二つの命令
ご覧いただきありがとうございます!
よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!
それでは、どうぞお楽しみください。
東側正門の表示が消えるまで、あと4秒だった。
俺は扉から6歩離れ、折れた長剣を床の継ぎ目へ立てた。刃に結んだ細い布が、赤い光を受けて暗く染まる。
この扉の奥が竜心区画だ。そこの封鎖を解かなければ、南西の転移設備へ供給は戻らない。地上へ帰る道は、この1.6秒の向こうにしかなかった。
3秒。2秒。赤い脈動から23秒後、扉の左右に並ぶ表示が同時に消えた。
「今だ」
シグの接続棒が、床へ置いた金属片を押した。扉の下で乾いた音が鳴る。布が指1本分だけ奥へ引かれ、すぐに止まった。
1.6秒。表示が戻ると、長剣が床から弾き出された。刃の欠けた部分が石を擦り、俺の足元まで滑ってくる。
『前回と同じです。開放量は1.8センチ。命令空白の終了後、閉鎖が再開しました』
扉の下には、布の切れた端だけが見えていた。通れる幅ではない。だが、空白の間だけ扉は動いた。止まっていた機構が、命令を失った時に元の位置へ戻ろうとしている。
「閉じろという命令が2つあるんじゃない」
『その可能性が高いと判断します』
「片方は閉じてる。もう片方は、別の場所へ動かそうとしてる」
『確認には、2系統の表示を同時に記録する必要があります』
正門の左側には、都市防衛の表示がある。右側は黒い管に覆われ、文字がほとんど見えない。管へ近づくほど、シグの接続棒が中央構造物へ向こうとした。直接つなぐことはできない。
「外から読める場所を探す」
『右側管路の裏に保守表示があります。ただし、私への帰還命令は前回位置より3%上昇しています。現在は拒否可能です』
「なら行く」
俺は長剣を拾い、扉の右へ回った。壁と黒い管の間は1歩もない。右肩を前へ出せば管へ触れるため、左肩から身体を入れた。
左腿を深く曲げると、閉じた傷の奥が熱を持つ。止まらずに、7歩進んだ。
管の裏に、手のひら2枚分の暗い板があった。
『外部保守表示を確認。接続は不要です。読めるのは一部のみです』
赤い脈動が通った。板に2列の文字が浮かぶ。
『都市防衛命令 外郭侵入を拒否』
その下は欠けていた。次の脈動を待つ。57秒後、下の列に別の文字が現れた。
『封印命令 封印対象の外部接続を拒否』
「同じ扉を使ってるのか」
『はい。都市防衛命令は外から内への進入を拒否しています。封印命令は内から外への接続を拒否しています。制御対象は同一です』
板の端に、小さな矢印が2つあった。都市防衛命令の矢印は外へ向いている。封印命令の矢印は内へ向いていた。
2つの命令は、同じ扉を反対側から押している。力が等しい間は閉じたまま動かない。優先が切り替わる時だけ、どちらの固定も外れる。それが1.6秒の空白だった。
「片方を止めれば」
『残った命令が扉を固定します。都市防衛命令を切れば封印命令が内側から、封印命令を切れば都市防衛命令が外側から閉じます』
「両方を同時に止めるしかない」
『同意します』
板の文字が切り替わった。欠けていた下段が、脈動の一瞬だけ赤く浮かぶ。
『封印対象 ヴォルグラム』
喉の奥が乾いた。
黒い翼。7本の白い槍に縫い止められた影が、奈落へ落ちたばかりの俺を別の名で呼んだ。『アルド』と。
あの声の名前が、目の前の板に残っている。
「ヴォルグラム」
『記録します。封印対象の識別名として表示されました』
「竜心の中にいるのか」
『断定できません。表示は、封印命令の対象名だけを示しています』
黒い管の奥で、何かが軋んだ。シグの接続棒が持ち上がる。俺は身体を戻し、棒の根元を左手で押さえた。
『帰還命令強度、さらに5%上昇』
