防衛機構
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それでは、どうぞお楽しみください。
青い光が消えてから、壁の腕が下がるまで1.8秒。
床の溝へ撃ち込まれた黒い杭は、石を割らずに途中で止まっていた。先端が荷台の車輪と同じ高さにある。人ではなく、搬送物を止める位置だった。
後ろの点検扉は、もう開かない。第12層の転移区画へ続く道は、この通路しか残っていなかった。食料は4分の1食分と干し肉1片半。止まる時間を読み違えれば刃の下で終わり、読むのに手間取れば、通る前に身体が持たない。
「次は」
『右側の刃が起動します』
シグの言葉から3秒後、通路右側の青い線が灯った。天井から2本、壁から3本の腕が伸びる。刃は中央の溝を避け、左右の歩行帯を横切った。刃が戻っても、青い光は残ったままだった。
『前回の停止時間との差、11秒』
さらに7秒後、左壁の筒が開いた。黒い杭が3本続けて放たれ、最初の杭の後ろへ並ぶ。中央の溝を進む荷台なら、車輪の間へ刺さる位置だった。
「人と荷台を分けて止めてる」
『避難搬送命令が有効であれば、荷台への攻撃は矛盾します』
「今は別の命令が勝ってる」
青い線が一斉に消えた。
『停止を確認。計測を開始します』
俺は通路へ小石を投げた。石は中央の溝を越え、荷台の陰から4歩先で止まった。刃も筒も動かない。10秒が過ぎ、20秒が過ぎても、青い光は戻らなかった。
『30秒。過去記録の最短停止は36秒です』
「今の機構は、その記録と同じじゃない」
35秒で、天井の線がついた。直後に刃が落ち、小石の手前を横切った。
俺は記録帳へ書いた。
『停止35秒。予告から作動まで1秒未満』
書き終えると、シグの接続棒が俺の脚へ下がった。
『左脚の休息時間は確保しました。ですが、同じ姿勢の継続で右肩の痛みが増加しています』
「通る前に知る方が先だ。あと2回見る」
荷台へ預けていた背を少しずらした。右肩の固定帯が胸へ食い込み、鈍い痛みが首の下まで広がっていた。左脚は再固定してから血を増やしていない。左前腕の感覚は戻らず、小指を曲げたつもりでも動きが遅れた。
次の起動は、さっきと違った。青い線が右壁だけに走り、刃が通路を塞ぐ。18秒後に刃が戻ったが、線は消えず、今度は天井の腕が中央の溝へ下りた。1つの機構が止まり、別の機構が続く。完全停止まで54秒かかり、停止は41秒続いた。
その次は両壁の筒が同時に開き、杭を2本ずつ撃ったあと、天井の刃が歩行帯を往復した。完全停止まで33秒。停止は29秒だった。
『過去記録の最短値を下回りました。作動する機構は毎回異なり、反復は確認できません』
「命令が変わるたび、使う機構も変わる」
『都市防衛命令と、記録上の「竜」に関係する命令が、同じ設備を奪い合っている可能性があります。避難搬送命令が全停止時間を作っている可能性もありますが、端末へ接続しなければ確認できません』
端末は通路の奥にあった。右へ曲がってから約70メートル。青い線の切れ目ごとに小さな接続口があり、最も大きいものは奥の扉脇に見える。そこまで刃と筒が続いていた。途中の接続口が使えるかは、近づかなければ分からない。
俺は立ち上がった。左脚へ体重をかけると、傷の周りが硬く引かれた。膝は動く。固定帯もずれていない。長剣は鞘へ戻したまま、左腰へ吊るした。刃を振る相手ではない。抜けば片手が塞がる。
避難搬送区画に残っていた荷台のうち、一番小さいものを選んだ。車輪は4つ。片側の軸が曲がり、押すと左へ寄る。上の割れた板を外して荷台を横へ倒し、車輪の隙間へ古い革帯を通して持ち手を作った。底面の金属板は、胸から膝まで隠せる。
『杭が貫通する可能性があります』
「止めるためじゃない。撃つ位置を見る」
黒い杭は、青い線が灯ってから筒が開き、狙いを変えるまでに2秒近くあった。金属板へ当てさせず、射線が決まったあとに横へずらす。刃は予告が短い。刃が動く時は、その場で止まらない。
「お前は荷台の後ろだ」
『私の補助輪は中央溝へ落ちます』
「右の歩行帯を使え。停止したら俺が引く」
