第1話 ダンジョンに攻略される日①
目の前に置かれた薄い書類の束。
「……これは?」
男は立ったまま置かれた書類に視線を落とす。
「分かっているだろう?」
書類を置いた男は口元に微かに笑みを浮かべながらそう言った。
「……そうか」
立っていた男はその薄い紙の束を手に取った。読まなくても内容はすでに分かっていたが、一応その中身を捲って見ればそこに書いてあるのは男に対する解雇通知。
「君は八年もの間このギルドに尽くしてくれた。それ相応の金は支払われる」
男は書かれている内容を把握すると、それを指で折り曲げ懐へとしまい込んだ。
「ギルドは常に他のギルドと熾烈な争いを続けている。より強力なダンジョンをより深く、より早く攻略する為にな。そしてそれを達成する為には数多くの優秀な探索者が必要だという事は君も理解しているだろう?」
「……優秀な」
「そうだ。そしてデータを見る限り、君が得意としているそのサポートの分野でさえも『忍』の探索者が増えた事で完全に必要がなくなった。忍は君の持つ隠密よりも戦闘力が高く、有力なスキルを多数覚えるといういわば上位互換とも言える才能だからな」
「……十分な理由、か」
「そういう世界だと知っていて入って来たんだろう君も?ダンジョンの探索者という弱肉強食のこの世界に」
「…………あぁ、そうだな」
「君は物分かりが良くて助かる。話はこれで終わりだ。後はそうだな、ギルド内に君の荷物がまだあるのであれば、出来れば今週中には片付けてもらえるとこちらとしても助かる」
「……いや、荷物は無い」
そう言うと男は踵を返し部屋の出口の方へと歩いて行った。
「……世話になった」
ドアを開ける直前に足を止めた男がそう言うと、その男はドアを開けてそのまま部屋から出て行った。彼が出て行った事で部屋の中で再び一人となったこの男は目を細める。
―――今は昔とは時代が変わった。
ダンジョンが出現した直後の数年間は探索者の数はまだまだ少なかった。しかしそれからすでに三十年以上過ぎている現在では、探索者に関わる様々なシステムが構築され、ランクに関わる事やダンジョンの管理方法など、多くの事がすでに世界共通のルールとして制定されている。
とは言ってもダンジョンにはまだまだ不明な点も数多く存在する。それこそどうしてダンジョンが出現したのかという謎は未だに解明されていない。
ダンジョンを生み出すのが『ダンジョンコア』なる存在だとは分かっているが、そのダンジョンコアが一体どういった仕組みなのか、どうして地球にそんなものが現れたのかが全く分かっていないのである。
そして不明な点について言うのであれば、ダンジョン内に『ダンジョン内安全地区』が存在している事もその内の一つとして名が上がるだろう。
どうしてかダンジョンにはそれぞれモンスターが一切近寄らないエリアがあるらしく、その地区をセーフティエリアと呼ぶようになった。
このエリアになぜモンスターが近寄らないのか、仮説はあるにせよ今でもはっきりとした理由は分かってはいない。
しかしそういったセーフティエリアに目を付けるのが人という存在であった。
モンスターが近寄らないのであれば拠点として使える。そう考えた人類は探索者のスキルやダンジョンから持ち帰った資源を活用して転移装置の開発に成功。その転移装置をセーフティエリアに設置する事で、より効率的にダンジョンを探索、そして攻略する事が可能となったのだ。
余りにも便利で有用だったこの装置は、一部の人間や企業による独占を防ぐ為、全世界で共有の財産として扱われるようになった。探索者になる事で貸与される探索者認証デバイスもそういった扱いを受けている代物だ。
このようにダンジョンから手に入る素材から生み出されるものは非常に有用であり、かつ強力ものばかりであった。
そんな素材から生み出された装備品や数々の品々。
そして探索者になりモンスターを倒す事で強化された身体能力。
それによって扱えるようになった有用なスキル群。
それら全てが組み合わされた事で、人類は完全なる新時代を迎えた―――。
「だと言うのに、八年も籍を置いておきながら身体能力だけが多少良くなった程度で戦力としては下級。配信で使おうにも役割上それも出来ない探索者など。どうしてこんな奴をいつまでも放って置いたんだ」
多くの者達が夢を見て探索者となる時代だ。戦力にならないだけでも足手まといだというのに、宣伝にすらならない裏方などこのギルドには必要無い。
新たにこのギルドの幹部となった彼の呟きは、誰に聞かれる事も無く空気の中へ溶けて消えていった。
◇◇◇
―――翌日。
ギルドから解雇された俺はホテルを借り、備え付けられているシャワーを浴びてからそのまますぐに眠りに落ちた。
八年もの習慣によって身に着いたものは一日で消える訳も無く、朝の日が昇り始める五時が近くなる頃には自然と目が覚めていた。
ピーッという完了の合図でコーヒーメーカーのポッドを取り出し、カップにゆっくりと注いでいく。唯一の楽しみといえる朝の最初の一杯となるコーヒーの香りを楽しんでからそっと口を付ける。
「……さて、これで晴れて自由の身になってしまった訳だが」
そんな事を呟きながらテーブルの上に置いていた探索者デバイスを手に取る。スマートフォンと同じ形状をしているが、厚さは僅か三mm程しかないこのデバイスの上を親指で軽くスライドさせる。
その操作に反応したデバイスから飛び出すようにホログラムが現れ、自分のステータスの画面を表示させた。
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夜野秀鷹
