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二本の鎌

ご覧いただきありがとうございます!

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それでは、どうぞお楽しみください。

足の裏の重さが、泥へ沈んだ。


虫の三角形の頭が、こちらへ向いた。次の瞬間、その姿が消えた。


右から風が来る。俺は反射的に採掘槌(つち)を上げた。甲高(かんだか)い音が弾け、鎌(かま)が槌(つち)の柄へ食い込む。木片が顔の横を飛んでいった。


速い。腕に衝撃が届いた時には、虫はもう3歩先へ着地していた。着地の音すら、ほとんどしなかった。細い脚が泥を押さえ、身体の向きだけがこちらへ戻る。


2本目が来る。俺は左前腕へ意識を集めた。皮膚が硬くなり、灰色の層が前腕を覆う。その殻で鎌(かま)を受けた。


受けたはずだった。刃は殻の表面を滑り、そのまま肘の上へ食い込んだ。


赤い線が走る。深くはない。だが、硬殻(こうかく)の上から切られた。蛙の舌は、この殻で止まった。同じ守りが、この鎌(かま)には半分しか役に立たない。


俺は槌(つち)を横薙(よこな)ぎに振った。虫は身体を沈めるだけで避け、そのまま懐へ入ってくる。後ろへ跳んだ。胸元を鎌(かま)が掠(かす)め、服が斜めに裂ける。少し遅れて、裂け目の下に血が滲(にじ)んだ。


痛みは後から来た。熱い線が胸を横切り、息を吸うたびに布が擦(す)れる。


俺は太い根を背にした。ここなら、背後を気にせず正面だけを見ていればいい。


虫もすぐには来なかった。鎌(かま)を開き、左右へ小さく揺らしている。何を見ているのか、俺は頭から目を離さずに探った。呼吸を止めても、頭は動かない。肩を揺らしても変わらない。


足だ。最初に頭がこちらを向いたのも、俺が泥へ体重を移した時だった。泥を踏んだ時だけ、三角の頭が僅(わず)かに動く。こいつは地面の震えを拾っている。


俺は鎖の端を左へ投げた。重りが泥へ落ち、虫がそちらへ跳ぶ。


今だ。右から踏み込み、採掘槌(つち)を振り下ろした。


虫は鎖の重りへ鎌(かま)を振るう寸前で、身を捻(ひね)った。槌(つち)が外殻を掠(かす)め、浅い傷が入る。


当てられる。そう思った直後、もう片方の鎌(かま)が下から跳ね上がった。採掘槌(つち)の柄が半ばまで裂け、握っていた指が弾かれる。槌(つち)が泥へ落ちた。


拾い直す暇はなかった。身体を反らしたが、鎌(かま)の先が右肩を裂く。治りかけていた傷が開き、腕から力が抜けた。


俺は左手で鎖を引いた。重りが虫の後脚へ絡む。引き倒すつもりだった。だが虫は、鎌(かま)を1度振っただけだった。


鎖の輪が断ち切られた。


手の中に残った端を握り直す。断面は斜めに光り、叩き割られたのではなく、削ぐように切られていた。鉄まで切るのか。短くなった鎖が、泥の上を滑って足元へ戻ってくる。


虫は追撃しなかった。切れた鎖へ口を寄せ、紫の茸(きのこ)の液が付いた輪を確かめるように触角を動かしている。毒の臭いに反応している。


右手の腫(は)れを見た。指先には、まだ紫の液が残っている。熱を持った皮膚が、心臓の音に合わせて疼(うず)いた。


虫の頭が、俺の手へ向いた。食うために来たのか。俺ではなく、俺に付いた毒を。


どちらでも同じだった。手を狙って来れば、鎌(かま)は腕ごと落とす。


俺は近くの茸(きのこ)を蹴り折った。紫の液が泥へ飛び散り、虫の頭がそちらへ動く。その間に泥の中の採掘槌(つち)を掴(つか)み、反対側へ走った。3歩目で、背後の泥が弾けた。


