第2話 ダンジョンに攻略される日②
このダンジョンに潜り始めてから約四時間。いくつかのアイテムイーターを狩りつつ第三層まで問題無く辿り着いていた俺は驚愕で目を見開く事となった。
およそ五メートル四方の石造りの通路には、左右両側に一定の間隔で燭台が取り付けられている。ダンジョン内に漂っている魔力によって消える事の無い炎が燭台の上に浮かんでおり、その薄暗い通路を不気味に淡く照らしていた。
しかしそんな不気味に見える通路も探索者として八年も通い詰めていれば目新しさも無く流石に何とも思わない。
―――はずだった。
左側に取り付けられている燭台の内、今立っている位置から四つ奥にある燭台の揺らめきだけがおかしい事に気が付いたのだ。
他の燭台で揺らめいている松明の様な炎では無く、ライターの火を大きくしたような人工的な炎の形は、明らかにここに何かがあるぞと知らせている様にしか見えなかった。
「…………見間違いじゃない……罠……いや、隠し通路か?」
一度頭を横に振ってからもう一度見たが、相変わらずその人工的な炎が燭台の上で揺らめている。
俺はその炎を視界の中に入れつつ、足元や他の燭台の様子、壁になっている石と石の隙間などへ注意を走らせ、いつでもスキルを発動出来るように準備したまま一歩一歩ゆっくりと歩を進めていく。
以前から何度も通って罠が無い事を知っている道ではったが、それでもこうして一カ所でも新たに不審な点を見つけてしまえば、もしかしたら他も何かが変わっているかもしれないと、そう考えてしまうのは俺がやって来た八年を思えば仕方の無いことだろう。
人工的な炎の形をした燭台を見つけた位置から五歩進んだ時、人工的に見えていた炎が他の燭台と全く同じような炎へと変化した。
俺は即座に足を止めて一歩後ろへと下がる。すると変化した炎が再び人工的な炎へと戻る。
「……成る程な」
恐らくあの炎の揺らめきは一定の距離まで近づくと分からなくなるように細工されているのだろう。
「視認する事は出来た。あとは触れた時にどうなるか、か」
俺はその燭台の位置を頭に入れたまま再び一歩一歩前へ進んで行く。一歩踏み出した段階で、すでに人工的な炎は他の全ての燭台の炎と同じ様な揺らめきに変化しているが、記憶さえしてしまえば迷う事は無い。
念の為『粘着泡』と『伸縮ゴム』を組み合わせた、両方の特性を持つ特殊なゴム『粘着糸』を生成し、いつでも発射出来るよう準備しておく。
この組み合わせは俺がこの二つのスキルの特性を見てスキル加工を試してみたところ、見事に上手く行った事で愛用しているスキルである。
インスピレーションを受けたのは当然とあるヒーローが使っていたあの粘着性のある頑丈な白い糸だ。
俺は違和感を感じる場所が無いかをもう一度確認し、スキルを発動出来る状態のままその壁に向かって近づいて行く。
こういう何かが変化している場合に多いのが、そこの一点に注意を向けさせて本命は別にあり、範囲に入った獲物をその本命の方で刈り取るという手法の罠だ。
それを最も警戒していたのだが、どうやら今回は偶々なのか燭台の炎以外に変わっている所は何も無く、あっさりとその場所まで辿り着いてしまった。
とは言え、当然ながらこの燭台そのものが罠の可能性も十分にある為、俺はゆっくりとその燭台に向かって手を伸ばし、指先で撫でるように静かに触れていく。
「触った感じは普通の燭台だが……?」
炎に触れないように気を付けつつ、燭台が動かせたりしないかなど色々と触ってみたが特におかしな所は見つけられず。
さてどうしたものかと燭台の炎に向かって大きく息を吐いた時だった。
燭台の炎が大きく揺らめき一瞬だけ消えかけた。そしてその消えかけた瞬間だけ燭台のすぐ隣の壁が透けたのを俺は見逃さなかった。
「炎と連動している?いや、この炎が壁に見える様に照らしている、のか?」
その炎が消える様に強く息を吹きかけると、本来は消えないはずの燭台の炎はすぐに消えてしまった。そして先程一瞬だけ透けた様に見えた壁も今度は完全に消えて無くなり、その奥へ続く道が現れる。
「まさか第三層にこんな隠し通路があったとは……」
中は人二人分が並んで通れる程度の狭い通路だったが、先程の比較的綺麗な通路とは違い、ヒビ割れや欠損が目立つなど中々に年季を感じさせる状態だった。
「……こっちと比べるとだいぶ狭い上に……古い?」
俺は警戒を強め、初めて見つけた新たな道へ足を踏み入れた。
◇◇◇
