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小さな身体

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それでは、どうぞお楽しみください。

シグを床へ置いた時、背中が軽すぎた。


血流河(けつりゅうがわ)を渡ってから、背負い枠の重みは身体の一部になっていた。腰の帯を外しても、しばらくは胸を締めつけられている感覚が残った。右肩はもう、この重さを長くは支えられない。


壁際に置いた中枢核(ちゅうすうかく)から声がする。


『右肩の動作を確認します』


「先に部品を探す」


『確認後です』


右腕を前へ伸ばした。胸の高さまでは上がる。そこから先へ動かすと、肩の奥で骨と筋が擦(す)れるように痛んだ。腕を下ろす。


『昨日の記録から可動域に改善なし。動作後の痛みは増加しています』


「動く」


『改善しているとは言っていません』


次に左脚へ体重を掛けた。膝は抜けない。だが、左腿(もも)の熱は休む前と変わらなかった。打撲した場所を指で押すと、皮膚の下に硬い腫(は)れが残っている。


『歩幅が通常時より短い状態を維持しています』


「歩ける」


『同じ回答を記録します』


「なら終わりだ」


『確認は終わりました。結果は終わっていません』


俺は干し肉を1片だけ口へ入れ、水で流し込んだ。残りは5片。


食べ物を探す前に、シグを背負わず動けるようにする。食料も布も、施設の外にある。両手と背中が塞がったまま探し続ければ、逃げ道を作った意味がない。


「使える部品はどこだ」


『施設内の保守棚に、交換部品が残っている可能性があります』


「場所は」


『北壁の奥です。ただし、私の保持記録と現在の配置が一致する保証はありません』


記録帳へ位置を書き、中枢核(ちゅうすうかく)を背負い枠へ戻した。


『私を携行する必要はありません』


「部品を見ても、俺には分からない」


『形状と刻印を伝えれば判別できます』


「持ち帰ってから違うと言われる方が重い」


返事はなかった。


入口の石、灰、傷、布を確かめる。順番は前と変えた。保守扉の前に挟んだ骨片も折れていない。


施設の北壁へ進み、暗視(あんし)Lv.1の灰色の視界で、倒れた棚を1つずつ調べた。3つ目の棚の奥に、青い金属板が残っていた。表面には円と短い線が刻まれている。


「これか」


『下部の刻印を確認してください』


板を起こさず、床へ伏せたまま端だけを見る。


「丸の中に点が3つ」


『関節部品の保管棚です』


棚の扉は半分埋まっていた。石片を小型刃で除く。右手だけでは刃先が滑る。感覚の鈍い左手を添えると、今度は力を入れすぎて金属板へ刃を当てた。


乾いた音が響いた。俺は止まり、入口側を見る。何も動かない。


『左手の把持圧が一定ではありません』


「見れば分かる」


『あなたは見ずに作業を継続するため、伝えました』


左手を使う時は、指先ではなく手首を見る。握った形が変わっていないかを確かめてから力を掛けた。


扉が開いた。中には短い金属棒、円形の留め具、薄い板が残っていた。半分は黒く焼け、触れると崩れた。使えそうな物だけを布の上へ並べる。


「脚は作れるか」


『同規格の関節が4基必要です』


「残ってるのは3つだ」


『歩行には不足します』


「車輪は」


棚の下段から、手のひらほどの円盤を2つ出した。片方は滑らかに回る。もう片方は半分で止まった。


『平坦な床では移動可能です。段差、瓦礫(がれき)、保守路には適しません』


「どっちがいい」


『質問の意図を確認します』


「脚か、車輪か。お前が使う身体だ」


シグはすぐには答えなかった。


『利用可能部品だけで判断するなら、3基の関節と1基の補助輪を組み合わせた方が、段差への対応範囲は広がります』


「それで作る」


『形状は安定しません』


「倒れたら起きられるようにする」


棚の奥から、細い接続線を2本見つけた。1本は途中で切れている。もう1本は端子が残っていた。


「端末にはこれを使えるか」


『接続規格は近似しています。変換板が必要です』


「どれだ」


『青い縁の薄板を探してください』


焼けた部品の下に、青い縁が見えた。引き抜こうとすると右肩が痛んだ。身体を横へ向け、右肘を脇につけたまま引く。薄板は動かない。


「引っ掛かってる」


『中止してください。右肩への負荷が増加しています』


小型刃を隙間へ差し込み、梃子(てこ)にした。薄板が浮く。


同時に、棚の上で石が動いた。細かな破片が肩へ落ちてくる。俺は右腕を上げず、頭だけを引いた。石片は背負い枠へ当たり、床へ散った。


シグの声が近くで響く。


『作業を中止してください』


「板は取れた」


『取得結果ではなく、負傷の悪化を問題としています』


薄板を布へ置いた。右肩は熱を持ち、腕を下げていても痛む。


「戻る」


『支持します』


集めた部品を布で包んだ。背負い枠へ結ばず、床の上を引く。左脚を庇(かば)いながら歩くと、短い距離でも呼吸が速くなった。


寝床へ戻り、入口と保守扉の印を確認する。変化はない。


部品を床へ広げた。関節3基と補助輪1基、支柱になる金属棒2本、外装板4枚、接続線1本、変換板1枚。足りないのは骨組みだった。


「背負い枠を使う」


『私の携行手段を失います』


「身体が動かなければ、また背負う。その時は組み直す」


『背負い枠はあなたの身体に合わせて作られています』


「今の俺には重い」


帯を外し、木と骨を組み合わせた枠を床へ置く。血流河(けつりゅうがわ)を越える間、何度も締め直した跡が残っていた。角は削れ、固定に使った布も硬くなっている。