追いつかれる。俺は太い根の隙間へ身体を滑り込ませた。幅は肩1つ分しかない。鎌(かま)が背中を追い、根の表面が斜めに削れた。もう一撃で届く。


腰の布包みを裂き、蛙の口を焼いた茸(きのこ)の欠片を根の外へ投げた。虫が止まる。欠片へ鎌(かま)を伸ばし、地面へ押さえつけている。


その間に、狭い隙間を這(は)った。右肩が根へ擦(す)れ、布の下で血が広がる。右脛(すね)を引きずるたび、白い糸が肉の中を這(は)った。後ろでは硬い音が続いている。根を切っている。この太さでも、いつまでも保たない。


隙間の先は急な下りだった。黒い泥の溝が、さらに奥の暗がりへ続いている。縁を掴(つか)んで身体を滑らせ、数歩分落ちたところで横向きに転がった。


上から鎌(かま)が突き込まれた。先端が、頬のすぐ横の泥へ刺さる。


息を止めたまま、刃の根元を見上げた。その先で青黒い胴が根につかえ、それ以上は下りてこない。虫は鎌(かま)を引き抜き、別の角度から何度も差し込んでくる。俺は泥の斜面をさらに下がり、刃先が届かなくなったところで、ようやく息を吐いた。


勝てなかった。


力も速さも、奈落(ならく)へ落ちた時とは比べものにならない。それでも、あの2本の鎌(かま)は俺より速かった。硬殻(こうかく)でも止め切れず、採掘槌(つち)の柄は半ばまで裂け、鎖は半分近くまで短くなった。腰に下げた毒も、もうない。


右肩を布で縛った。結び目を作ろうとすると、手が震えた。恐怖だけではない。毒と胞子が、身体の中で重なっている。強くなった熱に隠れていた痛みが、今になって戻ってきていた。


上では、茸(きのこ)を噛(か)む音がしている。俺を追うのをやめ、餌(えさ)へ戻ったらしい。やがて硬い足音が、根の上を遠ざかっていった。


俺は溝の泥に残った足跡を見た。大きな三つ叉(また)の跡。その横に、同じ形の小さな跡が幾つもある。しゃがんで指でなぞると、深さは大きな跡の半分もなかった。


成体だけではない。幼い個体がいる。同じ速さではないはずだ。鎌(かま)も外殻も、あれほど完成してはいない。


「まず、小さい方だ」


勝てない相手へ、同じやり方で向かうつもりはなかった。戦える相手を狩り、動きを覚えてから、2本の鎌(かま)を折る。


裂けた柄へ布を巻き、残った鎖を二重に重ねた。強く振れば、どちらも次で壊れるだろう。右脛(すね)の包帯は黒く濡れていた。灰を押し当てた所の糸は止まっているが、その上では細い盛り上がりが膝へ向かって伸びている。長く休めば、毒が先に回る。


記録帳を開き、炭筆で書いた。


『大きな鎌虫(かまむし)。地面の震えを拾う。毒の茸(きのこ)を食べる。狭い根には胴が入らない。小さな足跡あり』


その下へ、『追う』と書き足した。


小さな足跡は、溝の底から太い根の下へ入っていた。


穴は、腰を屈めれば通れる高さだった。内側には青黒い殻の欠片と、噛(か)み潰された紫の茸(きのこ)が落ちている。あの大きな身体は、ここを通らない。


入口の横へ小石を置き、鎖の端で弾いた。乾いた音が穴の奥へ転がっていく。すぐに、奥で細い脚音が止まった。


1つではない。右の壁際で2つ。さらに奥で1つ。


俺は採掘槌(つち)を地面へ置いた。裂けた柄では、狭い穴の中で振れない。代わりに入口へ布を1枚広げ、その上へ泥を薄く塗った。踏めば足が沈み、わずかでも速さが落ちる。