『レイと私の経路が分離します』
「同じ刃に2人で引っかかるよりいい」
『私は人ではありません』
「今それは関係ない」
シグは短く沈黙した。
『了解しました。右歩行帯を使用します』
次の全停止を待った。左壁の刃2本と天井の筒1本が戻り、青い線が消えた。
『全停止。開始』
俺は荷台の底板を前へ向け、中央溝へ入った。最初の接続口まで12歩。左脚を引きずらず、歩幅を小さくする。板の重さは左腕へ集まり、8歩目で指先が滑った。持ち手へ手首を通す。
『20秒』
接続口は腰より低い位置にあった。シグが右の歩行帯から接続棒を伸ばす。先端が届く直前、青い線が灯った。
『起動』
壁の筒が開く。俺は底板を左へ傾けた。筒の向きが板を追い、中央で止まる。その瞬間に板を右へ引いた。黒い杭が、さっきまで板があった場所を通り抜け、後ろの石へ半分まで沈んだ。
2本目の筒が開いた。
「シグ、戻れ」
『接続まで0.4メートルです』
「間に合わない」
シグは接続棒を引き、右壁へ寄った。2本目の杭が板の端を掠め、金属を内側へへこませる。衝撃で左手が持ち手から抜け、底板が床へ落ちた。
3本目の筒はない。代わりに天井の刃が下りた。予兆は青い線だけで、刃は中央溝に沿って奥から手前へ走る。板を拾う時間はない。
「右へ!」
俺は溝を跨ぎ、シグのいる歩行帯へ身体を投げた。左脚が床へ着いた瞬間、傷が引かれた。膝を折らず、壁へ背をぶつけて止まる。刃が底板を縦に裂き、2つに割れた板の片方が俺の足元まで滑ってきた。
『天井刃が復帰するまで推定6秒。後続機構は不明です』
接続口は目の前にあった。俺はシグの仮設躯体を左手で持ち上げ、接続棒を穴へ押し込んだ。
『接続を確認。局所命令を読み取ります』
天井の刃が戻る。右壁の奥で、別の腕が動いた。
『都市防衛命令、侵入対象の排除。避難搬送命令、登録荷台および搬送者の通過保護。上位命令は識別不能。記録断片の「竜」と一致する符号を含みます』
奥の腕が筒を開いた。
「切り替わる条件は」
『都市防衛命令は区画内の移動を検知して優先。避難搬送命令は登録荷台の進入で優先。上位命令は一定周期ではありません』
筒の内側で、黒い杭がせり上がる。俺は割れた底板の片方を拾い、シグと筒の間へ立てた。
「登録荷台は壊れた」
『車輪識別子が残っています。切断された板の左側です』
反対の歩行帯に、もう半分の板が落ちていた。車輪が2つついたまま、刃の向こうにある。
杭が放たれた。俺は板を斜めにして受け、正面から止めずに右へ逸らした。杭は板の端を裂き、壁へ刺さった。左手の感覚が薄く、板を持つ指が開きかける。
『接続を切断します。避難搬送命令の優先度が上昇しています。次の全停止まで9秒以内と推定』
青い線が消えた。
『全停止』
俺はシグを床へ置き、中央溝を越えた。割れた板まで3歩。車輪のついた側を掴んで裏返すと、軸の根元に青い石片が埋め込まれていた。小型刃を差し込み、周囲の腐った木を削る。石片は指2本分の金属枠ごと外れた。
『21秒。次の接続口まで約18メートル』
遠い。識別子をシグの仮設躯体へ結ぶ時間もない。俺は革帯を輪にして石片を通し、残った端をシグの接続棒の根元へ巻きつけた。
「走れるか」
『現在の脚部では通常速度の62%です』
「俺が引く。停止が続く方に賭ける」
シグの接続棒から布を取り、腰へ回した。
『32秒』
俺は進んだ。識別子をつけたシグが中央溝の脇へ入ると、床の青い線が1本だけ灯った。攻撃の線ではない。荷台の進行方向を示すように、奥へ順番に伸びていく。
『避難搬送命令が、私を登録荷台の一部として認識しています』
「いつまで持つ」
『上位命令が再優先されるまでです』
10歩まで来たところで、シグの曲がった三脚が石へ引っかかった。腰の布が締まり、俺の左脚が止まる。変形部が干渉して、三脚は畳めない。俺は戻って持ち上げた。応急固定の革帯が軋む。
奥の青い線が、途中から黒へ変わった。
『上位命令の干渉を確認。残り時間は算出不能です』
床の案内線が2本消えた。次に壁の刃が動く。
