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主の縄張り

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

白い柱の内側で、河の主を27日観察した。柱の外は河の主の巡回路だ。あれが回っている限り、空洞から先へはどこへも進めない。そして柱の内側にいる限り、身体は少しずつ削れていく。


最初の3日は、空洞から出なかった。砕かれた筏(いかだ)と保存食は河へ沈んだ。残ったのは濡れた記録帳、腰の金具、小型刃、背負い枠、それに壁穴から抜いた折れた鉄杭(てっくい)だけだった。


透明な水は、空洞の奥にある細い水路から得られた。食べられるものは、石の隙間へ入り込む小魚と、柱を越えてくるヒルだけだった。熱した石で水気を飛ばし、少しずつ腹へ入れる。毒分解(どくぶんかい)Lv.2があっても、量が足りなければ身体は軽くならない。


右肩は、筏(いかだ)から落ちた時より動くようになった。ただ、胸より上へ持ち上げると関節の奥で引っ掛かる。左肘の痺(しび)れは2日で薄れた。脇腹はまた開き、乾いた布を巻き直した。


『安静の継続を推奨します』


「3日休んだ」


『損傷の回復には不足しています』


「食うものがない」


『その状態での観察行動は、さらに消耗します』


「ここにいても減る」


返事はなかった。


俺は中枢核(ちゅうすうかく)を空洞の最も高い段へ固定した。下へ滑らないよう、背負い枠の帯を壁の突起へ二重に回す。シグは水へ入れられない。外部感知器が見られるのは、空洞の入口と白い柱の一部だけだった。


『あなたが視界外へ出た場合、警告はできません』


「戻る」


『以前も同じ発言を記録しました』


「戻った」


『事実です』


「なら問題ない」


『1度の生還は、次の生還を保証しません』


俺は返さず、腰へ縄を結んだ。もう一端を白い柱の内側へ回し、引けばすぐ外れる結び方にする。


河へ入る時は、左足だけを先に沈めた。水流感知(すいりゅうかんち)Lv.1へ入ってくる震えを、近いものから選ぶ。柱へ当たる流れ。奥の水路へ抜ける流れ。川底を這(は)う小さな生き物。最後に、柱の外を通る大きな流れだけを残した。


河の主は、同じ場所を回っていた。1周目は河の中央を下る。白い柱の前を通る時も、距離を変えない。2周目は下流側へ膨らみ、壁沿いの深い場所を探る。触手が川底と岩の隙間をなぞり、小さな影を引きずり出した。


3周目だけ、上流側の川底で長く止まる。シグが時間を測った。


『3周目の停止、平均13分』


「食ってる」


触手が川底を探り、捕らえたものを口へ運ぶ。捕食中も触手は動いていたが、頭の向きはほとんど変わらない。


『捕食中、頭部方向の変化は平均12度以内』


「近くへ寄っても気づかないんじゃない。向きを変えにくい」


『可能性として記録します』


3本の裂け目は、一定の間隔で開いていた。通常の移動では、上と中央が交互に開く。下の1本は狭く、補うように動く。加速する前だけ、3本が同時に大きく開いた。その直後、周囲の水が後ろへ押し出される。