「下がる」
壁の隙間を戻る。右肩を捻らないよう、足だけを先に外へ出した。最後の1歩で左腿が震えたが、血は出ていない。
正門から12歩離れると、シグの接続棒が下がった。
『帰還命令強度が低下。第12層進入時との比較で15%上昇まで戻りました。今の最大は、20%上昇です』
「次は、お前をあそこへ入れない」
『私が記録しなければ、2系統の切り替えを同時に確認できません。正門左側と右側の表示は、同一地点から視認できません』
「鏡を使う」
『鏡に該当する物品は、現在の所持品にありません』
「物資保全区画にあった。磨けば光を返す薄い板だ」
俺たちは拠点へ戻った。
菌床を管路の熱で焼き、水を少しずつ飲む。左腿の熱が下がるまで休み、その間に金属板を小型刃で削った。曇った表面を石粉で磨く。像は歪むが、赤い表示が点いたか消えたかは分かる。
2枚作った。1枚は正門左の都市防衛表示へ向ける。もう1枚は右側管路の保守表示へ向け、角度を変えられるよう細い軸へ固定した。
『反射像から文字を読むことは困難です』
「消える時間だけ見ればいい」
『表示の色と点灯時間は記録できます』
「お前は正門から15歩より近づくな」
『その場合、右側の板の調整と、空白時間中の扉の操作を、レイが同時に行うことになります』
「順番を作る」
シグはすぐに返さなかった。青い光が、鏡板と俺の右肩を順に向く。
『右肩の可動域を超える作業が含まれます。左腿の熱も再発しています』
「胸より上には上げない。今日は測るだけだ。勝手に次へ進んだら止めろ」
『同意します。その記録を保持します』
記録帳へ、2つの命令を書き分けた。
『都市防衛命令。外から内への進入を拒否。封印命令。封印対象ヴォルグラムの外部接続を拒否。同じ正門を逆方向から固定』
その下に、シグが読み取った時刻を並べる。脈動から23秒。空白1.6秒。帰還命令は正門右側で最大20%上昇。
書いた数字を見ても、あの竜のことは何も分からなかった。
分かっているのは、あの影が俺をアルドと呼んだことだけだ。なぜ呼んだのか。アルド・クロウの記録と、ヴォルグラムの封印がどうつながるのか。
今は、答えを探す場所が違う。転移設備へ供給を戻す。それが先だった。
菌を食べ終えた後、左腿へ布を巻き直した。傷は開いていない。右肩も腫れてはいないが、金属板を磨き続けたせいで、胸の高さまで上げると重かった。
『本日の移動距離は、前回の中央外周探索時より18%少なくしてください』
「正門まで往復するだけだ。試すのは2回」
『1回を推奨します』
「最初は切り替えを見るだけだ」
『それを1回として記録します』
「なら2回だ。悪化したら戻る」
『その条件で同意します』
◆
正門前へ戻り、2枚の鏡板を置いた。左の板には都市防衛表示の赤い光が映る。右の板には、封印表示の暗い線だけが揺れていた。
俺は2本の細い金属片を用意した。片方は、左の床にある防衛検知板へ差し込む。
もう片方は右側管路の保守切替器へ結んだ。切替器を直接引けば帰還命令の範囲へ入る。菌床で使っていた細い管をつなぎ、12歩離れた場所から動かせるようにした。
『脈動まで10秒』
俺は左の金属片へ足を載せた。
『5秒』
赤い光が中央構造物から広がる。街の壁、床、頭上の橋が同時に脈打った。
『脈動を確認』
都市防衛表示が点く。俺が検知板を踏んだことで、外郭侵入の判定が続いた。
『10秒』
右側の封印表示も点いた。
『都市防衛命令、継続。封印命令、待機』
「23秒で切り替わるんじゃないのか」
『通常時とは異なります。侵入判定によって都市防衛命令の保持時間が延長されています』
これでは空白が来ない。俺は足を外した。
都市防衛表示が消える。同時に、封印表示が強く光った。扉の奥で金属が噛み合う音がした。