俺が潜っているこのダンジョンは第一層から第四層までの全四層で構成されている。四層というのは全てのダンジョンの中でも特に浅いほうだが、深さが無い分、一層毎の広さが他の低級ダンジョンよりも広くなっている。
どうしてそのような構成になっているのかと言えば、その理由は恐らくダンジョンの構成自体が探索者を嵌める為の罠となっているからだろう。
同じダンジョンであっても第二十層まであるダンジョンと第五層までしかないダンジョンの二つのダンジョンがあった場合、どちらがより各層を丁寧に探索するかと聞かれれば、第五層までの浅いダンジョンだと答える方が自然であり、それが当然の考え方だとされている。
その最たる理由として挙げられるのが、階層が深い方がより強力なモンスターが徘徊している上に、設置されている罠も怪我をするようなレベルでは無く普通に命を奪って来るものばかりになっていくからだ。
当然その分良いアイテムや資源がある可能性も高くはなるが、その危険性とリスクを考えれば長居はしたく無いのが心情というものである。
そしてそんな常識とも呼べるものを強く信じ込んでしまっている探索者程痛い目を見るように造られているのがこの浅層広大型(俺が勝手にそう呼んでいる)トラップダンジョンの特徴でもある。
階層が深ければ深い程ダンジョンの探索は甘くなりやすい。しかしここのように階層が極端に浅い代わりに広いというのは、『深く潜らずに済む浅いダンジョンだからそれぞれの層を徹底的に探索しよう』といった心理が非常に働きやすくなってしまう。
しかもモンスターはほぼいなく、ボスまでもがいないという条件までつくのであれば探索者はより丁寧に探し回る事だろう。
それが罠に掛けようとほくそ笑む、ダンジョン側の狙いだとも知らずに。
そんな理由から非常に嫌らしいタイプのダンジョンだが、ここは更に厄介なものが一つある。それがこのダンジョンに設置されている落とし穴の存在だ。
一層から三層まで決して少なくはない数が配置されているここの落とし穴は少し変わっていて、掛かった探索者を一階層下に落とすという、その名の通り本当にただ落とすだけの罠である。
一体それのどこが厄介なのかと言えば、実は本当に危険なのは落とし穴の方ではなく、落とし穴によって落とされたその場所の方にある。ここのダンジョンにある落とし穴から落ちた先にある場所は、そこを取り囲むように全ての通路に必ず何かしらの罠が設置されている為に、最低でも一度は罠を越えて行くだけの余力がなければ永遠にそこから動けなくなってしまう。
つまりこのダンジョンにおける落とし穴の本質は『罠に囲まれている場所のど真ん中に落とす為の罠』であり、このダンジョンの嫌らしい部分をまさに体現していると言っていい恐ろしい罠なのである。
「……本当に、どうしてこのダンジョンがE級なのか俺には分からんが、ランクが上がれば罠なんぞ見てから避けられるとも言われているらしいからな。それが本当だとすれば確かに罠が有ろうが無かろうが関係無いのかもしれん」
俺がそんな事を呟いていたまさにその時、辺り全体に響くような重い音が響き渡る。警戒しながら歩いていた俺の視線の先で、突如何の脈絡も無く壁が動き出し、先程まで通る事が出来た道を塞いだかと思えば、今度は塞がれた道の代わりに別の道が現れた。
「…………初めて通る道でいきなり強制的なルート変更とは運が悪い。これ以上厄介な罠が無なければいいが」
このダンジョンはE級と低級扱いされてはいるが、落とし穴を筆頭に罠の嫌らしさは間違いなく本物である。だからこそあの大手のギルドで新人教育の一環として俺がここで罠の危険性を教え続けて来れたのだ。
そんな事を考えていたからだろうか。俺はふと、あのギルドに入って来た未来を担う新人達を思い出し足を止めた。
「……あいつらは、上手くやっているだろうか」
実際に俺が経験する事で覚えた知識は彼等へと伝えられ、それが将来的に彼等の命を救う事になるのならと、俺はそう思ってやって来た。
例えすぐに追い越されると分かっていても教え続けて来た。
―――そういう世界だと知っていて入って来たんだろう君も?
「……そうだな」
結果的に首になったのだとしても、その八年があったからこそ俺はソロでこのダンジョンに潜り続ける事が出来ている事に変わりは無い。
「…………行くか」
見つけた隠し通路の途中で足を止めていた俺は、一度首を横に振って雑念を振り払い、この先に待っているであろう何かの為に改めて気を引き締めた。