「口だけで進んでるんじゃない」


『頭部後方の裂け目が推進に関与している可能性があります』


「1本止めれば、曲がる」


『未確認です』


「確認する」


『成体での確認を推奨しません』


河の主の周囲には、小型の影が3体いた。口の形と、頭の後ろにある3本の裂け目は同じだった。背から伸びる細い腕は短く、白い柱の隙間にも入れる。


「あれは子か」


『形状の一致を確認しています。親子関係は判定できません』


小型の1体が、成体の巡回から外れた。白い柱を越えても、河の主は追わない。境界の内側まで入った小型は、石段の下を回り、また河へ戻っていく。


俺はその動きを5回見た。6回目に、罠(わな)を置いた。石段から3歩の位置へ、魚の内臓を布で包んで沈める。縄の先は空洞の床まで伸ばした。


俺は左足首の古い傷を小型刃で浅く開いた。血が水へ落ちる。


『自傷を確認』


「少しだ」


『量ではなく行為を記録しています』


赤い筋が柱の間へ流れた。小型の影が止まる。頭がこちらへ向いた。次いで、背の細い腕が左右へ広がる。


成体は巡回を続けていた。俺は鉄杭(てっくい)を左手へ寄せ、石段の横で待った。


小型の影が柱を越える。最初に2本の触手が入った。左から来た1本を避ける。もう1本へ左前腕を向け、硬殻(こうかく)Lv.1を集めた。灰色の殻へ触手が巻きつく。


引かれる前に、俺は自分から1歩踏み込んだ。小型の口が開く。周囲の水が引かれ、牙が左肩の横を通った。


頭の後ろで3本の裂け目が開いた。俺は鉄杭(てっくい)を一番上へ突き入れた。潰れた先端が白い膜を押す。だが、1度では破れない。


小型が身体を反らせ、左前腕へ巻いた触手を引いた。俺はその力に逆らわず、頭を白い柱へ押しつける。鉄杭(てっくい)の後端を床へ当て、左肩で押した。白い膜が裂けた。


黒い血が水へ広がる。小型の尾が石段を2度叩いた。触手が殻から外れ、白い身体が横へ倒れた。動きが消えるまで、鉄杭(てっくい)を抜かなかった。


冷たい文字が浮かぶ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

《討伐結果》

討伐対象:アビスクラーケン幼体 1体

討伐吸収(とうばつきゅうしゅう)が完了しました。

未成熟な個体のため、微弱な力の残滓(ざんし)を蓄積します。

能力値に変化はありません。

獲得可能な技能はありません。

忘却値に変化はありません。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


アビスクラーケン。目の前の幼体がそうなら、柱の外にいる河の主も同じ魔物だ。


俺は鉄杭(てっくい)を抜き、幼体の触手を掴(つか)んだ。


『成体が上流側で旋回しました』


「死骸を見せる」


『餌(えさ)として使用するのですか』


「食うか確かめる」


幼体の死骸を柱の外へ押し出した。黒い血の筋が下流へ伸びる。アビスクラーケン成体は巡回を外れ、死骸へ近づいた。同種の匂いに迷う様子はなかった。


大きな口が開き、幼体を頭から呑(の)み込む。白い骨が砕ける震えが、水を通して左足へ届いた。


「近い獲物を優先する。同種でも食う」


『記録しました』


成体は死骸を呑(の)み込む間、頭を上流へ向けたままだった。触手は動いている。それでも、柱の内側へは入ってこない。


俺は空洞へ戻り、記録帳へ名を書いた。


『河の主。アビスクラーケン成体。幼体を捕食。白い柱を越えない』


シグの青い光が文字をなぞる。


『対象の名称を記録しました』


「次は、どこまで触手が届くか測る」


『反対します』


「意見か」


『意見です』


「記録だけ続けろ」


2体目の幼体には、鉄杭(てっくい)を使わなかった。折れた杭(くい)は成体の裂け目まで残す必要がある。


魚の血を流し、前と同じ場所まで誘う。幼体が柱を越えた瞬間、俺は3本線の金具で下の裂け目を切った。浅い。傷ついた幼体は逃げようと身体を反らせ、背の触手が白い柱へ絡む。俺はその1本を縄で柱へ固定した。


幼体自身が河へ戻ろうと引く。絡んだ触手が伸び切り、頭の向きが止まる。裂け目の傷が開いた。俺は金具をもう一度差し込み、白い膜を横へ切った。黒い血が噴き、尾の動きが弱くなる。最後に小型刃を頭の後ろへ押し込むと、幼体が止まった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

《討伐結果》

討伐対象:アビスクラーケン幼体 1体

討伐吸収(とうばつきゅうしゅう)が完了しました。

同種討伐による吸収効率低下を確認しました。

微弱な力の残滓(ざんし)を蓄積します。

能力値に変化はありません。

獲得可能な技能はありません。

忘却値に変化はありません。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


俺は死骸を空洞へ引き上げた。食べるためではない。奥の細い水路を調べるためだ。


水路は膝ほどの深さで、空洞の奥から河へ戻っている。幅はアビスクラーケン成体の頭が入る程度しかない。曲がりはない。奥へ7歩進むと床が高くなり、その先は乾いた段へ続いている。左右の壁には、同じ間隔で石の突起が並んでいた。古い縄か格子を固定するためのものに見える。


