記録を守るもの
ご覧いただきありがとうございます!
よろしければ、この話の読み終わりにでも【ブックマークへの追加】や【★★★★★評価】をポチッと押していただけると、今後の執筆の大きなモチベーションになります!
それでは、どうぞお楽しみください。
石と金属の噛み合う音は、1度では終わらなかった。西側で重いものが動くたび、街路の床へ細い振動が伝わった。
何の経路が閉じられているのかは分からない。だが音は、第11層へ向かうために使うはずだった西側水路の方からしていた。食料は1日分もない。ここで道を塞がれれば、下へ着く前に身体が止まる。
「搬送経路の閉鎖だけじゃないな」
『移動反応を確認しています』
「何が来る」
『記録に該当なし。接続要求は継続中です』
治療区画の端末では、青い文字が同じ行を繰り返していた。
『記録保全対象を確認。搬送経路を閉鎖します』
次の振動は近かった。
俺は長剣を左手で抜いた。右腕は胸元へ固定したまま、壁を背にして街路の西側を見る。
「記録施設へ戻る道は」
『現時点で通行可能です。ですが、移動反応は帰路と交差します』
「先に正体を見る」
『回避を推奨します』
「逃げた先で挟まれる方が悪い」
シグは返答せず、三脚の向きを変えた。
『私は治療区画の扉から7歩後方へ移動します』
「角から出るな」
『了解しました』
街路の先で、崩れた石壁が青く光った。壁だと思っていた面が中央から割れ、左右へ沈む。その奥から、黒い金属の塊が出てきた。
人の形ではない。4本の短い脚の上に、石板と金属板を何層も重ねた胴体が載っている。前面には腕の代わりに2本の長い棒があり、先端は平たい爪になっていた。
胴体の隙間には、薄い石板が何十枚も収められている。青い線が石板の縁から、背後の壁へ伸びていた。
「あれが閉じたのか」
『可能性が高いと判断します。壁面端末との接続を確認』
黒い塊が止まった。前面の青い光が俺を横切り、シグのいる角で戻る。
『記録媒体を確認』
声は、街路の壁から出た。
『未登録媒体。回収します』
「俺か」
『私である可能性があります』
「下がれ」
黒い塊の脚が床を蹴った。見た目より速い。平たい爪が正面から伸び、俺の胸ではなく、その横を抜けてシグへ向かった。
俺は左へ踏み込み、長剣を爪の側面へ当てた。刃が滑る。軌道は逸れたが、衝撃が左腕から右肩へ抜けた。固定の下で、傷んだ場所が鋭く引かれた。
『レイ。右肩の状態を』
「後だ」
もう1本の爪が、横から来た。俺は長剣を引き、左手の甲から前腕へ硬殻Lv.2を広げた。
灰色の殻へ爪が当たる。腕ごと押され、背中が壁へぶつかった。殻は割れなかったが、肘の感覚がさらに薄くなる。
黒い塊は俺を追わなかった。4本脚の向きを変え、シグへ進む。
敵は俺を倒そうとしていない。シグを回収しようとしている。
「シグ。あいつは、お前の記録を読めるか」
『接続されれば、読み取りまたは消去の可能性があります』
「触れさせるな」
『私に回避能力はありません』
「分かってる」
俺は長剣の切っ先を、脚の継ぎ目へ入れた。左腕だけでは深く押し込めない。身体ごと踏み込み、刃を捻る。
金属の脚が外へずれた。黒い塊が傾き、シグへ伸びていた爪が床を叩いた。青い線が1度暗くなる。
『接続反応が低下しました』
「脚を壊せば止まるか」
『移動は止まります。機能停止は断定できません』
「なら、全部落とす」
俺は刃を引いた。
黒い塊の上部が開き、内側から細い金属棒が3本飛び出した。棒の先には、青い光が集まっている。
予兆を見て、俺は床へ身を伏せた。光が頭上を通り、背後の壁へ当たる。石が砕けた。
伏せた姿勢で左脚へ力を入れた瞬間、傷の端が引き裂かれるように痛んだ。立ち上がりが遅れる。
2本目の光が下へ向いた。俺は左前腕を顔の前へ出し、硬殻Lv.2を維持する。