枠の下半分を小型刃で切った。右手だけで刃を引く。力が要る時は、足で枠を押さえた。左手は位置を保つだけにする。1本切るたびに休んだ。


シグは作業時間を読み上げなかった。代わりに、右肩を使い始めるたびに止めた。


『肘を身体へ寄せてください』


「分かってる」


『今、離れました』


肘を戻す。


『左手の指が留め具から外れています』


目で確かめ、握り直す。


『呼吸が速くなっています。3分間の休止を要求します』


「1分」


『3分です』


「2分」


『受け入れます』


作る側と、作られる側が逆だった。中継施設でシグの腕を直した時は、動かない機械へ勝手に部品をつけた。今は、どの部品を使うかをシグに聞き、俺の動きをシグが止める。


2分後、作業を再開した。背負い枠の下へ関節を3つ付ける。前に2つ。後ろに1つ。


関節の先へ短い金属板をつけ、床を捉える幅を作った。補助輪は後ろの関節より少し高い位置へ固定する。傾いた時だけ床へ触れ、身体が完全に倒れるのを防ぐ形にした。


上部には中枢核(ちゅうすうかく)を収める輪を残した。左右へ外装板をつける。武器になる角は削り、突き出た金属は内側へ折った。


「攻撃には使えない」


『不要です』


「自分を守る板だけだ」


『私は戦闘行動を実行できません』


「分かってる」


前面へ短い支柱を1本つけた。先端には変換板と接続線を固定する。腕ではない。端末へ線を運び、差し込むための棒だった。


「これなら接続できるか」


『角度調整が可能であれば試行できます』


円形の留め具を支柱の根元へ重ね、上下へ動くよう緩く固定した。3基の関節はすべて脚へ使った。接続棒は留め具の隙間だけで角度を変える。


完成した身体は、俺の膝より少し低かった。人の形には見えない。骨と古代金属を組んだ小さな台に、短い3本の脚と、1本の接続棒が伸びている。後ろには補助輪。外装板も左右を覆うだけだった。


「入れるぞ」


『接続順序を確認してください』


「言え。その順につなぐ」


シグに言われた順に、変換板、脚部の線、接続棒の線を中枢核(ちゅうすうかく)へつないだ。最後に固定輪を閉じる。


青い光が1度消えた。次に点いた時、前の2本の脚が動いた。片方だけが早い。身体が左へ傾き、補助輪が床へ当たった。


倒れない。


『姿勢制御を調整します』


「待て」


手を出しかけ、止めた。シグ自身が前脚を引き、後ろ脚の位置を変える。小さな身体が震えながら起きた。


前脚の片方を出して、1歩。後ろ脚を引き寄せて、2歩。3歩目でまた傾いたが、補助輪が支えた。


背負い枠の中で光るだけだったものが、自分の脚で床を踏んでいる。俺は伸ばしかけた右手を、そのまま膝へ戻した。


『移動可能です』


「遅いな」


『あなたの現在の歩行速度より遅いです』


「比べるな」


『比較記録です』


シグは寝床の周りを1周した。石片1つ分の段差で止まる。前脚を上げ、接続棒を床へつく。身体を押し上げ、ゆっくり越えた。


戦える動きではない。逃げる時も、俺が走れば置いていく速さだった。それでも、背負わなくても進んでいる。


「端末を試す」


壁際の副端子まで連れていく。俺は手を出さない。


シグが接続棒を上げた。先端の線が端子より下へずれる。1度下げる。身体を半歩寄せ、もう一度上げる。今度は端子へ入った。壁の青い線が点る。


『接続を確認。記録機能、施設端末との情報交換が可能です』


「外せるか」


接続棒が下がり、線が抜けた。


『可能です』


「自分で動ける。記録できる。つなげる」


『はい』


「それで十分だ」


『戦闘能力はありません。最大移動速度も低く、段差通過には時間を要します。補助輪を失えば転倒率が上昇します』


「十分だ」


今度は言い直さなかった。


シグは寝床の横まで戻り、3本の脚を畳んだ。小さな身体が床へ低く沈む。


『レイ。状態確認を再開します』


「身体ができて最初にすることがそれか」


『私の移動能力が回復したため、記録精度を上げられます』


シグは俺の周囲をゆっくり回った。右肩側で止まり、次に左脚側へ移る。接続棒の先を触れさせず、動きを見る。


『右肩の可動域は、拠点形成前から改善していません。作業後、安静時痛が増加しています』


「明日には戻る」


『根拠がありません』


俺が黙っていると、シグは左脚側で止まったまま続けた。


『左脚は歩幅がさらに短縮。左前腕の感覚低下も継続しています。食料摂取量は回復に必要な量を下回ります』


「食料は探す」


『探索には移動と戦闘の可能性があります。現在の身体状態では、探索するほど回復が遅れます』


「止まれば食料がなくなる」


『はい』


否定されなかった。


『現在の負傷推移と移動負荷を維持した場合、第12層到達前に長距離歩行または右腕による武器操作が困難になる可能性があります』


俺は右手を握った。小型刃は持てる。だが、肩から振れば痛みで止まる。左手は握った強さが分からない。脚も、休めば軽くなる段階を過ぎている。


「治す物を探す」


『食料と固定具も必要です』


「全部探す」


『優先順位を設定してください』


記録帳を開く。食料。布。固定具。その下へ、治療と書いた。


「まず、動けなくなる前に傷を止める」


『記録しました』


「お前はここで待てるか」


小さな身体の前脚が動いた。


『同行可能です』


「遅い」


『比較記録です』


「うるさい」


シグは返事をしなかった。代わりに3本の脚で立ち、俺の右側へ移動した。


背中は軽いままだった。

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