穴の外へ下がり、鎖で根を叩いた。1度、2度と音を送る。3度目で、青黒い影が飛び出した。


大きさは俺の膝ほどだった。三角形の頭と2本の鎌(かま)は成体と同じだが、外殻は薄い。脚も細く、着地した時に泥へ深く沈んだ。


幼体は、音を出した鎖ではなく俺へ頭を向けた。細い触角が左右へ揺れている。地面の震えだけではない。血か、紫の液の匂いも拾っている。


俺は動かず、紫の残る右手を布で隠した。幼体の頭が1度迷う。その隙に小石を左へ投げると、泥へ落ちた振動を追って幼体は横へ跳んだ。


やはり、足元の震えが先だ。


鎖を引いた。泥を塗った布が後脚へ絡み、跳び直そうとした身体が傾く。2本の鎌(かま)が布を挟んだが、1度では切れなかった。


成体より弱い。


採掘槌(つち)を拾い、左足だけで踏み込んだ。距離は2歩。頭がこちらへ戻る前に、平らな鉄頭を背へ落とす。殻が割れた。だが、幼体は止まらなかった。


身体を捻(ひね)り、右の鎌(かま)を俺の足首へ振るう。鎖を放して左へ退くと、刃の先が靴の表面を裂いた。踏み込みに使えない右足を狙われた。偶然ではない。


幼体が低く身を沈め、後脚を縮めた。鎌(かま)の先までは1歩半。飛びつけば、さらに1歩伸びる。


俺は左前腕を前へ出し、殻を張った。同時に、幼体が跳んだ。


最初の鎌(かま)が左前腕へ当たり、表面を滑った。2本目は遅れて、内側から閉じてくる。俺は腕を引かず、そのまま幼体の胸へ押しつけた。2本の鎌(かま)が腕の外側で閉じ、関節までは届かない。


空いた右手で、採掘槌(つち)の尖(とが)った側を頭と胸の境目へ突き込んだ。柔らかな手応えがあった。脚が泥を掻(か)く。俺は槌(つち)を抜かず、根へ押しつけ続けた。


殻の内側で、何かが1度潰れた。2本の鎌(かま)が開き、身体から力が抜けた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

《討伐結果》

討伐対象:ヴェノムマンティス幼体 1体

討伐吸収(とうばつきゅうしゅう)が完了しました。

微量の力の残滓(ざんし)を蓄積しました。

能力値の変化はありません。

魂の形成が未熟です。

獲得可能な技能はありません。

忘却値に変化はありません。

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ヴェノムマンティス。あの大きな個体と、この幼体の名だった。


強くはならない。それでも、初めてあの鎌(かま)の形をした相手を倒した。


硬殻(こうかく)を解くと、殻の跡に白い傷が2本残っていた。幼体の鎌(かま)でも、同じ場所を何度も受ければ割られる。


穴の奥に残っていた2つの脚音は消えている。逃げたのか、待っているのかは分からない。俺は死骸の後脚へ鎖を巻き、入口から離れた根の陰まで引いた。口には紫の液が付いている。


腹は成体より柔らかかった。幼体の鎌(かま)の先を折り取って殻の隙間へ入れ、押し広げる。薄い刃は2度目に根元から欠けたが、腹の膜は開いた。中から、紫と透明の2つの袋が出てきた。


紫の袋には、噛(か)み砕かれた茸(きのこ)が残っている。透明な袋から漏れた液は、近くの白い菌糸(きんし)へ落ちても何も起こさなかった。


採掘槌(つち)の先へ紫の液を少しつけ、透明な袋の中へ入れた。


濁った色が、ゆっくり薄くなっていく。


毒を避けているのではない。身体の中で変えている。あの成体が毒の茸(きのこ)を餌(えさ)にできるのも、この袋のせいかもしれない。


俺は記録帳へ書いた。


『ヴェノムマンティス。幼体も毒茸(どくきのこ)を食べる。腹に2つの袋。片方で毒の色が消える。鎌(かま)は内側へ閉じる。触角は匂い、脚は振動』


書き終える前に、穴の奥で殻が擦(す)れた。俺は帳面を閉じた。


2匹目は出てこない。入口の暗がりに、細い触角だけが見えている。


触角は動かなかった。俺が先ほどと同じ音を出すのを、待っていた。

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