『封印命令へ即時移行。空白は0.3秒未満です』
「片方を長くすれば、もう片方が待つだけか」
『はい。停止ではなく、優先権の移動です』
次の脈動を待った。今度は検知板を踏まない。
23秒後、2枚の鏡から光が消えた。1.6秒後、封印表示が先に戻る。その0.4秒後に、都市防衛表示が戻った。
「同時に消えてるんじゃない」
『正確には、都市防衛命令が終了してから封印命令が成立するまで1.6秒。都市防衛命令の再待機化まで2秒です』
「なら、封印命令が戻るのを遅らせる」
『保守切替器を操作した場合、封印命令は別経路へ再送されます。どれだけ遅れるかは、外部表示からは測定できません』
「やる」
『1回のみを推奨します』
「分かった。1回だ」
俺は管を左手へ巻いた。右手には長剣を持つ。扉が開いたら、床の継ぎ目へ刃を入れて戻りを遅らせる。
赤い脈動が来た。
『20秒』
左の鏡で、都市防衛表示が揺れる。
『22秒』
俺は管を引いた。右側の保守切替器が動き、封印表示が消えた。
23秒。都市防衛表示も消える。扉の下で、重い機構が外れた。
俺は長剣の断面を継ぎ目へ差し込み、左足で柄を押した。扉が指3本分開く。
『2秒』
さらに押す。右肩へ鈍い痛みが走った。胸より上には上げず、体重だけを柄へかける。隙間が手の幅まで広がった。
『4秒』
扉の向こうに、赤い線が並ぶ通路が見えた。左右の壁へ、細い筒が何十本も収納されている。正面奥には、黒い柱が3本。その柱の間で、何かの影が動いた。
『5.7秒。封印命令、再送を確認』
長剣を抜く。扉が閉じた。
刃が挟まれる直前、俺は右手を離した。長剣は床を滑り、こちら側へ残った。
閉鎖音が正門前へ響く。2枚の表示が戻った。都市防衛命令と、封印命令。両方とも、何もなかったように赤く光っている。
『命令空白、5.7秒。通常時より4.1秒延長』
「通れる」
『レイ単独であれば可能性があります。ただし、扉の内側に防衛設備を確認しました』
「見えた」
『私は通過できません。扉下部の開放幅と補助輪の速度では、5.7秒以内の進入は困難です』
「置いていかない」
『竜心区画へ進入しなければ、転移供給は回復しません』
「別の道を作る」
鏡板の記録を見た。都市防衛命令が消える位置。封印命令を遅らせる保守切替器。扉の内側に並ぶ攻撃筒。
片方を止めれば、もう片方が動く。2つとも壊せば、何が先に動くか分からない。
だが、2つの命令が同じ設備を奪い合うなら、扉だけではなく、内側の防衛機構も奪い合っているはずだ。
「中の筒も、同じ命令で動くか」
『都市防衛系統への接続を確認しました。黒い柱は封印系統である可能性があります』
「互いに向けられるか」
『配置上、攻撃範囲の一部は重なります』
正門の向こうで、金属が動いた。今度は1つではない。左右から違う速さで、床を擦る音が近づいてくる。
俺は鏡板を回収した。
「戻る。次は、あいつらに道を開けさせる」
『本日の追加試行には反対します』
「今日はしない。食べて、休んでからだ」
『その発言も記録します』
扉の赤い光が57秒ごとに脈打つ。そのたびに、2つの命令が同じ場所を奪い合っていた。
空白は5.7秒。まだシグと一緒には通れない。
だが、竜心へ続く道を塞いでいるものは、1つではなかった。
2つあるなら、ぶつけられる。
お読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!
感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。
それでは、次回の更新でお会いしましょう!
第1話はこちら → (https://ncode.syosetu.com/n3368ms/1)




