幼体狩り
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それでは、どうぞお楽しみください。
1匹目の死に方を、見ていたのかもしれない。
穴の入口で、細い触角は止まったままだった。さっきと同じ音を立てれば、今度は跳んでこない。鎖の重りを泥へ落とした音も、膝をついた重さも、あの触角はもう覚えている。
待っていられる時間も長くはなかった。根の間には、1匹目の血と紫の液の匂いが広がっている。毒の茸を食う成体が、この匂いを追ってこないとは思えない。右手の指は2本、握っているのかどうかも分からなくなり始めていた。
あれが戻る前に、穴の中のものを片づける。それから、あの鎌の動きを覚える。成体の前で同じ刃を受ければ、次は肘の上では済まない。
音で呼べないなら、匂いで呼ぶ。1匹目の口には紫の液が付いていた。幼体も、あの毒を食う。
俺は1匹目の腹から出た紫の袋を布で包み、穴の前へ置いた。布の隙間から甘い匂いが漏れる。鎖の端は袋の下を通し、その先を右側の根へ1度だけ回してある。引けば、袋は下から破れる。
それから3歩離れ、地面へ膝をついた。立ったままでは、足を動かすたびに震えを拾われる。
触角が伸び、袋の方へ傾いた。音より先に、匂いへ向いた。幼体の頭が半分だけ現れ、1歩出て、止まる。触角の片方が、今度は俺へ向いた。
息を止めても、心臓は動く。膝から泥へ伝わる震えまでは消せない。
俺は左手の小石を、穴の奥へ投げた。幼体が振り返る。その瞬間に鎖を引いた。袋が破れ、紫の液が幼体の顔へ飛んだ。
2本の鎌が反射的に閉じる。自分の顔を守る動きだった。液は触角の片方へべったりと張りつき、幼体は頭を振っても落とせずにいる。
俺は左から近づいた。足音を殺す必要はない。幼体は俺へ向き直ろうとしたが、濡れた触角が泥へ垂れ、向きがわずかにずれた。そのまま跳んだ身体は俺の右を通り過ぎ、根へ激突した。
触角を汚せば、着地を誤る。こいつらは目より先に、あの細い2本で狙いをつけている。
俺は採掘槌を頭へ振り下ろした。裂けた柄が軋む。一撃では止まらなかった。幼体の左の鎌が泥を抉り、俺の脛へ向きを変える。踏み込みに使えない右足では、退けない。
俺は槌から手を離し、短い鎖を鎌の付け根へ巻いた。根を挟んで引くと、左前脚が外へ開く。
残った右の鎌が、内側から胸へ閉じてくる。俺は左前腕を前へ出し、硬殻を張った。灰色の層が前腕を覆い、刃がそこへ食い込む。1匹目の時に付いた白い傷が、さらに深くなった。
長くは持たない。正面から受ければ、同じ場所を削られるだけだ。
俺は身体を前へ倒し、幼体の頭を左腕と根の間へ挟んだ。右手で採掘槌を拾い、尖った側を首の継ぎ目へ押し込む。
幼体が暴れた。鎖を巻いた前脚が根を叩き、鉄輪が1つ外れて泥へ落ちる。挟まれた頭が捻られ、自由な刃の先が俺の頬を掠めた。
俺は右肩を上げず、腰で柄を押した。首の殻が割れ、脚の震えが止まった。
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《討伐結果》
討伐対象:ヴェノムマンティス幼体 1体
討伐吸収が完了しました。
同種の力の残滓を蓄積しました。
吸収効率が低下しています。
能力値の変化はありません。
獲得可能な技能はありません。
忘却値に変化はありません。
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2匹倒しても、すぐには強くならない。それでも、成体の速さを目で追えなかった時とは違う。
鎌は2本同時には来なかった。最初の刃で動きを止め、2本目を内側から閉じる。跳ぶ直前には後脚が沈み、狙いを変える時は触角が先に向く。
殻を解く前に、前腕の傷を見た。深いのは、刃がまっすぐ食い込んだ場所だけだ。1匹目の最初の刃は表面を滑り、浅い線しか残していない。あの時、腕は刃に対して斜めになっていた。
成体の刃が肘の上まで届いたのも、殻を正面に構えて待ったからだ。受けるなら、刃の来る向きへ殻を斜めに寝かせる。思った場所へ張れるとは限らない。それでも、どこで受けるかは選べる。
知れば、次は避けられる。避けられなければ、滑らせる。
俺は2匹目の死骸を穴から離した。右手の痺れが強くなっている。採掘槌の柄を握っているのに、指2本の感覚が薄かった。右脛の白い糸も、包帯の下でまた動き始めている。