俺は幼体の触手を1本切り、水路の入口へ流した。柱の外から鉄杭(てっくい)で触れる。流れに乗った触手は、5歩目の突起まで届いた。そこから先は、水路の底へ沈む。


成体の触手が同じ長さなら、届くのは5歩まで。俺が6歩目より奥にいれば、頭を入れさせたまま裂け目へ近づける。ただし、口が作る流れは別だ。水路の水を強く吸われれば、6歩より奥にいても引き戻される。


俺は石へ縄を結び、身体を支えられるか試した。乾いた時は持つ。水を掛けて引くと、繊維が滑った。結び方を変えた。3回目で滑らなくなった。


『計画成功率、算出不能』


「失敗した時は」


『水路内でアビスクラーケン成体に捕食される可能性が高いと判断します』


「分かってる」


『理解と実行は別項目です』


シグが以前にも言った言葉だった。


俺は空洞へ戻り、折れた鉄杭(てっくい)を研いだ。石へ擦(こす)りつけても、潰れた先端は針のようには尖(とが)らない。それでも、幼体の裂け目を破った時よりは細くできる。肉へ入ればいい。


右肩は胸の高さまでしか使えない。両手で頭上から振り下ろすことはできなかった。鉄杭(てっくい)の後端を右脇へ挟み、左手で先を支える。右腕は持ち上げず、身体ごと前へ押し出す。


壁の溝を狙って突いた。最初は右へずれた。次は先が落ちた。足の位置を半歩変え、腰から押す。同じ溝へ当たるまで繰り返した。


『47回』


「10回くらいだ」


『47回です』


「途中から数えただろ」


『最初から記録しています』


左手の皮が裂け、鉄杭(てっくい)に血がついた。俺は布を巻き、もう一度構えた。


『休息を要求します』


「あと3回」


『前回も同じ発言をしました』


「今回は守る」


3回突き、鉄杭(てっくい)を床へ置いた。


『休息開始を記録します』


準備を終えた夜、俺は記録帳を開いた。濡れて波打った頁(ページ)へ、短く書く。


『アビスクラーケン成体を細水路へ誘導する。近い餌(えさ)を優先。頭を向けた後は曲がりにくい。触手は推定5歩。上の裂け目へ鉄杭(てっくい)を入れる』


その下へ、シグの状態も記した。


『中枢核(ちゅうすうかく)のみ。外装に浸水歴あり。水へ入れない。空洞の高い段へ残す』


青い光が頁(ページ)から俺へ向いた。


『私の記録は不要です』


「必要だ」


『理由を要求します』


「俺が戻らなかった時、ここにいたことが残る」


空洞の外で、水が柱へ当たっていた。長い沈黙の後、シグが答える。


『その用途を承認しません』


「命令じゃないんだろ」


『意見です』


「なら、記録は消さない」


『代案を要求します』


「戻る」


『保証になりません』


「戻って、続きを書く」


青い光が1度だけ細くなった。


『記録を継続します』


翌日、河の主は3周目の巡回へ入った。上流側で捕食を始める時刻まで待つ。


俺は2体目の幼体を細水路の突起へ結んだ。傷口を開くと、黒い血が出口へ流れていく。鉄杭(てっくい)は水路の6歩目へ置いた。腰の縄を突起へ結び、濡れても滑らないことをもう一度確かめる。中枢核(ちゅうすうかく)は、空洞の高い段へ背負い枠ごと固定した。


『レイ。右肩の可動域は前日比で低下しています』


「杭(くい)は左手で支える」


『必要なのは回答ではなく、中止です』


「終われば休む」


『終了条件に、あなたの生存を含めてください』


俺は鉄杭(てっくい)を握り直した。


「含めてる」


黒い血の筋が白い柱の外へ届いた。アビスクラーケン成体の流れが変わる。巡回を外れ、細水路へ向きを変えた。巨体が進むたび、水路の水が河側へ引かれる。


俺は6歩目まで下がり、右脇へ鉄杭(てっくい)の後端を挟んだ。背後でシグが言う。


『レイ。帰還を要求します』


「記録して待て」


『待機ではなく、帰還を要求しています』


「戻る」


柱の外で、大きな頭が水路へ向いた。3本の裂け目が同時に開く。


水路の水が、一気に河へ引かれた。

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それでは、次回の更新でお会いしましょう!

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