青い光が殻へ当たり、表面が白く焼けた。熱より先に、腕へ重い衝撃が来た。身体が横へ転がる。長剣の切っ先が床を擦り、手から離れかけた。
『3本目。右上から』
シグの声に合わせ、俺は身を起こさず長剣を横へ振った。刃が金属棒へ当たる。青い光は天井へ逸れ、石片が降った。
黒い塊まで6歩。俺とシグの間は9歩。退路は、治療区画の閉じた扉で終わっている。
このまま脚を壊しても、光を撃つ部分は残る。胴体を砕けば、中に積まれた石板も壊れる。記録を守るものが、記録ごと俺たちを塞いでいた。
「背中の線を切れるか」
『接続線は壁面内部へ続いています。外部から切断可能な箇所は、対象の後方約1メートル』
「回り込む」
『左脚の出血を確認しました』
「まだ動く」
『戦闘継続による悪化を記録します』
「終わってから聞く」
黒い塊が傾きを戻した。ずれた脚を引きずりながら、またシグへ向く。
俺は長剣を床へ置き、固定用金属帯を左手へ取った。力で壊せないなら、向きを変える。
「次に爪が伸びたら、左へ2歩動け」
『私の速度では間に合いません』
「1歩でいい。俺が残りをずらす」
『右肩を使用しないでください』
「左手だけだ」
黒い塊の爪が開いた。前面の青い光は、シグを捉えている。
俺は金属帯の輪を広げ、爪へ投げた。輪が平たい先端へ掛かる。
「今だ」
シグが三脚を蹴り、左へ動いた。爪が伸びる。
俺は帯を引かず、外壁から突き出た石柱へ巻きつけた。伸びた爪が帯を張る。黒い塊の前面だけが右へ引かれ、狙いがずれた。爪はシグの横を通り、石柱へ食い込む。
『接続線が見えました。後方下部です』
俺は長剣を拾い、黒い塊の左を抜けた。
脚が方向を変える。壊れかけた1本は遅い。残る3本が床を刻み、胴体が俺を追った。だが、爪の1本は石柱へ固定されている。向きを変えきれず、黒い塊の背面が壁から離れた。
青い線は、太い管ではなかった。何本もの細い光が、背面の金属枠から壁の端子へ束ねられている。
「どこを切る」
『中央の黒い留め具。記録石板へ刃を入れないでください』
俺は踏み込んだ。左脚の布へ、温かいものが広がる。
黒い塊の上部から金属棒が回り、背後の俺へ向いた。近すぎる。光が集まる前に、長剣の腹で棒を叩いた。
棒が横へ折れ、青い光が胴体の外板へ当たる。金属板が焼け、内側の石板が露出した。1枚が外れ、床へ落ちる。
割れた縁から、青い文字が浮かんだ。
『避難者――搬送――』
俺は次の斬撃を止めた。中にあるのは、ただの動力核ではない。人の名前か、避難の経路か、それを残した記録だった。
『レイ。留め具です』
「ああ」
黒い塊が身体を振った。背面の外板が俺の胸へ当たる。息が止まり、2歩押し戻された。
右肩が固定帯の中でずれた。痛みで視界が白くなる。それでも、留め具の位置は見た。
俺は暗視Lv.2を使った。暗い外板の下で、青い線だけが灰色の輪郭から浮き上がる。揺れは少ない。中央の黒い留め具と、石板へ分かれる細い接続が見えた。
壊すのは1か所だけでいい。
黒い塊の脚が床を蹴る前に、俺は長剣を逆手へ持ち替えた。刃先を、留め具と金属枠の隙間へ差す。押し込む力が足りない。
左手で柄頭を握り、胸を刃へ近づけた。身体の重さを前へ落とす。留め具が半分浮いた。
黒い塊の前脚が後ろへ回り、俺の左脚を払った。膝が床へ落ちる。傷から血がにじみ、固定帯が石へ当たった。
長剣は抜かなかった。柄を、下から持ち上げる。
黒い留め具が外れた。
青い線が一斉に消えた。黒い塊の脚が止まる。俺の頭上で、平たい爪が開いたまま動かなくなった。上部の金属棒も光を失った。
静かになった街路で、俺は10秒数えた。何も動かない。通知も出ない。力の流れも、魂へ触れる感覚もなかった。
討伐吸収は始まらない。魂喰も発動しない。
『停止を確認しました』
シグの補助輪が石を踏み、ゆっくり近づいてくる。
「壊したか」
『外部記録端末との接続が切断されています。本体の記録石板は、大部分が保持されています』