年齢:26
所属:無所属
ランク:F
才能:隠密
特性:認識阻害・消音・感覚強化・空間把握・スキル加工
スキル:粘着泡・ワイヤーロープ・伸縮ゴム・神経毒
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何度見ても変わる事の無い現実に、俺は深い溜め息を吐いた。
現在の世界では、ダンジョンに入りその中に生息するモンスターを狩る事で特殊な力を授かる事があり、人はそれを『才能』と呼んでいる。
そしてその才能によって発現していくスキルの方向性は大体決まっており、例えば剣に関する才能であれば、振った剣と全く同じ軌道の斬撃を飛ばす『飛刃』なんかがそのいい例だろう。
俺の様に特性で気配や足音を小さくし、そして相手の移動や行動を阻害するようなスキルを覚える才能もいくつか存在する。
俺のステータス画面にもあるような『隠密』、より多彩で攻撃的な『忍』や、どちらかといえば敵を屠る為にそういった特性を持っている攻撃特化の『暗殺』などがそれだ。
「……八年もやって結局はF止まり。まだ年齢的には若い方だとは言え、得た才能から考えても確かに将来性なんざ皆無の探索者だな」
ランクとは探索者の強さを表す最も分かりやすい指標の一つだ。S~Gまでのアルファベットで表されるその指標は当然ながら上がSで下がGとなっている。
つまり俺のランクは八年も掛けて下から二番目と言う事だ。そしてランクFというのは常人からすれば十分化物の領域だが、これだけ当たり前となっている探索者の中では下も下だ。
新参者だって二年もあればE以上にはなれるだろう。
そんな事を考えていた俺は、僅かに温くなっていたコーヒーを一気に流し込む。いつも飲んでいるはずのコーヒーが少しだけ苦みを増したような気がした。
◇◇◇
呼び出した自動運転の黒いタクシーに乗り込んだ俺は、八年の探索者人生そのものとも呼べる、俺にとって最早相棒のような存在のダンジョンへと向かった。
ある程度の金を受け取ったとはいえ、働かなければいずれは底をつく。そして探索者はダンジョンに潜らなければ金は稼げない。
解雇されたという事実と自分のステータス、二つの理由から現実逃避もしたくはなるが、こうして八年も続けて来た探索者という仕事だ。今更ダンジョンに潜る以外の仕事などする気にもならなかった。
例え隠密という非戦闘タイプの探索者であってもそれなりに命を賭けてモンスターとも戦って来た。なのに突然そんな世界から飛び出し、何て事の無い平和で普通の仕事に従事するなど余りにも退屈過ぎて考えるだけで死にたくなる。
まだダンジョンに潜ってモンスターに殺される方が、俺はここまでなんだと納得できる分マシな死に方だろう。
乗っていた自動運転のタクシーが目的地に着いて停車したところで、俺は取り出した探索者デバイスをセンサーに近づけ支払いを終える。
そして開いたドアから外に出た俺は、目の前にある見慣れたダンジョンゲートに視線を向けた。
「取り合えずは潜るしかない、か。中で体を動かしていれば多少は気も紛れる」
そんな事を呟きながら、俺はボスどころかモンスターすらいない代わりに多くの罠が張り巡らされているE級ダンジョンのロビーへ向かって歩き出した。
モンスターがいないダンジョンとは言ったが、一応ここにもモンスターは存在する。それが宝箱といった如何にもな箱に擬態した『大食らい』という罠型のモンスターだ。ダンジョン内に生まれた鉱石や魔力結晶などの資源を囲むように罠が作られる事でモンスターとなったのがこのアイテムイーターだ。
こいつを見つけて倒す事が出来れば確定で中に隠し持っている資源を入手出来る他、そこそこの魔石とランクを上げるのに必要な魔力を得ることも可能という非常に美味しいモンスターでもあった。
ダンジョンのランクとしては俺より一つ上ではあるが、このアイテムイーター以外のモンスターと戦う事無く最奥まで踏破出来るこのダンジョンは俺にとっての一番の稼ぎ場所だった。
それこそ俺が八年もの間、あの七大ギルドの一つと呼ばれている景光でやって来れたのも中々いいアイテムや素材を落とすこいつのお陰だろう。
このダンジョンでサポート役として新人達に罠の基礎的な対処方法を教えつつ、このアイテムイーターを狩る。今思えば本当に充実していた八年だったと思う。
「まぁその分、他のダンジョンに行って大量のモンスターを倒したりする事が出来ずにこうして低ランクのままになってしまったが」
大手だから大丈夫だと高をくくっていたのもあるだろう。それに戦闘に向かない隠密という才能を持っている俺にとって、モンスターと戦うよりもギルドに入って来た新人達にダンジョンにおける罠の危険性を教えるという仕事にやりがいを感じていたのもまた事実だった。
「……せめてE……いやDランクまでやっておけば…………今更か……」
ダンジョン協会の方も今俺が向かっているダンジョンがモンスターやボスがいない罠だらけのダンジョンである事を認識している。
その為わざわざコアを破壊するよりも、俺のようなサポート系の探索者の練習場として残して置いた方がいいだろうという判断から、敢えて放置されている低級ダンジョンの一つがここだった。
俺はいつもの様にカード型の探索者デバイスを取り出し、受付の前に設置されているゲートへと挿し込んだ。
「はい確かに、探索者・夜野秀鷹様と確認致しました。お気をつけていってらっしゃいませ夜野様」
「あぁ、ありがとう」
何度くり返したか分からない定型文のような言葉に送り出されながら、俺はダンジョンの中へと潜って行った。