幼体の腹にある透明な袋が、毒の色を消していた。あれを食べれば、自分の毒にも効くかもしれない。
俺は袋へ手を伸ばし、途中で止めた。効くと確かめていない。毒を薄くする器官そのものに、別の毒がないとも限らない。先に、生きた個体がどこまで毒へ耐えるかを見る。穴の奥には、もう1匹いる。
俺は2匹目から紫の袋だけを外し、少し離れた泥へ置いた。その周囲へ、折った細い根を3本立てる。袋へ跳べば、着地する場所は狭くなる。
正面には鎖を低く張った。右には深い泥。左には、俺が隠れられる太い根がある。
準備を終えた時、穴の中で足音がした。
3匹目は、ゆっくり出てきた。他の2匹より小さい。そいつは袋へ近づかず、まず1匹目の死骸へ頭を向けた。触角が割れた殻へ触れ、動きが止まる。それから2匹目の死骸へ移り、首の継ぎ目の割れ目をなぞった。
仲間が、どこを割られて死んだのかを確かめている。
次に、触角が地面をなぞった。泥に残った俺の足跡を、1つずつ拾っていく。毒の匂いには1度も頭を向けなかった。2匹目が匂いに釣られて死んだのを、穴の奥で聞いていたのだろう。
幼体は袋を無視し、俺が隠れた根へまっすぐ向かってきた。同じ罠は使えない。
だが、足跡を追ってくるなら、来る道はこちらで決められる。俺の足跡は根の裏で止まり、その手前に鎖が低く張ってある。
俺は根の裏から出た。幼体が後脚を沈める。跳ぶ前の動きだ。
俺は跳ばず、左足で泥を強く踏んだ。振動に引かれ、幼体の頭が足元へ向く。2本の鎌が低く開いた。
狙いは脚だ。脚を狙って跳べば、身体も低く飛ぶ。
俺は踏んだ左足を引き、鎖の手前まで下がった。幼体が跳ぶ。2本の鎌が、俺の脚があった高さで閉じた。低く伸びた身体は鎖を越えられず、細い後脚が引っかかって、前から泥へ落ちた。
俺は横へ回った。最初の一撃で背を割る。幼体が鎌を振り戻す前に、次の一撃を首の継ぎ目へ入れた。
乾いた音がした。採掘槌の柄が、裂けていたところから折れた。鉄頭と短く残った木が、俺の手の中へ落ちる。
だが、幼体の頭も泥へ沈んだまま動かなかった。冷たい文字が浮かぶ。
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《討伐結果》
討伐対象:ヴェノムマンティス幼体 1体
討伐吸収が完了しました。
同種の力の残滓を蓄積しました。
統合閾値には達していません。
能力値の変化はありません。
獲得可能な技能はありません。
忘却値に変化はありません。
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俺は折れた採掘槌を見た。もう振るえない。鉄頭は使えるが、新しい柄が必要だった。鎖も輪が減り、長さは俺の腕2本分ほどしかない。
代わりに、成体へ近づくための動きは見えた。最初の鎌を受けない。後脚が沈む前に狙いをずらす。触角へ毒を付ければ、着地を誤らせられる。受けるなら、殻を斜めに寝かせる。
それでも、まだ足りない。幼体の刃でさえ、硬殻へ深い傷を残した。成体の2撃目をまともに受ければ、腕ごと切られる。
それに、3匹目は仲間の死に方を読んでから来た。小さい方でさえ、1度見たものを覚える。
俺は3匹目の腹を開かなかった。血と毒の匂いが濃くなりすぎている。大きな個体が戻れば、狭い穴の前では逃げ場がない。
死骸を1匹だけ残し、2匹を鎖で引いた。紫の袋も布へ包み直す。根の間を抜け、風が通る高い場所へ移るつもりだった。
10歩も進まないうちに、背後で硬い音がした。しゃり、と1度だけ。
俺は死骸を放し、太い根の陰へ伏せた。来た道の先で、青黒い2本の鎌が持ち上がる。
成体だった。
そいつは俺を追わず、穴の前に残した幼体へ近づいた。触角で、割れた殻と泥をなぞる。3匹目がしたのと、同じ動きだった。次に、地面へ散った紫の液へ触れた。
三角形の頭が上がった。触角が、俺のいる方向へ向く。
泥には、死骸を引いた跡が残っていた。隠れるための根はあっても、引きずった筋までは消せない。
成体は幼体の死骸を食わなかった。2本の鎌を開き、俺が残した筋の上へ脚を置く。
1歩。
次の1歩は、まっすぐこちらへ向いていた。
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