなく黒い柱へ向き始めた。赤い線が通路の中央へ集中する。3本の柱が同時に揺れ、黒い膜が歪んだ。
正面の扉まで12歩。俺は長剣を引き寄せ、走った。
黒い杭が足元へ突き出る。右脛と左前腕へ硬殻Lv.3を展開した。杭を右脛で逸らす。衝撃で左腿の奥が痛んだが、足は止めない。
残り6歩。
正面扉の前で振り返った。都市防衛の赤い線と、封印柱の黒い杭が、通路中央でぶつかっている。どちらも俺を追っていない。
「シグ、来い!」
正門の向こうで、低い補助輪の音がした。命令空白が終わる前に、シグの3本の脚が扉の下へ入る。
『残り1.1秒』
補助輪が継ぎ目へ引っかかった。俺は戻り、左手で仮設躯体をつかんだ。右手は使わない。身体ごと後ろへ引く。
正門が閉じ始めた。シグの外装が扉へ擦れる。最後の脚が内側へ抜け、扉が閉じた。
『進入を確認』
「壊れたか」
『左外装に新規損傷。駆動は継続可能です』
「道は」
振り返る。3本の黒い柱には赤い線が集中し、左右の攻撃筒へは黒い杭が伸びていた。互いの命令が、互いを侵入者として排除し続けている。
通路の中央に、誰も狙わない細い道が残った。
『都市防衛系統と封印系統の競合が固定化しています。継続時間は不明です』
「今のうちに進む」
正面扉の表示が赤く点いた。
『竜心外郭 第二封鎖』
その下に、別の文字が浮かぶ。
『封印守護体 待機解除』
扉の向こうで、重いものが床へ降りた。1回。間を置いて、もう1回。足音だった。
俺は長剣を拾った。右肩の痛みは増えていない。左腿は熱を持っているが、血は出ていない。
シグが3本の脚を整え、俺の横へ止まる。
『成熟菌床は、通常6日分です』
「戻って食べる道は」
背後では、赤い線と黒い杭がぶつかり続けている。
『保証できません』
「なら、前へ行く」
心臓へ続く道は開いた。
その先で、封印を守るものが目を覚ましていた。
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