壊れない場所
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それでは、どうぞお楽しみください。
扉の向こうで、足音が3つに分かれた。重い音が正面から2つ。軽い金属音が右奥から1つ。どれも止まらず、一定の間隔で近づいてくる。
背後では、黒い光に染まった刃が休みなく通路を往復していた。後ろへは戻れない。第12層へ続く道は、この扉の先にしかなかった。食料は保存食候補が4分の1食分と、干し肉が1片半。ここで足を止めれば、身体の方が先に尽きる。
俺は扉へ左手をつけたまま、シグを見下ろした。
「開くのか」
『通過者を敵性対象として登録した時点で、内側の閉鎖が解除されています』
「ここにいても挟まれる。開けろ」
シグが接続棒を扉脇の穴へ入れた。青い線が縁を走り、扉が左右へ開く。
白い床だった。幅は約30メートル、奥行きは50メートル以上ある。天井まで届く太い柱が左右に4本ずつ並び、柱の間には腰の高さの金属台が置かれていた。奥の壁に、閉じた扉が1つある。
その手前を、3体の機械が塞いでいた。正面の2体は四脚で、低い胴体の上に筒と刃のついた輪が回っている。右奥の1体は細い六脚で、胴体の前へ2本の金属腕を畳んでいた。
『都市防衛命令を確認』
四脚の筒がこちらを向いた。俺はシグを左足で扉の陰へ押し、左前腕へ硬殻Lv.2を展開して顔の前へ上げた。
青白い光は殻へ届かず、足元の床へ落ちた。石の表面だけが細かく砕け、灰のように散った。衝撃が右肩まで抜ける。2射目は扉の縁を削り、金属が薄く剥がれて粉になった。ここに残れば、少しずつ削られる。
「奥の扉まで何メートルだ」
『この扉から直線で約54メートルです』
3射目が左側の柱へ当たった。表面が手のひらほど消えたが、内部までは届いていない。1発は持つ。同じ柱に留まらなければいい。
長剣を鞘から抜いた。刃で機械を斬るためではない。欠けを増やせば、第12層まで持たない。
「シグ。俺が最初の柱へ着いたら来い。撃つ方は俺が引く」
『最初の柱まで、私の速度で9秒です』
「俺が5秒先に出る」
筒の内側へ青白い光が集まった瞬間、俺は走った。最初の柱まで7歩。発射の直前に身体を沈めると、光は左足の後ろへ着弾し、砕けた石の細片が腿へ当たった。俺は柱の陰へ滑り込んだ。
「来い!」
シグが扉から出た。四脚の1体がシグへ向きを変える。俺は柱から半身を出し、長剣の腹で金属台を叩いた。音に反応して筒が俺へ戻る。2発が続けて柱の同じ場所へ当たり、表面が深く抉れて柱全体が震えた。
シグが陰へ入った。
『9.4秒。想定より0.4秒遅延しました』
この柱から次の柱まで約11メートル。右奥の六脚機はまだ動かず、先端に細い輪を3つずつ並べた2本の腕を、シグへ向けていた。
四脚2体の輪が止まった。筒の横から刃が開き、2体が同時に前へ出る。
『近接へ移行。接近まで6秒』
右から来る個体の方が近い。柱の角を使う。
右の個体が踏み込み、回転刃が柱を削って速度が落ちた。その瞬間、俺は長剣の切っ先を脚の付け根へ差し込んだ。斬らずに刃を横へ倒し、脚の向きだけを逸らす。四脚機は柱へぶつかり、輪の刃が石へ食い込んで止まった。
左から2体目が来た。刃は受けず、硬殻Lv.2の左前腕を輪の外側へ当てる。殻と金属が擦れ、身体ごと柱の裏へ押された。右肩の固定帯が胸へ食い込み、左脚では踏ん張れない。押し返さずに腕を滑らせると、輪の向きが柱へずれ、2体目の刃も石へ食い込んだ。
「シグ、次へ行け」
動かなかった六脚機が、いつの間にか次の柱との間へ移っていた。6本の脚はほとんど音を立てない。2本の腕が開き、輪の内側から伸びた細い線がシグの接続棒へ絡みついた。攻撃ではない。回収する動きだった。
『外部接続を確認。命令の照合を受けています。駆動が低下』
補助輪が止まる。背後で、四脚機が柱から刃を抜き始めた。
俺は3歩で六脚機へ寄り、絡んだ線へ長剣を当てた。細い線は見た目より硬く、1度では切れない。背後で回転音が上がる。左前腕の殻を解いて左脛へ移し、右から来た刃の側面を脛で蹴った。衝撃が膝から腿まで痺れ、輪は下へ逸れて床を削った。
もう一度斬る。1本が切れた。残りは3本。