俺は三脚を外へ開いたまま、左手で仮設躯体を抱え、腰の布を外した。シグが接続棒を前へ向ける。重さで右肩の奥まで痛む。左脚は固定帯の下で熱を持ち、1歩ごとに傷の周りが引かれた。
前方の壁から、刃のついた腕が伸びた。腕は通路を横切らず、中央溝の上で止まる。識別子を見ているようだった。
『避難搬送命令と上位命令が競合しています。どちらが優先されるかは不明です』
「止まってる間に行く」
刃の下を通った。頭上で金属が震える。あと8歩で次の接続口だった。床の案内線が最後の1本になる。シグの補助輪が俺の腿へ当たったが、抱え直す余裕はない。
接続口まで3歩。頭上の刃が下がり始めた。
俺はシグを前へ滑らせた。仮設躯体が石床を擦り、接続口の下で止まる。刃は俺とシグの間へ落ち、床から腕1本分の高さで停止した。識別子につながる青い光と、刃を覆う黒い光が押し合っていた。
「つなげ」
シグの棒が穴へ入る。刃がさらに指1本分下がった。
俺は床へ伏せ、左手を伸ばした。曲がった三脚を掴み、シグを刃の下から引き寄せる。革帯が切れた。変形した脚が外へ開き、刃の側面へ当たる。
『脚部外装の損傷が増加。本体は継続可能です』
通路の奥まで青い線が走った。
『避難搬送命令を局所的に再優先しました。停止見込み、27秒。次の接続口はありません。奥の扉まで31メートルです』
刃から黒い光が消えた。俺はシグを引き抜いて立ち上がり、曲がった脚を畳んだ。固定する革帯はもうない。接続棒を掴めば引ける。
俺たちは進んだ。10秒で約9メートル。左脚の歩幅が落ちる。
『残り17秒』
シグの補助輪が溝へ取られ、速度がさらに下がった。俺は接続棒を引き上げ、車輪を溝の外へ戻した。
『残り10秒』
扉まで12メートル。間に合わない。俺は足を止め、途中の柱へ身体を寄せてシグを足元へ置いた。攻撃範囲は先に見た。ここでは左壁の筒が中央を撃ち、天井刃が奥から手前へ走る。動かなければ、都市防衛命令の優先度は上がらない。
『停止終了』
青い光がついた。左壁の筒が開いたが、俺たちへは向かなかった。中央溝へ1本だけ杭を撃ち、閉じる。天井刃は奥から8メートル進み、止まった。黒い光が刃を覆い、次に床の案内線が1本戻る。青い光が黒を押し返し、全機構が止まった。
『避難搬送命令、再優先。停止見込み、34秒』
そこからは同じだった。止まっている間だけ進み、命令が変われば柱の陰で止まって、刃と筒の位置を確かめる。止まったら、また進む。
3度目の停止で、奥の扉へ着いた。扉の前には、壊れた荷台と古い布が積み重なっていた。骨はない。
俺は振り返った。70メートルの通路に、黒い杭が並んでいる。裂けた底板と切れた革帯も、途中に残してきた。長剣の鞘はまだ腰にある。小型刃も失っていない。左脚の布へ触れると、指先に赤い色がついた。流れるほどではないが、傷はまた開いていた。
『防衛区画を通過しました。所要時間、18分46秒。全停止7回。局所接続2回』
「魂反応は」
『私には判定できません』
俺にも、何も感じなかった。倒していない。壊してもいない。アルドが残した停止時間の記録を頼りに、通り抜けただけだった。
「アルドは、これを何回やった」
『残っている記録からは、実施回数を確認できません』
扉の脇に、新しい表示が浮かんだ。
『第11層防衛区画 通過記録』
『搬送識別子 失効』
足元の青い石片が、音もなく割れた。同時に、背後の通路で全ての青い線が消えた。次に灯った光は黒かった。刃と筒が、今までより速く動き始める。停止時間はない。
『上位命令が完全優先されました』
「戻れないな」
『はい。現在の状態では再通過不能です』
前の点検扉と同じだった。進むたび、後ろの道が閉じる。
俺は奥の扉へ左手を置いた。表面の文字が青く浮かぶ。
『第11層 中枢防衛域』
その下に、警告が続いた。
『通過者を敵性対象として登録』
扉の向こうで、複数の金属音が重なった。今度は固定された腕だけではない。
床を踏む音が、こちらへ近づいていた。
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