「大部分か」
『落下した1枚の端部が欠損しました』
俺は床へ落ちた石板を拾った。右手は使えない。左手だけで持ち上げると、板の欠けた部分から青い文字が揺れた。
『避難者――搬送――第11層――』
その先は読めない。
「これを守ってたのか」
『私からは断定できません。対象は記録石板を内部へ保持し、外部端末の命令で移動していました』
シグが、停止した黒い塊の背面へ接続棒を近づけた。
「接続するな」
『停止状態と残存命令を確認します』
「また動いたら逃げられない」
『直接接続は行いません。外部端子の信号のみ読み取ります』
青い光が、接続棒の先から留め具へ伸びた。壁の文字が変わる。
『記録保全機――アーカイブゴーレム』
『記録媒体回収』
『未登録記録の隔離』
『搬送経路封鎖』
表示はそこで止まった。
『正式名称を確認しました』
アーカイブゴーレム。魔物ではない。自動兵と同じように、命令で動く古代の機械だった。
「お前を未登録記録と判断したのか」
『可能性があります。私は本来の施設から切り離され、仮設躯体へ接続されています』
「戻せと言われても戻さない」
『私も復帰命令を受けていません』
俺は長剣を杖の代わりにして立った。左脚の布には、新しい血が広がっている。右肩も、戦う前より痛みが近い。
『戦闘前より歩幅が低下しています。止血と固定のやり直しが必要です』
「ここでやる」
シグは反論しなかった。
俺は壁際へ座り、残った布を左脚へ重ねた。血が止まるまで圧迫し、金属帯の位置を傷から少し上へずらす。右肩の固定は外さない。
自己治癒Lv.1も使わなかった。食料がない状態で使えば、傷より先に身体が止まる。
『保存食を摂取してください』
「残りは」
『保存食候補が半食分。干し肉が2片と半分』
「1片だけだ」
『戦闘後の消費を考慮すると不足です』
「第11層へ行く分を残す」
『到達前に歩行不能となる可能性があります』
俺は干し肉1片を受け取った。半分を噛み、残りを布へ戻す。
『全部です』
「半分食べた」
『全部です』
「お前は食わないだろ」
『論点が異なります』
残りも口へ入れた。硬い肉を噛む間、シグは壁面端末の表示を記録していた。
「搬送経路の閉鎖は解除できるか」
『アーカイブゴーレムとの接続を切ったことで、追加命令は停止しています。閉鎖済みの扉は、別端末から開放する必要があります』
「場所は」
『正門下の保守層です』
「西側水路から入れるか」
『地図上では接続しています』
シグの青い光が、1度弱くなった。
『ただし、表示されている経路が前回記録と一致しません』
俺は簡易地図を開いた。西側貯水槽から保守路へ下り、正門下を抜ける線は、記録施設で写した時には1本だった。
今、壁面端末には2本ある。片方は正門下へ続いている。もう片方は、存在しないはずの北側閉鎖区画を通っていた。
「更新されたのか」
『更新時刻は表示されていません』
「アーカイブゴーレムが変えた可能性は」
『不明です。対象は記録を回収しましたが、改変機能は確認できませんでした』
「どっちが正しい」
『現時点では、どちらも同じ端末の表示です。判断材料が不足しています』
俺は壁の線と、自分の地図を見比べた。
記録を守る機械は止めた。だが、守られていた記録が正しいとは限らなかった。
お読みいただきありがとうございました!
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、画面の下(または目次ページなど)にある**【ブックマーク登録】と、【★★★★★評価】**で応援していただけると本当に嬉しいです!
感想や「ここが良かった」といったご意見もお待ちしております。
それでは、次回の更新でお会いしましょう!
第1話はこちら → (https://ncode.syosetu.com/n3368ms/1)