『右後方、2体目』
振り返らず、長剣を線の束へ差し込んで柄を床へ押し下げた。2本目が切れる。右肩の後ろへ風が当たり、背中へ殻を移した。遅い。殻が広がる前に、回転刃の端が腰の鞘を打った。鞘口が割れ、革帯ごと長剣の柄へ絡む。
俺は鞘を腰から外し、刃へ投げた。壊れた鞘が輪へ巻き込まれ、木と革が砕けて回転が一瞬だけ鈍る。もう戻せない。その一瞬で3本目を切った。
最後の1本は、接続棒の根元へ巻きついていた。左手で線を掴む。感覚の薄い薬指と小指は使わず、人差し指と中指で押さえて長剣を引くと、最後の線が切れた。
『駆動回復』
「次の柱へ行け」
シグが動く。俺も追おうとして、左脚が遅れた。
右から四脚機の刃が来る。同時に、もう1体の筒へ青白い光が集まった。腕で刃を逸らせば光が左脚へ当たり、左脛を守れば刃が首へ届く。俺は左前腕と左脛を同時に意識した。灰色の殻は、腕にだけ出た。
身体を捻る。光が左足の外側を掠め、巻き直した履物を削り取った。足の側面に浅い傷が走る。回転刃は左前腕の殻で止まったが、身体が後ろへ押され、左腿の傷が開いた。固定帯の下から流れた血が膝の裏へ回る。
『レイ、出血が増加しています』
「見えてる」
六脚機も線を戻し、今度は記録帳を包んだ布へ腕を伸ばしていた。
守る場所を増やせない。なら、守らないものを決める。鞘は捨てた。左足の履物ももうない。長剣は欠けても、折れなければ使える。記録帳と頭、首、左脚だけは失えない。
長剣を逆手に持ち、刃の腹を左肩から背中へ沿わせて記録帳を覆った。1体目の刃を避けずに腹で受けて外へ流すと、金属同士が擦れ、刃に4つ目の欠けができた。2体目の光が左脚へ向く。左脛へ殻を展開し、光は殻を掠めて床を砕いた。すぐに殻を首へ戻し、身体を柱へ押しつける。六脚機の腕は背中と柱の隙間へ入れず、横へ滑った。
腕、脛、首。1つずつ切り替えるたび、別の場所が遅れる。
四脚機の刃が左前腕へ向き、もう1体の筒が左脛を狙った。さっきと同じだ。今度は避けられない。
俺は2か所へ同時に力を送った。左前腕へ灰色の殻が出る。遅れて、左脛にも薄い殻が浮かんだ。途切れそうになる。消さない。腕の殻を保ったまま、脛の殻を傷の周りだけへ絞った。
刃が腕へ当たり、光が脛を掠めた。2つの衝撃が同時に身体へ入る。
殻は、両方に残った。
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《技能成長》
硬殻:Lv.2 → Lv.3
離れた複数部位への同時展開が可能になりました。
動作中の維持性能が向上しました。
忘却値に変化はありません。
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読む余裕はなかった。右から3度目の刃が来る。左前腕と左脛の殻を保ったまま、首の左側へ薄い殻を足した。刃が前腕で逸れ、光が脛の外側を削り、首へ届いた六脚機の腕は薄い殻に当たって滑った。
守る場所を変えるのではなく、守ったまま進む。
次の柱まで5歩。シグはすでに陰へ入っていた。俺は後ろ向きに下がり、攻撃を正面へ集めた。柱まで2歩で、2つの筒が同時に光る。左脛の殻を薄くして右脇腹へ移した。1発は前腕の殻の表面を削り、もう1発は右脇腹を掠めて薄い殻ごと身体を押した。息が止まる。それでも、柱の陰へ入った。
四脚2体は追ってこなかった。最初の柱と次の柱の間で止まり、六脚機も境界を越えずに腕を畳む。
『区画が分かれている可能性があります。3体の追跡停止を確認』
「奥の扉は」
『この柱から左前方、約16メートルです』
最後の範囲には、天井から吊られた筒が4本と、腰の高さの回転刃が2列。途中に柱が1本。集中攻撃を通り抜けるための区画だった。
欠けは4つ。柄へ絡んだ鞘の革を外し、手首へ巻いた。履物を失った左足から血が滲み、左腿の出血も増えている。
『私の脚部損傷が増加しています。攻撃範囲内で停止する可能性があります』
「止まったら引く」
『レイの左脚は長距離牽引に耐えません』
「16メートルだ。扉の向こうで止まる。治すのはそれからだ」
天井の4本が順番に光った。右前、左奥、右奥、左前。回転刃は互い違いに動き、中央の1歩分だけが交互に開く。3回分を見ても、順番は変わらなかった。
『右前、3秒後』
柱から出る。左前腕、左脛、首へ硬殻Lv.3を展開し、3か所に殻を保ったまま走った。右前の光が床を砕く。左へ1歩、回転刃の隙間へ入る。
『左奥、2秒』
前へ3歩。光が背中へ来る。記録帳の上へ4か所目の薄い殻を足すと、左脛の殻が消えかけた。範囲を狭め、必要な部分だけを残す。光が背中へ当たって身体が前へ押されたが、記録帳は潰れない。左脚がもつれ、倒れずに中央の柱へ着いた。
シグは5歩後ろにいた。変形した脚が床を掻いている。
『右奥、4秒。補助輪の回転が低下』
俺は柱から戻り、シグの前へ立って左前腕と胸の左側へ殻を集めた。青白い光を正面から受ける。殻の表面が大きく削れ、胸の奥まで衝撃が入った。1度、息が抜けた。倒れずにシグの接続棒を掴み、柱の陰へ引いた。
『左前、5秒』
左前の光は柱の反対側へ落ちる。俺たちは最後の8メートルへ出た。左右から閉じる回転刃の間を、右膝へ3か所目を移して低く抜ける。金属の端が背中の布を切ったが、記録帳の包みへ届く前に薄い殻が受けた。
扉まで3歩。右前の筒が光る。
「シグ、扉だ」
『接続口を確認』
俺は扉を背にして立ち、左前腕、胸、首、左脛の4か所へ硬殻Lv.3を展開した。殻は薄い。だが、全部残った。光が左前腕へ当たり、背中が扉へぶつかって、右肩の奥が裂けるように痛んだ。
『開放します。駆動力が不足しています』
扉が指1本分だけ開いた。俺は長剣の腹を隙間へ差し込み、梃子にした。刃が軋み、扉が肩幅まで開く。先にシグを押し込み、俺も身体を滑り込ませた。直後、光が扉の縁へ当たって表面が崩れ、扉が勢いよく閉じた。
長剣を抜く。切っ先から10センチほど上に、新しい亀裂が入っていた。
俺はその場へ膝をついた。
狭い部屋だった。停止した洗浄管と固定具の棚、奥に細い排水溝。人も機械もいない。
『保守処置室と推定します。扉は衝撃で噛み合い、開きません』
左脚の布を外した。傷は大きく裂け直していたが、脈を打つほどの出血ではない。左足の外側にも浅い傷がある。右肩は固定の内側で腫れが増していた。
水を3口飲み、さらに少しだけ使って左腿と足を洗った。排水溝へ薄い赤が流れる。棚の固定具は錆びていたが、2本だけ使えた。金属帯を交換して腿の外側と後ろを支え、シグが角度を記録して2度直させた。
保存食候補の残り4分の1を全部食べ、干し肉も半片だけ使った。
『摂取後、20分の安静を推奨します。自己治癒Lv.1の発動時間を提示してください』
「15秒」
『10秒です。初回使用では45秒の発動に対し、反応が8分12秒継続しました』
「12秒」
『許容します。対象は左腿のみ。右肩へ同時使用しないでください』
待つ間に、記録帳へ書いた。
『第11層中枢防衛域を通過。長剣の鞘を喪失。左足の履物を喪失。長剣に欠け4か所、切っ先近くに亀裂1本』
『硬殻Lv.3。離れた複数部位へ同時展開可能。忘却値に変化なし』
20分後、左腿へ自己治癒Lv.1を使った。固定帯の内側へ熱が集まり、裂けた傷の端が引かれる。空腹が強くなる。12秒で力を切っても反応は続き、胃の奥が縮んだ。
『発熱上昇。痙攣なし。意識状態、正常』
熱は3分を過ぎて弱まり、3分41秒で止まった。傷は塞がっていない。だが、布へ広がる血は止まり、固定の内側で傷が動く感覚も少し減った。
『出血の低下を確認。最低2時間の安静を推奨します』
食料は干し肉1片になった。右肩は治していない。左脚も、動ける程度へ戻っただけだ。それでも、戦っている最中には使わず、止まれる場所まで来てから使った。
扉の向こうの機械は、1体も壊していない。あの場所も壊れず、同じ命令で動き続けている。だが、通れない場所ではなくなった。
シグの接続棒が、処置室の奥へ向いた。壁の細い線へ青い光が戻り、文字が浮かぶ。
『第12層接続扉 前室』
その下に、別の警告が重なった。
『大気汚染。解毒処置なしでの進入を禁止』
俺は残った干し肉と水を見た。シグが告げる。
『毒性物質の流入を確認。濃度、上昇中です』
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